52・いよいよ視察当日
とうとう陛下の学園視察──当日となった。
「よし……! 先日の奉仕活動の内容もまとめたし……今日は頑張るわよ」
気合いを入れる。
死に戻り前はこの日、ヘルムートが暴力事件を起こした。
また同じことが起こるとは限らないけど……なにせ、ロレッタの一件がある。
『物語の強制力』とやらが働き、運命が収束されてしまうかもしれない。
だからこそ、先日の奉仕活動であった。
教会での話は、じわじわとクラスメイトの間にも広がっている。
というか、私がその話をみんなに広めた。
みんなは「ヘルムート殿下も意外なところがある」と徐々に彼を見直し始めている。
これだったら仮にヘルムートが暴力事件を起こしても、味方に回ってくれそうだ。
「クラリス様……気合いが入っていますわ」
「まあ、陛下を目にする機会って、なかなかないからね。クラリスじゃなくても、気合いが入るのは仕方がないよ」
オレリアとフェリクスが私を見て、そう話をしている。
「あら、フェリクスも余裕じゃない。乗馬部で若草祭の時みたいに、イベントをやるんでしょ? カッコ悪いところは陛下に見せられないわよ」
「うん、もちろんだよ。とはいえ、校庭をぐるりと一周するだけだからね。気を抜くわけじゃないけど、必要以上に緊張する必要もないさ」
とフェリクスは肩をすくめた。
いつも通りの彼だ。
これなら、私がわざわざ心配する必要もないだろう。
しかし。
「ふんっ。なにごともなかったら、いいんだけどなあ」
そんな私たちに水をさす人物が現れる。
遠巻きからこちらを眺めていたケイシーである。
魔術教団の組織長を父と母に持つ男。
今日も変わらず、フェリクスに敵対心を向けていた。
「なによ、ケイシー。フェリクスが失敗するっていうの?」
ケイシーの物言いに少しむっとしたので、私はそう突っかかってしまう。
すると彼は人を小馬鹿にするような口調で。
「いやいや、そんなことはない。そいつなら滞りなく、イベントを終わらせるだろうな」
「だったら……」
「しかしそれは、なにごとも起こらなかった場合のことだ。不測の事態というのは付きものだろう? 油断して、失敗しないことを祈るよ。くっくっく……」
不気味な笑みを零して、ケイシーは私たちから視線を外した。
なによ、こいつ……それじゃあ、フェリクスが失敗するって確信しているかのようじゃない。
嫌な予感がしたので、さらに彼を問いただそうとすると、
「やめておけ」
と机に座って、退屈そうに頬杖を付いていたヘルムートが私を言葉で制した。
「その小物に耳を傾けるな。同じ土台に上がる必要はない」
「でも……」
「うむ、しかしケイシーよ。貴様がなにを考えているか分からないが、余計なことはするなよ? 友の邪魔をすれば俺が許さん」
ヘルムートが厳しい視線をケイシーに向けるが、彼はどこ吹く風といった感じでなにも答えなかった。
そんな彼を見ていると、嫌な予感が私の中でさらに膨らんでいくのであった。
その後、陛下が学園に到着したようで、教職員の方々が慌ただしくなってきた。
陛下の来訪は生徒たちにとっても緊張する出来事だが、教職員の方々のそれは比べものにならないだろう。
普段通りにしようと努めているが、授業中にも些細なミスを連発したりする。
陛下の来訪はそれほど、彼らにとっても心臓に悪いのだ。
そしてそれはお昼休みに差し掛かった頃だった。
「おい……陛下が来たみたいだぞ!」
誰かがそう言って、みんなの視線は一斉に教室の外を向く。
そこには口髭を蓄えた国王陛下と、ふわっとした髪が特徴的な美男子、さらには全身を鎧で包んだ性別不詳の人間──三人が学園長と共に、廊下を歩いていた。
「国王陛下だぜ。俺、こんなに近くで陛下を見たのは初めてかもしれない」
「隣にいるのはウォーレス第二王子ですわね。今日も変わらず、とても麗しい……」
「あの特徴的な鎧は……近衛騎士のグレンさんですか? たった一人で千人の敵兵を討った、最強の騎士との呼び声が高い……」
Aクラスのみんながコソコソと話をしている。
国王陛下は当たり前のことであるが、ウォーレス第二王子と近衛騎士のグレンさんも、名前をよく知られている。
グレンはさんこの国において最強の騎士。今日は陛下の護衛のために、付いてきているのだろう。グレン一人だけいれば、陛下の護衛は十分に事足りる。
そして第二王子ウォーレス。
女性だと見間違えてしまうくらいの、圧倒的に美しい容姿。
フェリクスとはまた違った爽やかさを兼ね備えている。
飄々とした歩き方ではあるが、ヘルムートの兄であり『怪物』とも称されるほどの優秀な王子だ。
既に政治の一端に関わっているそうだが、その手腕は一言で言って『食わせ物』。
ウォーレスの考えていることが分からず、多くの人が彼に裏をかかれているとも言う。
「全く……このような無防備な真似を。陛下には、少しは警備のことも考えて欲しいものです」
「君一人がいたら、警備なんて十分だろ? たとえここにドラゴンが現れても、君だったらさくっとやっつけちゃうんですから」
「ドラゴンはさすがに無茶です」
近衛騎士グレンさんと第二王子ウォーレスの話している内容が、ここからでも聞こえてきた。
「あのような事件があったというのに、ネコナシュリア学園は例年と変わらぬな。ウォーレスはどう思う?」
陛下は二人の話している内容に気も留めず、ウォーレスにそう問いかけた。
「私もその通りかと。私が在学中となにも変わっていません」
「うむ、いいことだな。しかし……ヘルムートはどこだ? このクラスだったと思うが……」
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