39・家族と使用人は相変わらず大袈裟
翌日。
学園の授業が終わってから、私たちはお泊まり勉強会を開くためギヴァルシュ伯爵家──つまり私の家に向かった。
明日は休日だ。今日は存分に勉強が出来る。
だけど。
「…………」
「クラリス? なんでさっきから、そんなに心配そうな顔をしているのさ」
馬車の中で、対面に座るフェリクスがそう問いかけてくる。
「勉強会のお許しは出たのだろう?」
ヘルムートも怪訝顔である。
「久しぶりにクラリス様のお屋敷に行きますね。わたくし! リタさんにメイドの真髄を聞くのが楽しみですわ!」
オレリアはそう目を輝かせている。
リタにメイドの真髄……って、この子は今日が勉強会ということを忘れてるのかしら?
しかし今の私はそんなことが気にならないくらいに、これから起こるであろうことを憂いていた。
「ええ……勉強会の許しは出て、昨日からその支度で大忙しだったわ」
「まあ僕とオレリアだけならともかく、ヘルムート殿下もいるからね」
「昨日にも伝えたが、そう気を遣ってもらわなくてもいいぞ」
「そういうわけにはいかないでしょ。まあ……行ってみれば分かるわ。みんな、あまり驚かないでね」
「……? 分かった」
フェリクスは首を傾げる。
馬車の窓から見える外の風景を眺めていると、あっという間に屋敷の前に着いた。
そして屋敷の中に一歩、足を踏み入れた途端。
「「「お帰りなさいませ、お嬢様!」」」
玄関で使用人の人が一列になって、私たちを出迎えてくれたのだ。
執事やメイドだけではなく、庭師やコックの方々の顔も揃っている。彼ら・彼女らは一様に頭を下げていた。
「す、すごいね。僕も君の家を訪れるのは久しぶりだったけど……やっぱり、これもヘルムート殿下が来るから、こういう出迎えをしてくれているってこと?」
「だから気を遣う必要は──」
「いえ、違うわ。いつも通りなのよ……」
私が溜め息を吐くと、フェリクスたち──特にヘルムートは不思議そうな顔をした。
学園に入学してから帰宅する度に、みんなはこういった大仰な出迎えをされる。
なんでも「クラリスお嬢様が無事に帰ってこられたのだから、これくらい当然!」ということらしいけど……学園には休日以外登校しているんだし、その度にこういう出迎え方をされなくてもいいと思うのだ。
実際、お父様が仕事で外で出かけて家に帰ってくる時は、誰も出迎えてないし……。
なんなんだ、この差は。
「お嬢様」
その一団の中から、リタが出てきて私に話しかける。
彼女は私の専属メイド。
私がもっと小さい時からお世話してくれている女性である。
死に戻る前も、私が地下牢に入れられてからもリタだけは毎日差し入れに来てくれたので、彼女のことは信頼している。
でも。
「ねえ、リタ。友達が驚くから、今日だけは普通に出迎えてくれって言ったのに……これはどういうことかしら?」
「なにをおっしゃいますか! お嬢様が学園から帰ってこられたのですよ? 学園では授業でクタクタになり、悪漢からのナンパにも耐え、同時にクラスメイトと親睦を深める。ああ! お嬢様の負担は計り知れないでしょう! これくらいは当然のことです!」
「どうしてそんなに大袈裟に言うのよ!? それにお父様が帰ってくる時は、いちいちこんなことしないじゃない」
「はい? 公爵様はもう大人です。外出したくらいで弱音を吐いていたら、話になりません。なんなら、もっとしっかりしてくださいと言いたいです」
と無表情でリタは言い放った。
扱いの差!
だけど、一メイドであるリタがこういう物言いをするのも、お父様に親しみを感じているから。
お父様もそういった言動を嗜めたりしない。それどころか喜んでいる節がある。うちのお父様って一体……。
「クラリス」「クラリスちゃん!」
噂をすればなんとやらで。
次はお父様とお母様が登場した。
「お父様、お母様。クラリス、ただいま帰りました」
「うむ、よくぞ帰ってきたな」
「偉いわ、クラリスちゃん」
キリッとした表情のお父様と、うっすらと浮かべた涙をハンカチで拭うお母様。
「それで……昨日話していたけど、フェリクスとオレリア。そしてヘルムート殿下よ」
「ギヴァルシュ伯爵、お久しぶりです」
「そうですな。前に会った時は、学園に入学する前でしたか? どうですか。クラリスとは上手くいっていますか?」
「ええ、それはもちろん。毎日美しくなっていくクラリスに、僕は視線を奪われっぱなしです」
「はっはっは! それは私も同じです。自慢の娘ですよ!」
上機嫌に笑うお父様。
「伯爵夫人は今日もおキレイですわ」
「あら! オレリアちゃんもお世辞が上手くなったわね。私なんて、オレリアちゃんのピチピチお肌には負けるわ」
オレリアはお母様と楽しそうに喋っている。
この二人、波長が合うというのか……昔からこうして友達のように話している。
「そして──ヘルムート殿下」
両親がヘルムートに向かい合い、その場で膝を突く。
「我が屋敷を、勉強会の場所として選んでいただけて光栄です。もしなにかありましたら、すぐにお申し付け──」
「ああー……別にそういうのはいい。楽にしろ。俺には一学友として対応してくれ」
「しょ、承知いたしました!」
手をしっしっと払うヘルムート。
お父様とお母様は、そんなヘルムートに恐縮しっぱなしだった。
彼はこう言っているけど、だからといって他の人と同じように対応出来るかと問われれば、また別問題だ。
その証拠に両親はまだ緊張しっぱなしで、床に膝を突いたままである。そのことはヘルムートも知っているのか、深く言及したりはしなかった。
「では、部屋までご案内いたします。お嬢様の部屋で勉強会をされるんですよね?」
「うん」
リタの言葉に、私はそう首を縦に振る。
その後、彼女が先頭を歩く形で、私の部屋に向かった。
「良い両親だな」
途中、ヘルムートが後ろからそう声をかけてきた。
「ありがと。でも騒がしかったでしょ? もうちょっと落ち着いてくれるといいんだけど……」
「なにを言う。賑やかでいいではないか。それにお前が両親や使用人から愛されているのが、ちゃんと伝わってきたぞ」
「そうかしら」
「そうだ。それに……俺のところではこうもいかんからな。少し羨ましく感じる」
「え?」
私が聞き返すと、ヘルムートは視線を外して答えてくれなかった。
死に戻る前の経験から、彼の事情は知っていたので聞き捨てならなかったんだけど……どうやら、これ以上喋りたくないらしい。
だったらあまり、私の方から話さない方がいいだろう。
だから私も彼との話を終え、勉強会に頭を切り替えた。
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