30・反省しない女
「君は……ロレッタ?」
彼女の突然の登場に、戸惑いを隠し切れないフェリクス。
「はいっ! ロレッタです! 今日はフェリクス様に、どうしても渡したいものがありまして!」
ロレッタがフェリクスを見上げ、そう声を上げる。
彼女は両肩を出した、妖艶なドレスに身を包んでいる。
少女と大人の相反する魅力を、その身に二つとも宿らせていた。
こいつ……っ!
今まで姿を現さなかったのに、よりにもよってこのダンスパーティーでなの!?
どこまで私の邪魔をすれば気が済むのよ!
自然と警戒し、私はロレッタの前に立ちはだかろうとするが、
「心配しないで」
それをフェリクスはさっと手で制す。
そして私を守るようにして、ロレッタに厳しい視線を向ける。
「どういうことかな? 先日、僕には関わってくれるなと君には言ったはずだ。それなのに、この楽しいダンスパーティーで声をかけてくるとは……それがどういう意味なのか分かってる?」
彼にしては珍しく、その声からは静かな怒りを感じ取った。
しかしロレッタは怯まない。
「もちろんです。ですが、あんなのでフェリクス様に嫌われたままなのは、わたしも納得出来ないんです」
「あんなの?」
フェリクスの米神がピクリと動く。
彼がこんなに怒っているのを見るのは、前世から思い出しても初めてかもしれない。
「僕は君に警告したんだ。君がそれに納得するかしないかは、この際問題じゃない」
「で、でも……っ! どうしても、これを……」
満を持してという感じで、ロレッタが後ろで組んでいた手を前に持ってくる。
その両手にはとんでもないものが載っていた。
「親愛の指輪です! 仲直りの証として、どうか受け取ってください!」
…………。
はい?
この子、正気?
「…………」
フェリクスもロレッタのしでかした行動に、怒るというよりも唖然としている。
そりゃそうだ。
ヘルムートから聞いていたが──先日の一件、フェリクスは彼女との縁を切った。
話しかけてくるだけでも、十分喧嘩を売っているというのに……今はダンスパーティー中なのよ? しかも婚約者と踊っている最中なのよ?
それで仲直りの証だと言って、指輪を渡すバカがどこにいる。
周りでことの成り行きを眺めていた、他の生徒たちも同じことを思っていたようで、
「あの子……バカすぎない?」
「いくら平民で貴族の常識を知らないとはいえ、これは酷すぎる。非常識だ」
「婚約者とのダンスを邪魔して、親愛の指輪? 自分勝手すぎるよ」
と彼女のしでかした愚行に、ひそひそと話をしている。
だが、その言葉はロレッタの耳に届いているはずなのに、彼女はフェリクスを真っ直ぐ見つめたまま。
自分の行いが絶対に成功すると確信しているのかしら?
しかしフェリクスは首を横に振り。
「……悪いが、それは受け取れない。クラリスとの大事なダンスも邪魔されたしね。このことは公爵家として、君と王家に正式に抗議させてもらおう」
「どうしてもですか?」
「ああ、絶対に受け取らない」
きっぱりと断るフェリクス。
その言葉には呆れの感情が含まれているように思えた。
……いやー、私もこれは呆れるしかないわ。私の出る幕がないじゃない。こんなの、誰が見たってロレッタが悪いに決まっている。
前世じゃ、もっと狡猾だった気がする。しかし今の彼女は追い詰められ、焦っているようにも感じた。
一体、前世と今のロレッタではなにが変わったのだろうか。
「…………」
ロレッタの表情が一転。
可愛らしい笑顔だったのに、急に真顔になった。
「……あっそ。だったら、もういいです」
くるっと踵を返すロレッタ。
あら?
意外とあっさり引き下がるわね?
そのことに違和感を抱いていると。
「後悔しないでくださいね! その女より、わたしの方が絶対にいいんですから! まあ──もうそんなこと、直に考えることも出来なくなると思いますが」
とロレッタは最後に言い残して、その場を走り去ってしまった。
そしてその際。
「あ──」
フェリクスの口から声が漏れる。
豪奢なドレスを着て、高いヒールの靴を履いているのに、いきなり走り出したためか。
ロレッタが右足に履いている靴が脱げてしまった。
それにより彼女は一瞬バランスを崩すが、すぐに持ち直して再び走り出す。
脱げた靴を意に介している様子は皆無だった。
フェリクスはその靴を拾い上げる。
ロレッタを呼び止めようと逡巡するが……やめる。彼女が立ち止まらない以上、気にかける必要はないと判断したためだろう。
嵐のような出来事を前に、ダンスホールにいるみんなは言葉を失っている。
ただ、ダンスホールには甲高いヒールの音が不気味なくらいに響き渡っていた。




