28・ヘルムートは祭りを楽しめない
「くっくっく、息抜きか。相変わらずお前はどこか抜けてるな」
屋上。
私たちはそこから学園の風景を眺めながら、話していた。
「抜けている……とは?」
「そのことも分からないのか。恋愛の方は不得意のようだな」
そう口にするヘルムートは、愉快そうに笑った。
「そういう殿下はどうなのですか? 婚約者とかはいらっしゃらないのですか?」
「俺か?」
自分を指差すヘルムート。
確か前世ではヘルムートは婚約者がいなかったはずだ。前世と同じなら、私に「恋愛の方は不得意」と言う権利はないはず。
「おらぬ。俺に婚約者など必要ない」
とヘルムートは断言する。
どうやらここは、前世と同じようである。
「ですが、婚約者候補は何人かいらっしゃるのでしょう?」
「まあ……俺にその気はないが、親父やお袋が勝手に探し出してくるな」
親父とお袋……というと国王陛下と王妃のはずである。その二人に対して、そんな呼び方が出来るのは、世界広しといえども彼一人だけだろう。
「何人かとは顔合わせしたことがあるんだがな。だが、どれもピンとこない。俺は俺を支えてくれるような女性ではなく、俺の脅威となるような人物を嫁にしたいのだ」
「脅威……ですか? それじゃあ苦労しそうです」
「苦労するだろうな。だが、だからこそ面白い」
ニヤリと口角を吊り上げるヘルムート。
しかしすぐに溜め息を吐いて。
「とはいえ、今までそんな女と出会ったことがない。その可能性が唯一あるとするならば──」
「誰かいらっしゃるのですか?」
「…………」
ヘルムートは私をじっと見つめる。
彼の真意が分からず、私は首をひねった。
「……すまぬ、間違いだ。忘れろ」
それ以上問いただしてくるなと言わんばかりに、ヘルムートは私から露骨に顔を逸らす。
相変わらず気紛れな男である。
「お前の話をしよう。フェリクスとはどうだ?」
「フェリクス……ですか。ええ、良好な関係を築けていると思っています。私にはもったいないくらいの人物ですわ」
「うむ。ヤツはなかなかの人物だ。公爵家で遊ばせておくのは惜しいと感じるほどにな」
「遊ばせておくって、そんな……」
「先日、あの性悪女……ロレッタといったか? ヤツの告白を受けてなお、きっぱりと断っていたしな。ただ優しいだけではなく、言うべき時には言う厳しさも持ち合わせている」
その話を聞いて、私はきょとんとする。
「告白……?」
「なんだ、その様子だと聞いていなかったのか? 先日……」
ヘルムートから先日、フェリクスの身に降りかかった事件について詳しく聞いた。
「そ、そんなことが……」
あの泥棒猫……そんなに早くからフェリクスに唾を付けようとしていたのね。
しかしヘルムートの話を聞くに、フェリクスはそれをちゃんと断ったらしい。
日にちと場所は違うが……曖昧な返事でお茶を濁していた前世の彼とは、大違い。
私はほっと胸を撫で下ろした。
「さすがにもう、フェリクスにちょっかいをかけてこないだろうが……あの女には用心しておけ」
「ええ、もちろんです」
若草祭で姿を見せないのも、その事件があったからだろうか?
ならば運命が変わったということだけど……まだまだ油断は出来ない。
「殿下はロレッタさんのことを、あまり好きではないようですね」
今はロレッタについて情報をもっと知りたい。
ゆえに私はそう問いを紡いだ。
「好きではない……というのはあくまでオブラートに包んだ言葉だ。俺はあいつのことが大嫌いだ」
「どうして? なにか理由があるのでしょうか?」
「うむ……そう言われたら、答えに窮してしまうな。ただ……」
ヘルムートはゆっくりと語り出す。
「ヤツは光魔法に目覚めた際、しばらく王宮の宮廷魔道士とその力の扱い方について研究する必要があった。そこで王宮に住んでいた期間があるのだ。王宮でのあの女の振る舞いは、なかなか醜いものであった」
「醜い?」
「うむ。あいつは他の王子に媚びを売り、取り入ろうとしていたのだ。まあ、あんな見え見えの誘惑に引っかかるほど、ヤツらも愚かではなかったからな」
「そういったところを見てきたから、ロレッタのことが嫌いだと?」
「まあ、そうだな。しかしそれだけが理由ではない。実際、他の王族は別に彼女のことを嫌っていないからな。俺がヤツを嫌っている理由。それはヤツの力にある」
「力……」
彼の言ったことを反芻する。
ロレッタが平民でありながら、王家の恩寵を受けられる理由。
それは光魔法。
そういえば、前世でも彼女がまともに光魔法を使っているのを見た記憶がない。
すごいすごいとは言われているものの、光魔法とは一体なんなのだろうか?
「なんだ。光魔法について、あまり詳しく知らないか?」
私の心を読んだかのように、ヘルムートが問いを投げかけてくる。
「ええ……あまり詳しくは。光魔法は使い手が少なかったこともあって、それについて記されている文献もあまり多くはないですしね」
「そうだろうな。あと、我が国にとって光魔法は有益だから、他国に情報を漏らさせないためにわざと情報を操作している一面もある。ゆえに俺も詳しくはないが……『光魔法とは世界の理の内側にある全てのものに干渉し、民を導く力』と聞いている。それによって、魔王を討ち滅ぼしたとも」
「なんだか曖昧な話ですね」
世界の理といい……抽象的な単語が多い。
「ですが、それを私に教えてもよかったんでしょうか?」
「いい。これくらいは調べれば誰にでも分かるような情報だ。しかし裏を返すと、王族の俺とてそれくらいしか分からなかったとも言い換えられるが」
ヘルムートは言葉に悔しさを滲ませる。
「だが、俺は光魔法というのは使い手によって、毒にも薬にもなるような予感がするのだ。そして……あのロレッタは光魔法の使い手として、ふさわしくない」
「ふさわしく、ない」
「そうだ。あやつの力は国を救うどころか、国を滅ぼす──」
と言いかけたところで、ヘルムートは額に手を当てて首を横に振る。
「……すまぬ。少し言い過ぎたな。しかし俺があいつのことを嫌いなのは事実だ。ヤツにだけはフェリクスを渡すなよ?」
「ええ。言われなくてもそのつもりです」
ヘルムートから聞けた話は、そこまで具体性のあるものではなかった。
しかし何故だろう。
彼の話を聞いてから、私が今まで抱いていた違和感が全て解消されたような……そんな気分。
なんというか……パズルのピースが揃った感じ。
だけどパズルは完成したものの、そこに描かれているものの正体が分からず、私は歯痒さを感じた。
「さて、お前はフェリクスのところに戻らなくていいのか?」
考え込んでいると、ヘルムートが私にそう声をかける。
「そ、そうですね。そろそろ戻ります」
「それがいい。それからお前、その喋り方を……」
「はい?」
「……なんでもない。気にするな」
ヘルムートは虫を払うように、しっしっと手を動かした。
なにを言おうとしてたんだろうか?
屋上を後にする……っと、その前に。
「そういえば殿下。あなたはここでなにをしていたんですか? 殿下も若草祭を満喫しないんですか?」
こんなところでぽつーんと一人、いていいような人物ではない気がする。
「なんだ、俺がここにいてはいけないのか?」
すると彼はちょとむっとした顔をして、私をもう一度見た。
「いえいえ、そんなことはありません。ですが、せっかくの若草祭ですから殿下も楽しんだ方がいいんじゃないか……って」
「ふんっ、俺の勝手だ。ぼっちだと言われる筋合いはない」
そこまでは言ってない。
いや、心の中ではちょっと思ってたが。
ヘルムートは頭を掻きながら私の横を通り過ぎ、一足早く屋上を後にしようとした。
「……あまりこういう浮かれた雰囲気は苦手なものでな。屋上にいるのも飽きた。俺はもう帰る」
「帰る……? 夜にはダンスパーティーもありますよ」
「そんなものに興味はない」
とヘルムートは最後に言い残し、屋上から出ていってしまった。
私、余計なこと言ったかしら?
その後、フェリクスと合流すると、先ほどの令嬢たちは既にいなくなっていた。
「どう? 息抜きになった?」
「僕にしたら、君と一緒にいることが最大の息抜きなんだけど……」
ちょっと困った様子のフェリクス。
「そういえば、さっきヘルムート殿下がここを通ったんだけど、君はなにか知っているかい?」
「ああ、ちょっとだけ屋上で話していたのよ。殿下、帰るらしいわよ」
「帰る? まだ若草祭は終わっていないのに? どうして?」
「私に聞かれても、分からないわよ」
と私は肩をすくめた。




