22・媚びる女。そして……
翌日から学園の授業は行われた。
お昼休み後。
ご飯も食べて眠くなっているのに、お昼休み後の授業は『体育』だった。しかも模擬剣を使っての剣技である。
集中力を欠いてしまえば怪我をしてしまう恐れもあるので、気が抜けない。
嫌な時間割だ。先生たちはそれを狙ってるのかもしれないけどね。
そして今。
「やあ!」
カキンッ!
オレリアが振るってきた模擬剣を、私は真正面から受け止める。
「オレリア! 隙が多すぎよ。これなら……」
私は彼女の後ろに回り込み、模擬剣を振り下ろした。しかし当たる直前で振る速度を弱め、ちょこんと彼女の頭に当てた。
「うぅ~、さすがクラリス様ですわ。勉強だけではなく、運動も出来るのですわね!」
「体を動かすのは好きな方だったからね。でも……」
私は校庭の中央に視線を移す。
「あの二人に比べたらまだまだよ」
周りを見ると、他のクラスメイトも手を止めて、その二人の戦いを注視していた。
「はああああああ!」
そのうちの一人は──フェリクス。
地面を蹴り、彼は相手と距離を一気に詰める。
そして胸元に入り込んだ瞬間、目にも止まらぬ速度で模擬剣を突き出した。
だが。
「ふんっ」
それをいとも容易く払い除ける男がいた。
フェリクスの対戦相手──第三王子ヘルムートである。
ヘルムートは模擬剣を乱暴に振るう。
しかしフェリクスも負けていない。彼の攻撃をギリギリのところで躱していった。
「フェ、フェリクス様とヘルムート殿下、すごいですわ! まるで本物の騎士のようです!」
「そうね」
興奮した面持ちで話すオレリアに、私はそう相槌を打つ。
……うん。これはレベルが違うわ。
私のおままごとみたいな剣技では、張り合う気にすらならない。
当初二人の実力は互角であったが、徐々に差が開き始めた。
速度で勝るフェリクスではあったが、ヘルムートの剛力の前に後手後手に回り始めたのだ。
やがて。
「ああっ!」
ヘルムートが横薙ぎに払った模擬剣は、フェリクスを捉えた。
フェリクスの手から模擬剣が離れる。彼はすぐに体勢を整えようとするが、それより早くヘルムートが剣を喉元に突き出した。
「まだやるか?」
「……いえ、僕の負けです」
その瞬間、校庭が歓声で包まれる。
「殿下はさすがですね。完敗です」
「完敗……だと? なにを言う。今回、俺が勝ったのは体格差のおかげだ。体格が同じなら、勝負はどう転ぶか分からなかった」
「それも含めての勝負ですから」
「うむ……まあそうかもしれないな。なんにせよ、楽しい戦いが出来た。また機会があればやろう」
「ですね。今度は負けませんから」
「その意気だ! だが、俺は誰にも負けぬがな!」
そんなやり取りがあって、フェリクスとヘルムートが握手を交わす。
男の友情って感じで、すごく良い光景だわあ。見てるだけで寿命が伸びた気分。
お互いの健闘を讃え終わった後、ヘルムートとフェリクスが私たちの方に歩み寄ってきた。
「……ふんっ」
だが、ヘルムートは私の顔を見るなり、そう鼻で息をしてそのまま通り過ぎてしまった。
相変わらず、彼は私のことが気に入らないみたいだ。
「クラリス」
「フェリクス、お疲れさま。カッコよかったわ」
と私はフェリクスを労う。
「ははは、負けちゃったよ。僕もまだまだだね」
「なにを言うの。あなたも十分強かったわよ」
「そうですわ! もしわたくしでしたら、ヘルムート殿下の前に立っただけで『降参!』って両手を上げてしまいそうです」
「ありがとう。励ましてくれて」
フェリクスはいつもの爽やかスマイルを浮かべる。
汗が太陽の光に反射して、キラキラ輝いていた。
うーん、この男。やっぱり私の婚約者じゃもったいないくらいの完璧な男よね。
だけどそれで勘違いしてはいけない。彼は公爵家としての義務を果たすために結婚しようとしているだけで、私に愛を感じていない……はずなのだ。
あらためてそれを強く意識していると、
「きゃーっ!」
間伸びした悲鳴が校庭に響いた。
そちらに視線を移すと、泥棒猫のロレッタが地面に膝を付いていた。どうやら転んだらしい。
「大丈夫ですか、ロレッタ嬢。さあさあ、どうぞお手を」
「いえいえ、ここは僕の手を。すぐに保健室まで行きましょう。傷跡が残ったら大変なことです」
すかさず、二人の男子生徒がロレッタに駆け寄って、彼女の身を案じた。
彼らはお互いに相手の目を見て、火花を散らしている。
きっと二人とも、ロレッタを婚約者候補として狙ってるんでしょうね。
「ありがとー! でも保健室は大丈夫ですよ。これくらい、へっちゃらだから!」
元気に振る舞うロレッタ。
……ああー、やっぱあの女。ムカつくわ。その場面を見たわけじゃないけど、転んだのもわざとなんでしょ? そんな気がする。
「…………」
「どうしたんだい、クラリス」
「なんでもないわ」
私がそう返事をすると、フェリクスは首をかしげた。
そして放課後。
「献身部の部室に行きましょう」
私はフェリクスとオレリアにそう声をかけた。
「そうですわね。今日が初めての部活動ですものね。わたくし、楽しみで昨日は十時間しか寝られませんでしたわ!」
「オレリア。あなた、普段は何時間くらい寝てるのよ」
「十四時間くらいですわ」
……一日の半分以上の時間を、睡眠で消費しているらしい。
しかしオレリアがこうなのは今更だ。しっかり寝て、彼女には健やかに育って欲しい。
「フェリクスも行くわよね」
「うん、もちろんだよ。まさかいきなりサボるわけにもいかないからね」
とフェリクスが肩をすくめる。
今日はなにをするんだろう……初めての部活動に心が弾む。
そう思って、私たちが献身部の部室に向かおうとすると、
「フェリクス様~」
どこから出してるんだと思ってしまうくらい猫撫で声で、フェリクスに近寄ってくる女がいた。
それは。
「ロレッタ嬢か……なにか用かい?」
ロレッタだった。
彼女はフェリクスの問いかけに、こう答える。
「はい。これからクラスの学級委員と副学級委員を集めて、学年で会議があるらしいんです」
「会議? そんなこと、聞いてないけど……」
「担任がわたしたちに伝えるのを忘れてたみたいです。会議の始まりはもうすぐですよ? 早く行きましょう」
「そう……だね」
困り顔のフェリクス。
そして彼は申し訳なさそうに私を見て。
「クラリス。悪いが、先に部室に向かっておいてくれるかな」
「それはいいけど……大丈夫?」
「会議のことかい? まあ初回だし、話し合うこともそこまで重要なものでもないさ。他のクラスの学級委員たちと顔合わせするだけだろう」
フェリクスがそう答える。
私が聞いているのはそんなことじゃない。ロレッタのことである。
なにか匂うのよね……。
ロレッタの言っていることが、到底真実とは思えなかったから。
「フェリクス様!」
「あっ、そうだね。急がないとダメなんだよね。じゃあクラリス、あとで必ず献身部の部室に寄るから」
「ちょっと待って──」
手を伸ばすが、フェリクスはロレッタに腕を引っ張られて教室から出ていってしまった。
去り際に私の方を見て、ニヤリと笑っていた。
それを見て、私は全身に悪寒が走るのを感じるのであった。
(ロレッタ視点)
──やったわ!
わたし、ロレッタは心の中でガッツポーズを作る。
やっと、フェリクス様とあの鬱陶しい女クラリスを引き剥がすことに成功したわ。
フェリクス様と二人で話したかったんだけど、いつもあの女が近くにいたから、なかなか無理だったのよね~。
だけどようやくこうして好機が訪れた。
まだ入学二日目じゃないかって? そんなに慌てる必要はない?
違う。
こういうのは早く行動を起こさなければならない。
様子見だと称して、問題を先延ばしにするのは愚者のやることだ。
「ロレッタ嬢? 委員会議がどこで行われるか聞いていなかったけど……僕たちはどこに向かっているんだい?」
わたしたちが中庭に差し掛かった頃、彼が不審げな表情を浮かべてそう問いかけてきた。
辺りに人も少ないし、ここだったら丁度よさそうね。
わたしは足を止めて、フェリクス様を見つめる。
「ごめんなさい……実は委員会議があるっていうのは嘘だったんです」
「え?」
フェリクス様が疑問を発する。
「実は……フェリクス様にどうしても言いたいことがあって、こうして二人きりになる機会が欲しかったんです。嘘を吐いて、ごめんなさい!」
「それはいいとして……僕に話したいことってのは、なんなのかな? 大事なこと?」
やっぱりだ。
フェリクス様は優しい。だから嘘を吐かれたと分かっても、わたしがこう言ったらそれを咎めるようなことはしない。
わたしは意識的に瞳をウルウルさせる。
下半身は内股で、もじもじと。
胸元が彼に見えるように少し体勢を低くする。
「はい……わたし、フェリクス様のことが好きになっちゃったみたいなんです」
「……好……き……?」
わたしの言葉に、フェリクス様は困惑する。
ここまで計算通り。このまま一気に畳みかけよう。
「フェリクス様には、クラリスさんっていう素敵な婚約者がいることは知っています。だけど、どうしてもこの気持ちは伝えておきたくって……返事はいりません! ただ、わたしがフェリクス様のことを好きだってことを、覚えておいてください!」
告白というのは、大きく分けて二つの意味や効果を持つ。
一つは告白が成功して、相手を自分の『恋人』や『婚約者』といったパートナーにする意味。
二つ目は仮にそういった関係に直接結びつくことがなくても、相手に自分のことを意識させる効果だ。
わたしがしたこの告白は後者の意味がある。
フェリクス様はこれにより、ますますわたしのことを意識するだろう。
そしていつの間にか、わたしのことを目で追っているのに自分に気付く。
そうしてしまえば、あとは煮るなり焼くなり好きに調理出来る。
いつしか彼はわたしの虜になっているのだ。
「……いや、返事はすぐにするよ」
だが、わたしの思惑と外れて、フェリクス様はそう口を動かした。
あれ? もしかして、クラリスと別れてわたしと一緒になってくれるとか?
ちょっと予想していた展開とは違っていたけど、それはそれで有りだ。既に彼はわたしのことを好きになっていたということか。
自分の勝利を疑わず。
フェリクス様の言葉を待っていると、彼は言葉に軽蔑を乗せてこう言った。
「はっきり言う。そんなことを言われるのは迷惑だ。金輪際、君は僕に関わらないで欲しい」




