20・献身部はちょっと不思議なところ
「ここね」
部室棟の一番端っこ。
そこに献身部の部室はあった。
廊下の電球が切れているのか、カチカチと点滅している。
そのせいで薄暗くて、辺りは一種の廃墟のような空気を醸し出していた。
「本当にここなのかな……?」
「なんだか怖いですわ……」
フェリクスは訝しむような表情。オレリアは不安そうに体を震わせていた。
「うーん、ビラに書いていて場所はここだし……それに扉のネームプレートにはちゃんと『献身部』って書いてあるじゃない」
だけど二人がこういう反応になるのも仕方がない。
ネコナシュリア学園は貴族が通う場所だ。必然的に関係者からの献金の額も多いし、そのおかげで設備は一流どころが揃っている。
それなのに、この部室はなんと寂れた雰囲気なことか。人のいる気配すらしない。
「取りあえず中に入ってみましょう。そうすれば分かると思うから」
でも部室に誰もいなかったらどうしようか……もしくは鍵がかかっていたり。
とはいえ、ここで物怖じしてても仕方がない。
私は扉を二度ノックした後、「失礼します」と一言告げてから中に入った。
すると。
「うわあっ!」
部屋の奥のテーブルに座っている男子生徒が驚きの声を上げた。
「あ、あの献身部の見学なんですが、もしかして入っちゃいけなかったですか?」
「い、いやいや、そんなことはありませんよ。まさか見学をしようって人が来るとは思わなくて……少し驚いただけですから」
「部長、余計なことを言わないでください」
と部長と呼ばれた男子生徒の傍で立っていた、女性がそう窘めた。
部室には二人しかいなかった。
男の方は優しそうな顔をしている。顔立ちは決して悪くないのだが……どうしてだろう。明日になったら顔を忘れてしまいそう。存在感が薄いと言い換えてもいいだろうか。
女性の方は黒髪を三つ編みにして、度が強そうな眼鏡をかけている。瞳は赤色に光っていて、今も鋭い視線を私たちに向けていた。
「ここって、献身部の部室で合っていますわよね?」
オレリアが質問すると、眼鏡の女性が頷いて。
「はい、間違いありませんよ。立ち話もなんですから、座ってお話ししましょう。大したおもてなしは出来ませんが、紅茶くらいはお淹れします」
「あ、ありがとうございます」
なんというか……想像してたのとちょっと違っていて、動揺を隠しきれなかった。
その後、部長と呼ばれた男が折りたたみ式の椅子を出してくれた。
そこに座るとギイッと嫌な音を立てて、オレリアにいたっては「ひいっ!」と短い悲鳴を上げていた。
こ、ここって……本当に貴族の学校なのよね? 椅子くらい、その気になれば簡単に買い直せると思うけど……。
戸惑いがさらに膨らんでいく。
「どうぞ、紅茶です」
眼鏡の女性から紅茶を受け取る。
一体どんな紅茶なのだろうか……と部室の雰囲気に引っ張られてじゃっかんの抵抗はあったが、予想以上に紅茶は美味しかった。
それはフェリクスとオレリアも思ったらしく、二人とも「ふう」と息を吐いて、紅茶の味を堪能していた。
「それでは……まず献身部の説明に入る前に、自己紹介をしましょうか」
眼鏡を人差し指でくいっと上げて、彼女はこう口を動かす。
「私はモニカといいます。三年生です。父が偶然、王家の人を助けた関係で一代限りの貴族になれました。一代貴族というものですね。そして……こっちの地味な男が同じ三年生で、献身部の部長です」
「よろしく」
彼女──モニカさんが言うと、彼はニッコリと笑みを浮かべた。
『地味な男』と言われたのに、気にしている素振りを見せない。それからも、彼の人の良さが伝わってくるようだった。
「えーっと、お名前をお聞きしてもよろしいですか?」
「部長は部長ですよ。名前は……えーっと、なんでしたっけ?」
「ははは、モニカくん。そんな大事なことを忘れたんですか? まあ、あまり重要なことでもありません。ボクのことは気軽に『部長』と呼んでください」
「は、はあ……」
なんと言葉を返していいか分からず、そんな曖昧な返事になってしまった。
「三年生……ということは僕たちの先輩ですね。僕はフェリクス・アシャール。今年、ネコナシュリア学園に入学した新入生です。ご指導・ご鞭撻のほど、よろしくお願いします」
とフェリクスは物腰柔らかく。
「わ、わたくしはオレリアですわ! わたくしのことは、オレリアと呼び捨てにしてください」
オレリアはちょっと緊張している感じで名乗った。
「フェリクス・アシャール……というと、あの有名な公爵家の方でしたか。確か黄金の貴公子と呼ばれているのだとか」
フェリクスを見て、眉をピクリとさせるモニカさん。
「はい。黄金の貴公子という名前は、自分には身に余るものですが……そう呼ばれることは多いです」
「まさか黄金の貴公子様が、献身部の見学に来てくれるとは。ほら、モニカくん。言ったでしょう? 今年はなにかが起こるって」
「部長の言ったことが当たるなんて珍しいですね」
部長の言葉に、モニカさんはそう溜め息を吐いた。
話が見えないが、私たちが来る前に二人の間でなにかやり取りがあったのだろうか?
「それで……そちらのキレイな女性は……」
「はい、私はクラリス・ギヴァルシュといいます。フェリクスは私の婚約者。そしてオレリアは私の親友です。よろしくお願いいたします」
「クラリス──それも聞いたことがありますね。黄金の貴公子の婚約者。そして今年の入学選別テストにて、ヘルムート殿下を押さえて一位を取ったのだとか。そんな有名人たちがここに集まっているとは……明日は雪でも降るのでしょうか」
表情を一切変えずに、淡々と口にするモニカさん。
「では、自己紹介も終わったところで、部活動の説明に移らせてもらいましょうか」
「モニカくん。君は話が性急すぎますね。もう少し、世間話に花を咲かせる気はないのですか?」
「時間は有限ですので」
モニカさんはキリッと鋭い視線を部長に向ける。それに対して部長は「あはは」と苦笑いするだけだった。
この二人、なんだか不思議な関係性。
でも見ていて、何故か安心する。
「まず……献身部とはその名の通り、奉仕活動などを通して献身的な精神を学ぶ場所です。具体的には……」
事務的な口調で、モニカさんが説明を始める。
最初の方はパンフレットやビラにも書いてあった内容だ。
その活動内容としては、地域のゴミ拾い。蚤の市の開催。教会に赴き、炊き出しのお手伝い……といった、とても貴族らしからぬ活動内容がてんこ盛りだった。
そんな私の心情を読んだのか、
「こんなものを喜んでする貴族はどこにもいない……そんなことを思っているような表情ですね」
と部長が口を挟む。
「まずは献身部の見学に来てくれてありがとう。三人が献身部に入部してくれるなら、すごく嬉しい。僕とモニカくんは三年生。今年新入生が入らなければ、献身部は廃部になってしまうところでしたからね。
しかし活動内容を聞いて、さぞ幻滅したでしょう? あなたたちのような華々しい方々が、入るようなところではない。残念だけど、こんなヘンテコな部活があったということだけでも覚えてもらえれば……」
「入ります」
「え?」
聞き返してきた部長に、私はもう一度こう告げたのだ。
「献身部に入部します。話に聞いていた通り、素晴らしい部活ですね。入部届けはどこですか?」




