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過去 ウィードとベル

「ウィード?どこにいるの?ウィード!」


 いつもと変わらないベルの声が聞こえる。


(お嬢様?ふさぎ込んでいたはずでは)


 幻聴かもしれない。ウィードは一瞬耳を疑ったものの、その声は次第に強くはっきりと聞こえてきた。


「こちらです、お嬢様!」


 と一旦返事をしたものの、半そでのシャツから露出した己の醜い罪に気付く。これだけは見せられないと、傷だらけの素肌をとっさに上着で隠す。


「ウィード!私ね!」


 突然抱き着いてきたので、今朝出来たばかりの生傷がベルの体と接触し、ウィードは思わず顔をしかめた。その様子を見てベルが一歩引きさがる。


「ごめんなさい、痛かった?」

「いえ、平気です。ベルお嬢様。」


 ウィードは悟られまいと、何事もなかったように平然とベルを地面に降ろして恭しくお辞儀をした。


「それより、聞いてほしいことがあってここにきたのではないですか?」

「そうよ!ウィード。私、決めたの!」


 ベルの輝く瞳にウィードは圧倒された。


「待ってください。一体何を、決めたですか?」

「学校よ!子供たちのために、学校を作るのよ!」

「学校?そんなことを考えていたのですか。」


 随分と立ち直られたようだ、とウィードは安堵する。


「それはいいのですが、そのようなお金はどこから……!」


 言いかけて、ウィードはその意味ありげな微笑みに気付き、はっと目を見開いた。


「まさか!」

「そう、この屋敷。この広い土地、ぜーんぶ、学校にするの!」


 この無邪気な言動に、ウィードはベルが懺悔のあまりに記憶が飛んでしまい、何も知らぬ少女になったのではないかと危惧した。


「一体ご自身が何を言ってるか分かっているのですか!?このご時世。国家として分け与えるものは何もないと!屋敷がなくなれば、我々はどこに住むのですか!一旦名無し草(ネームレス)となれば、住処を追われ放浪する冒険者に身をやつさないといけなくなるのです。お分かりですか!?」


 マイヤーに拾われる前は貴族ではあっても常に放浪の身であったウィードにとって、屋敷を無くすということはどういうことであるか、ウィードは経験を通して知っている。それだけに彼女の意見は無視できなかった。


「それに、貴族ですら食糧を得るのに難儀しているのです。それを横流ししてしまえば、セントラルから何と言われるか。」

「あら、私は本気ですよ?」


 ベルが怒る。


「横流し、ではありません。それに只で屋敷を分け与える、わけじゃないわ。マイヤーに忠誠を誓ってもらうし、仕事も与えるつもり。幸い、この国は食糧もたっぷりあるわ。もちろん、子供達が力になれないことくらい分かってる。だから、学校なの。」

「確かに、この国は豊かです。しかし、その分魔物も多いことはご承知のはず。王軍でも躊躇するような討伐を大々的に行うつもりですか?それも子供達で!?」

「あら、どうせ死ぬのであれば同じ事よ?」


 ベルはさらりと言いのけた。余りにも自然に言ったので、それが本気かどうか、ウィードには判断がつかなかった。


「魔物に立ち向かうか、立ち向かわないか。それだけの違いよ?」

「そんな、無謀すぎる!」

「私が無謀なら、あなたが謀ってくれないかしら?」

「!?」


 その言葉にウィードは絶句した。一体どういう意味なのか、ウィードが測りかねていると。


「勿論、私だってこんな事、世迷言だってわかってるわ。でもね、私は未来を創ってみせる。国家ってそういうものでしょ?」

「しかし……」

「私の希望はね、みーんな、幸せになる事。大人も子供達も食料問題なんか忘れて、そうね、コイバナにでも咲かせるようになればいいかなって、思ってるの。ね?素敵でしょ?」

「それは……」

「うふふ。コイバナなんて、ちょっとはしたなかった、かしら?」


 何も言えなかった。ただ、指を唇に当てて茶目っ気たっぷりに笑う、その時のベルの表情がウィードを捉えて離さなかった。

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