第15話 - 1 這い寄る陰謀 ~ユリア=テロニクワ王妃
現オーシア国王、ドゥリン=オーシアは体調面での不安が常態化している。顔色が悪く覇気もなく、近頃はかなり痩せても来ている。近い段階で、退位があるのではないか? もし退位するとしたら、どのタイミングか? と噂と憶測が絶えない。
次期国王の最右翼は、王位継承権1位のチューダ=オーシア王太子であるが、これは自動的な決定事項ではない。数字はあくまでも序列であり、上位の者が辞退をすれば、下位の者に権利が譲渡される。継承権上位者の勢力バランス、退位する王と当人の意思などで、最終的な決定となる。
その時、果たして王太子は王位に就くのか。それとも継承権2位のジャミル=ミューゼルに譲るのか、見解は二分されている。王太子は温厚な人柄で知られ人望も厚いが、為政者の資質という部分では信頼を勝ち得てはいない。現内務相ではあるものの、特に目立った功績はない。前例踏襲主義で、とにかく無難にこなしているという印象だ。能力面では、どうしてもジャミルに目が向いてしまう。
またジャミル自身、公言こそ一度もないが、王位への意欲は強いと目されている。ジャミル案などに代表されるように、その発言は国や世界を中長期的に見据えている。
こうした情勢の中、一際、王太子の次期国王への即位を望む存在があった。チューダ=オーシア王太子の実母、ユリア=テロニクワ王妃である。
「……チューダはあの大人しい性格ゆえ、自分の能力を過小評価しているだけ。それも見抜けぬ無能どもが、ジャミル、ジャミルとさえずりおって」
と、ひとしきり毒づくと、ユリアは香草茶を口に運んだ。気を落ち着かせる効能があるという事で、今、傍らに立つ執事が取り寄せたものである。ドゥリン=オーシアに嫁ぐ以前、幼少期からユリアに仕える忠臣。70も半ばになるが、未だ実務面で衰えは見せない。
「チューダ王太子は温厚なお人柄ゆえに、その辺りも謙虚でいらっしゃるのでしょう」
「その通りである! あの出しゃばりの目立ちたがり屋のジャミルが、身の程も弁えずに切れ者扱いされておる。あの……ジャミル案とかいうもの、コーネルはどう評価する?」
「そうですな……」
執事、コーネルは右手をアゴに当て、少し考え込んだ。これはジャミル案への評価そのものではなく、それをどうユリアに伝えるべきかの思案だ。
「実現できるなら……という前提なら、素晴らしいと存じます。しかし国内だけの改革ならまだしも、広く他国を巻き込んでとなると、現実味には薄いと評価せざるを得ません。夢見がちな理想論者と揶揄されるのも、頷けます」
「そうか!」パッと、ユリアの顔が華やぐ。「では王位に就いたとて、実現など出来ぬという事であるな?」
「……左様でございます」
「仮に、ジャミル案を強引に押し進めたらどうなると思う?」
「幾通りかの可能性は考えられますが、最悪では国が傾きましょう。まずジャミル案に則るなら、オーシアは多額の金銭援助を余儀なくされます。これが目論見通りに機能すれば問題ありませんが、外れてしまえば無駄になります」
ジャミルが失敗する話が面白いらしく、ユリアは目を輝かせて聞く。
「また支援した国が排他的に自国経済だけを保護しようと動けば、ただ強国オーシアを弱らせ、弱国を強めるだけの結果となりましょう。彼らが軍事的野心を持つに至れば、戦争を引き起こしかねません。……これはまあ、悪い方に考え過ぎているのかもしれませんが」
「いや、妾も同意するぞ! 理想主義の夢想家に国を任せて、巻き込まれては構わん! チューダであれば、堅実に政を進めてくれるに違いない」
「はい、私もそう考えます」
しかしコーネルは、こうも考えていた。ジャミル=ミューゼル侯爵であれば、成し遂げてしまうかもしれない。あるいは理想は理想として、現実に実現できる成果を上げて国や世界を繁栄に導くのではないか? 無論、確証はないが、国を預けて賭けてみたくなる逸材ではある。
チューダ王太子とて、愚人ではない。王位に就いたなら、立派にその職務を果たすであろう。だが元より、コーネルに選択肢はない。ユリアの良き家臣として、生涯を終えるだけだ。
「失礼します」
4つのノックの後、一人の若者が入室した。セイ=クラーゼンであった。
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