45 魔王と魔女売ります
厚い雲が流れ、満月が顕れる。
月光によって浮かびあがったのは広間の大時計。
俺たちが見ているまえで刻一刻と秒針がきざまれ――ついに真夜中を告げる。
「来た!」
リリィの叫びが響きわたると同時、物見台が爆発した。
黒煙から飛びだしたのはエリザヴァトリ――ではない。ディナに乗ったリリィだ。夜空にマントとポニーテールをはためかせ、瓦礫の雨を縫うように塔を駆け下りる。
かわりに佇立した人物こそ、爆破した張本人。
〈無血の王〉エリザヴァトリは月を背負い、夜闇を跪かせ。
いくつもの赤黒い触手を従えて、半壊した物見台から悠然と俺たちを見下ろす。
「やほおはこんばんー。数時間ぶりの再会なわけだけどー、……なぁんか面白いことになってない?」
そう、俺たちを。
――捕縛された俺とアリアさんを一瞥して。
まるで繊月のように嗤った。
やつの姿は、初めて現れたときとなにも変わらない。
違うのは登場の仕方くらいか? あのときは湧水みたいに地面から湧いて出てきたが、今回は空――半壊した物見台からの跳躍ときた。
着地した衝撃で、ごつり、と厚底靴が鳴る。金の髪が月光をあびて煌めき、ルーズに羽織ったヒョウ柄のジャケットがはためいた。破れた服は言わずもがな。干からびた肌や燃えさかった髪すらも完全に修復されている。
対する俺たちは、ジョゼの審問をうけていた当時とほとんど変わらない状況だ。
俺とアリアさんは猿ぐつわを噛まされ、縄で縛られている。手綱をにぎるのは王様で、その隣にはキッカさん。
広間にいるのは表向きこの四人だけだが、他の魔法少女たちがさらに離れた位置で、見える場所に、あるいは家屋の影や屋根のうえに隠れて包囲している。
「〈無血の王〉エリザヴァトリさん、ですね」
「そ。私ちゃんがエリザ。そういうアンタは?」
「わ、たしは、この国の現王ステファニーと申します。……王として、彼らふたりがあなたに行った暴挙の謝罪と……提案をしに参りました」
提案という単語に、エリザヴァトリが酷薄に目を細めた。
王様は一歩後ずさりしそうになるが、なんとか踏みとどまる。胸元で両手を震わせながら、必死で続きをくちにした。
「王として、民でもない者のためにこの国を……全国民を危機にさらすわけにはいきませんっ……! どうかこのふたりを贄として……い、怒りを鎮めてください。魔王と魔女なら、我が国すべての魔法少女と引き換えにしてもおつりがくるはずです……!」
「ふーん? そのわりにはいっぱいお仲間が隠れてるみたいだけどぉー?」
「それは私の判断よ」
すかさずキッカさんが援護射撃に入る。
王様をかばうように立ちはだかった。
「王の護衛は臣下の務め。我々にとって彼らを供物として捧げるのは最大の譲歩だけど、必ずしもあなたが提案を呑むとはかぎらない。〈無血の王〉なら、彼女がなんの魔法も持たないことも、我が国における王の条件も承知のはず。……自衛の叶わぬ身でこの場に立つ意味を斟酌してもらいたいものだわ」
「あくまで私ちゃんが断ったときの保険ってこと?」
「そうよ。我が王はすでに決断した。この交渉が決裂したときは……国が滅ぶ覚悟で、総力をもって〈無血の王〉と戦うと」
キッカさんとエリザヴァトリのあいだで火花が散る。
……もちろんこれは作戦だ。
ステファニーに俺とアリアさんを売るつもりはないし、俺たちだって殺されてやるから他のみんなは助けてくれだなんて殊勝な考えをしちゃいない。
そう、考えたのはあくまでも勝つ方法。
俺たちにあってエリザヴァトリにないものはみっつある。
そのひとつが「数」だ。
エリザヴァトリ vs ジーンガルドの連中と俺。
一見すると俺たちが有利に見えなくもない。
だがアリアさんいわく、〈無血の王〉にある程度応戦できるのはSSR魔法をもつ俺とアリアさん、ジョゼの三人だけ。ジョゼは再起不能だし、俺の〈常識改変〉はチートのくせに使い勝手が悪すぎる。
よって、この戦いは、事実上。
アリアさんとエリザヴァトリの一対一なのだ。
もちろんこれは質の話なのであって、数の暴力に徹することはできる。〝ジーンガルドの連中全員で、玉砕覚悟のカミカゼ特攻〟ってやつだ。
でも俺が人間の命をただの数字として見るゴミクソ野郎なら、リリィに逃げてと誘われるまえにとっくに逃げているわけで。
よって却下。心情的にも内容的にも却下。絶対に却下。下手に誰かが血を流せばそれがエリザヴァトリの盾であり矛となってしまうからっつーのもあるが、あまりにもそれ以前の問題すぎる。
まわりくどくなってしまったが、つまりこの「魔王と魔女売ります大作戦」は、あくまで「数」の有効利用。あからさまに「伏兵がいますよ」「奇襲しますよ」「罠ですよ」とアピールして「数」的有利は俺たちにあると錯覚させる。エリザヴァトリの集中力を分散させて隙をつくる。それでいて不用意に味方を巻き込まない、相手の手数を増やさない作戦なのだ。
エリザヴァトリは言動こそ馬鹿っぽいが、わりと賢い。軽率にステファニーの提案を断って自分から窮地を作りにはいかないだろう。どれだけ数で劣っていようが、どれほど対策を講じようが、一番危険視すべきは俺の〈常識改変〉だからだ。
どれほどあからさまな罠だろうと、リスクなく俺を殺れる絶好の機会。ならば提案にのるしかない。
そして俺たちを殺そうとする瞬間こそが、逆に俺たちがエリザヴァトリを倒す絶好の機会――……
「じゃあさ、王様だっけ? アンタがそいつら殺してよ」
……え?
「売るってことは、アンタたちはもうそれいらないんでしょ? それもう私ちゃんの所有物ってことでしょ? 私ちゃんにお願いするってことはぁ、私ちゃんの言うこと聞いて当然よね?」
待て待つんだ待ちやがれ台本が違う!
そこはじゃあ早速殺すかってなるところだろ!?
「私ちゃんにあげたものを、私ちゃんの命令で殺す――できないなんて言わせないわよ?」
冷やし中華温めました(ルビ:作戦をちゃんと考えないままノリで更新はじめました)




