33 ナイトメア・ビフォア・バースデー・2
――あ、終わった。
そんな瞬間は誰にでも訪れる。
小学生だろうがアラサーだろうが、一度くらいは経験しているはずだ。
俺の場合は、中学一年の春だった。
近隣みっつの小学校から生徒が集まるため、大体どの授業でも生徒に簡単な自己紹介をさせる。その場で、俺は
「やっぱ愛だよ、そうだろ? がモットーの! 相田双太です!」
やたら格好つけた振り付けとともに、自信満々に言い放ち。
先生や、よその学校出身者から「……で?」と冷めた反応を食らった。見事にスベってしまったのだ。
……説明が必要なギャグほど寒いものはない。
そのうえで補足させてもらうと、これは小五のとき流行ったドラマが元ネタだった。
「少年ケイジくんが行くっ!」という、「刑事」と名前の「ケイジ」をひっかけたタイトル出落ちもの。小学四年生のマセた男児がご近所のちょっとした謎や事件を解き明かすという、金も手間もかかっていないチープな内容だ。
ただ役者と設定がよかった。
子役は「精通なにそれ?」と言わんばかりの可愛らしい顔立ち。作中でも小学四年生という絶妙さ。
だから名実ともに性とは無縁な男の子が、「やっぱり愛だよ、そうでしょ?」と大人びた発言をして、ご近所のちょっとした謎や事件を解決する内容は、俺たちの母親にやたらウケた。
じゃあ主婦層だけ見ていたのかっていうと、そうでもない。
なにせ事件解決のおり、毎回、綺麗なお姉さんから感謝のキスやハグをされるのだ。もちろん非常に軽い演出だったが、自分よりよほど女々しいガキが綺麗なお姉さんから頼られているさまは、正直羨ましいにも程がある。
当時の俺をふくめた野郎連中は、全員「恋愛とか女々しい」「女に構うなんて恥ずかしい」「モテるモテないとか興味ない」と思いながら、こっそり「ケイジくん」を羨望していた。
その「こっそり」が表にでるきっかけとなったのは、意外なことに俺の名前だった。
「双太の名前さ、あのドラマのやつとおなじだよな」
「は? あれケイジだろ? どこが一緒なんだよ」
「名前じゃねーよ、キメ台詞! あそこアイダソウダとかなんとか言ってるじゃん」
ドラマのケイジくんは、見目麗しいお姉さんがたのために、ご近所まわりの謎や事件を解決する。小学四年生だから、事件を解決に導くために並々ならぬ苦労があっただろうことは想像に難くない。助けられるお姉さん側は毎回新しい人にかわり、ケイジくんとほぼ初対面なので、なおさら謎だ。
「どうして私のためにそこまで……」
「やっぱり愛だよ、そうでしょ?」
なんたるキメ台詞にして殺し文句。「あなたのために」なんて押しつけがましいことは言わない。ケイジくんは宮沢賢治の「雨ニモマケズ」ばりの博愛精神でお姉さんを助けたのだ。感極まったお姉さんはキスやハグを贈ってエンディング。
この「愛だよ、そうでしょ?」の部分が「相田」「双太」に似ている。そういう話だった。
……いやわかる。わかるって。ギャグとしてはぶっちゃけ微妙だ。
ちょっとした雑談の延長線上ならまあありかなレベルだが、長くひっぱれるネタじゃない。
このときも、その同級生と「目指せハーレム王!」「マジかよ、やったぜ」って感じでちょっと盛りあがって終わり。そのはずだった。
一発ネタが不死鳥になったのは翌日。音楽の先生が産休にはいり、新任と入れ替わったことだった。
小学校の音楽に学習計画表なんてあってなきがごとしで、時間だけはたっぷりある。ひとりずつ自己紹介することになって――そのとき、あれやっちゃえよとそそのかされて。
結論からいうと馬鹿ウケした。
新任の先生でも、女子からでもなく、野郎どもから大反響をうけた。
今にして思えば、あのヒットは必然だったんだろう。
俺の人徳がどうこう、ギャグとしての質がどうこうって話じゃなくて。
当時の男子はみんな「恋愛とか女々しい」「女に構うなんて恥ずかしい」「モテるモテないとか興味ない」ってケイジや恋愛沙汰に身構えながら、でもどこかで気になっていたから。
俺はあのキメ台詞をネタにして、「モテたくてモテたくて女に優しくするけどまったくモテない残念野郎」ってキャラになることで。みんなはそんな俺をいじることで。本当はモテたいって気持ちや、ケイジへの嫉妬を昇華してたんだろうなって。
とにかく、これがきっかけで、例のドラマは俺たち男子にも確固たるブームを築いた。
そのノリはドラマが放送終了したあとも続いて。毎日これで馬鹿騒ぎして。
だから、他の小学校じゃ流行ってなかったとか。
そもそもみんな元のドラマを見てたわけじゃないとか、知らなかったんだ。
「……あれ? おかしいな? しょうがねえ、もう一回いくぞ! ――やっぱ愛だよ、そうだろ? がモットーの! 相田双太です!」
中学生になって気分が高揚しすぎてたんだろう。よせばいいのに、スベった空気を感じながらも再演した。同小のやつはノってくれたけど、クラスの半分以上が困惑している。そうしたら友達もそっちの空気を読みだすわけで。
俺は完全に事態を収拾するタイミングを逸した。
笑顔をつくりながらも半分泣きそうになってたそのとき――後ろの席にいた女の子が立ちあがった。
「英田真理子です。少年ケイジくん、私も見ていました。結婚するならあんなふうに女性に優しい男性がいいです。……あ、でも相田くんと結婚したら、読みは一緒なのに漢字が違うからこまるかな? 私は英語の『英』に田んぼの『田』で『英田』です。よろしくお願いします」
英田さんの自己紹介に、教室内が盛りあがった。
爆弾発言を落とした本人は、照れたようにほほえみながら俺に目配せする。「今なら自然に着席できるよ」という合図だ。わかっている。それ以上の意味なんてない。
それでも彼女はとても美人で、同い年と思えないほど落ち着いていて。その仕草も、俺が顔を真っ赤にしてしまったことも、いっそうクラスのみんなを沸きたたせた。
……とにかく彼女のおかげで、俺の「モテたくてモテたくて女に優しくするけどまったくモテない残念野郎」ってキャラは周囲に広く受け入れられた。そう、公認のカップルにはならなかったのだ。
というのも、どう見ても英田さんは高嶺の花だった。
他の女子みたいに男子を馬鹿にしないし、女同士で群れて甲高い声で馬鹿笑いだってしない。
マニキュアや色つきリップを塗ったり、必要以上にスカートを折りたたんで指導されることもない。
じゃあお高くとまっているかといえばそうでもなく、基本は比較的穏やかな性格のグループに所属しつつも、他のグループとも楽しそうにしゃべったり課題を助けたりしている。
俺だけじゃない。あのころ同い年の男子は全員もれなく問答無用で無条件に不釣り合いだった。
じゃあ年上と付き合うのかいうと、そんなこともなくて。というか高校に進学しても、大学生になっても、俺の知るかぎり特定の相手を作ったって噂は全然なくて。
大学の四年生。
とある事情で人生捨て鉢になっていて、どうしても〝俺〟を〝俺〟として見てくれる人がほしかったころ。
俺は彼女に告白して――見事にフラれた。
それからずっと頭の隅に居続けながらも疎遠になっていた彼女が。
英田さん――いや、御法川真理子さんが。
全裸で俺のまえにいる。
ストーリー自体は進んでいませんが、主人公の過去2回目です。名前の由来はこんな感じでした。主人公の名前の意味は他にもありますが、現時点ではここまで! 過去編はそんな長くならないので次話もよろしくお願いします~!!!