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27 わたしのいのちはあなたににている・3



 ――あれ、もう一度()ってよ?


 あまりの非道なセリフに、腹の底から熱くなる。

〈無血の王〉は魔王――男じゃなかったのかとか、死んだのが百年前ってなんだよ普通におかしいだろとか、死霊なのか二重人格なのか――演技なのかとか、なんだっていい。全部どうでもいい。


「I come to bring you news, but wait until my heaving chest,

(我はたよりを持ちきたれり だが待てよかし、息切れや、)

 The loathing of the void and dark, subside.

(奈落のうつろの嫌悪が鎮まるのを)」


 馬鹿だ俺は。

 いくら相手が女だからって。

 いくらベルが――ジョゼが強力な魔法が使えるからって、軽率にバトンタッチすべきじゃなかった。

 たとえ相手が女でも! この世界にはこの世界なりの事情があって、異世界人が気軽に首つっこむべきじゃなかったとしても! ここは俺がやらなきゃいけなかったんだ!


「そいつを離せッ!」


 全身に食らいついた触手を肉ごと剥がす。剥がしながら走りだす。

 触手が裂けた。俺の肉も裂けて、血が飛び散った。

 女に拳を振るうとか冗談じゃない。でも――だからってこのままモブでいられるわけねえだろ!


「やだ浮気ぃー? あ、こっちもアンタの女だったりする? てか全員?」


 エリザヴァトリはジョゼの胸ぐらをつかむと、そのまま幼い身体を真横――リスの魔獣がいる檻へと叩きつけた。


 パニクっているのか、それとも〈無血の王〉の凶暴性にあてられたのか、リスの魔獣は鉄格子のすきまから〈魔虎鉤爪(バグ・ナク)〉を振るう。まるでただの魔獣にもどったかのようにジョゼを切り裂いた。あっというまに軍服が血で染まり――その血が女王の新たな盾であり武器となる。


「どーせここの王様に『みんな好きにしていいからエリザ倒してー!』って言われたんでしょー? 苗字持ちになれるうえ、あわよくば〝魔女(エリザ)〟も(はべ)らせられるもんねー?」


 さらにジャケットからアトマイザーを二本とりだすと、厚底靴で踏み割った。ピンクの液体――かつて人だったものの成れの果てが、ジョゼの血液とまじわり、赤黒い触手となって俺を拘束する。


「He will have the gift of words, the fascinator’s eyes,

(策謀の舌と誘惑者の瞳をそなえ)

 Will preach abomination and be believed by all.

()()すべき悪を説くが みなが信じるだろう)」

「でも残念! いっこの国で暮らすのもー、誰かに依存するのもー、マヂでなーい! 私ちゃんそんな安い女じゃないからっ!」

「Jubilant and wild, singing and bleeding,

(人々は(きょう)(ほん)し 歌い 血を撒き散らかしながら、)」

「まだ詠唱す(しゃべ)るんだー? それいちいち長すぎ」


 そうだ、お前は言った。

 詠唱が長い、ゆえに遅いと。

 だけど一発逆転ホームランこそが男のロマン。

 オセロゲームだって最初に負けとかなきゃ最後に勝てねえんだよ!


「They’ll follow him in bands, kissing his footprints.

(狂信に(ふけ)り 足跡にさえ口付けるだろう)」

「なっ……!?」


 刹那、破光とともに、エリザヴァトリの全身を触手が絡みつく。

 リス魔獣のときのように触手が反逆したんじゃない。俺とお前の位置がそっくり入れ替わったんだ!


「ちょ、ヤだ、なんでぇっ……!?」


 エリザヴァトリの長身をもってしても、厚底靴が宙にういた。存分に見せびらかした生足を、赤黒い触手が這いまわり、しめつける。ホットパンツのダメージ傷からもぐりこみ、穴を貫通するものがいた。ジャケットやトップスの隙間にもぐりこみ、素肌という素肌に吸いつくものもいた。こうなってしまっては腕力でどうにかできるはずもない。

 もちろん、元々はエリザヴァトリの魔法だ。〈()()()〉を操作すればいいだけの話なんだろうが、……今は、俺の魔法こそが効いている!


「うそっ、離れな……っ……!?」


 わかったときはもう遅い。

 くち――とついでに鼻から血を垂れ流しながら、ずたぼろのジョゼを抱えながら、最後の言葉を言い放つ。


「And die unsated by slaughter, leaving behind sown hate.

(虐殺に飽くことなく死に 憎悪の種を遺すだろう)

 ――〈常識改変(インスタント・キング)〉!」



 空が割れた。


 朝のひかりが、地平線のむこうがわから現れる。

 エリザヴァトリの出現によって早められた夜の闇が、ずたずたに引き裂かれていく。

 街灯の何百倍、何千倍ものひかりが、すべての悲しみと苦しみを()きつくす。(よど)んだ水が、血なまぐさい風が、たくさんの血を吸い込んだ大地が、――空が、明るく透き通った色をとりもどしていく。


「があああああッ!?」


 獣のような雄叫びとともに、あれだけ美しかった金の髪が燃え、しみひとつなく澄んだ肌が蒸発し、ひからびていく。

 まるで魔女の()(あぶ)り。だが触手によって(はりつけ)にされた以上、逃げ場はどこにも――


「ァ、があッ、ぁだしぢゃん、う゛おぉッ、――舐めるなあああッ!」


淫蕩なる愛(カーマ・ラミア)〉。


 極大の咆哮が、俺たちの()(てい)をのきなみ(しょう)(どう)した瞬間。

 エリザヴァトリは唯一動かせる指先――爪でおのれの皮膚を裂く。


 その身体に一体どれだけの血を溜めこんでいたのか。エリザヴァトリの全身が風船のようにはじけ、洪水のように広がり――けれどすぐさま赤黒い血の柱となって収束する。所有していた血を犠牲にしてでも肉を――その美貌を死守する。


「……雰囲気も詠唱も違うからマヂ(だま)された。まさかアンタがここにいるなんてね。でも正体がわかればこっちのものよ」

「っ!?」

「アンタだけはエリザが殺す! 明日! マヂで! 絶対に潰してやるんだからッ!」


 目も鼻もくちもない、ただ赤黒いだけのかたまりが、それでも憎悪をたぎらせて叫び。

 次の瞬間、血の霧となってはじけて――消えた。

 そのわずかな血霧さえも、朝のすがすがしい風によって散っていく。


 あとには呆然とする俺たちと。


「姉様、姉様、どこ、姉様、どこですか、声が、声が聞こえないんです、姉様、どうかこえ、を、」


 俺の腕のなか、両耳を塞ぎ、(うつ)ろな右目から涙をながすジョゼだけが取り残された。



2章終わりましたー!!!! ここまでお付き合いくださったみなさま、まことにありがとうございますー!!! 次は3章に突入です。この世界の魔法とか、魔王・魔女について書いていく予定ですので、引き続きよろしくお願いします!!!

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