26 わたしのいのちはあなたににている・2
「……演技?」
剣鎗斧銃がぴたりと止まる。
常識で考えれば、エリザヴァトリの発言はただの時間稼ぎにすぎない。わざわざ意図を問う必要などないはずだった。
そうしなかったのは、今の発言があまりに確信に満ちているからなのか。……それともベルには問い返さねばならない理由があったからなのか。
「そ、演技。ブスなのに耳も悪いとかマヂ終わってる。ってか自覚なかったわけ?」
「……そうね、無理もないわ。あなたはジョゼの魔法を知らないもの。あたしはベル……」
「ベルナテッドでしょ? 私ちゃんそれくらい憶えてるしぃ」
今度こそベルから笑顔がきえた。
まるでお面が剥がれ落ちたかのように、妹とおなじ虚無の瞳、虚無の表情となる。
ベル。ベルナテッド。
なにも間違っていない。地下牢でベル本人がそう自己紹介したからだ。
だから問題なのはそこじゃなくて。
『ベールー! 貴女って子は! 何度普通につれてきなさいって言ったらわかるの!?』
『やだキッカ、怒らないで? あたしは可愛いベルよ? そんなふうに言われたら泣いちゃうわ!』
『貴女はなにも変わらないわね、ジョゼット。ベルナデッドも……』
『ベルに代われ!』
……問題なのは、あの地下牢での自己紹介をのぞき、誰もが彼女を「ベル」か「ベルナデッド」と呼んでいることだ。
一体エリザヴァトリがいつから俺たちの会話を聞いていたのか知らないが、まさか地下室にいたってことはないだろう。だから〝ベル〟は愛称にすぎず、本名がベルナテッドであることを、エリザヴァトリは知らないはずだ。知らないはずなのだ。
――本人に会ったことがないかぎりは。
「……私ちゃん〝こだわる〟のはちょー好きだけど、〝とどまる〟のはマヂ大嫌いなんだよねー。おんなじ場所にずっと住むとかぁ、特定の誰かにいれこむとかぁ、毎日おんなじメイクするとかぁ。マヂつまんない。女として腐っちゃう、みたいな?」
「……」
「だからー、死者にすがるとかも超ムカつくー。アンタの姉は! 百年も前に死んだの! 私ちゃんが殺したの!」
「…………だから、どうしたの?」
胸と腹を血で染めながら。
生の感じられない奈落の瞳で、笑顔の仮面をはりつけて、ベルナテッドがくるりと一回転する。
まるでお姫様のドレスを着ているみたいに、軍服の裾をちょこんと指先でつまんで。優雅に、軽やかに、愛らしくお辞儀し、――肯定する。
そうだ、他ならぬジョゼが言っていたじゃないか。〈死霊のささやき〉は死んだ者の残留思念を関係者に憑依させる魔法。発動中はベルを呼びだせないと。
「そうよ、ベルは百十数年前に死んだ。〈饜蝕の大驪竜〉に呑まれてしまったわ。でもそれがなんだっていうの? あたしはジョゼのお姉ちゃん。可愛い妹様をひとり置き去りになんかしやしないわ!」
〈素晴らしき死の慈悲〉。
歌うように呟いて、ついに剣鎗斧銃がエリザヴァトリに降り落ちる。
だがエリザヴァトリはすかさずジャケットから筒状をものを取りだした。
煙草……では短すぎる。万年筆にしては細すぎるし長すぎる。
ならば口紅かと検討をつけた矢先、キャップが外されたそこから霧が噴射する。
アトマイザー。
いわゆる携帯に特化した、香水をいれるためのスプレー付き容器だった。
「……あっは。やっぱ私ちゃん大正解じゃん」
無邪気な悪意が艶やかなくちびるからこぼれ落ちると同時、スプレーから噴射した霧が、瞬く間に泡となって膨れあがる。エリザヴァトリをつつみこむ。
爆轟音のあとに残ったのは、土塊と化した残骸と……丸くてぶよぶよした水のかたまりだった。
触手の次はピンクのスライムか。俺が身構えた、次の瞬間。
それは悲痛な叫びをあげた。
『――ジョゼ! 助けてジョゼ!』
幼い女の子の泣き声だった。聞いたもう次の瞬間には耳を塞ぎたくなる、それでいて一生耳底にこびりついて離れない、そんな悲鳴だった。
『だいじょうぶ、だいじょうぶ、だいじょーぶ、まだ生きてる、まだ死んでない、きっと助けはくる、ジョゼがきっと助けを呼んでくれる……』
『いや、ぃやあっ、たすけて、たすけ、ジョゼッ、がッ、ひぎィッ、――あぎッ……』
『やだ、ぃや、いや、死にたくない、あた、し、死にたくないわ……っ! 死に――……』
ピンクのスライムはそこまで叫ぶと、唐突に破裂した。ただの液体にもどり、エリザヴァトリの足元で水たまりとなって沈黙する。
「あはっ。……今の、なんでしょー?」
まるで雨合羽を着ておでかけする幼稚園児のように、エリザヴァトリは無邪気に水たまりを踏みつける。ばしゃん、ばしゃん、と音をたてて厚底靴が濡れていく。
「い、ま、の、はぁー! ベルちゃんの最期の声でぇーす!」
ばしゃん、ばしゃん。
水たまりを踏みなじる。水たまりが、踏みなじられる。
「そもそもコレがなにかっていうとぉ、ベルナテッドを〈粉骨砕身〉したときの体液でぇ。そのときの体液の持ち主……あ、ベルちゃんね? そのベルちゃんの体液に残ってた悲鳴をぉ、なんとー! 私ちゃんの魔法でひっぱりあげちゃったー!」
いえーい! ドンドンパフパフー! 私ちゃん、ちょーすごーい!
楽しげに、……どこまでも楽しげに、エリザヴァトリは水たまりを蹴りながら嗤う。
「えっとジョゼだっけ? アンタのそれって〈土属性〉じゃん? どっからどー見ても〈無属性〉じゃないじゃん? だったらムリムリ。死霊とか引っ張ってこられるはずない。ないったらない。ありませーん! 土にこびりついた残響を剥がしただけー!」
あっという間にピンクの水たまりは四方に飛び散り、地面に吸い込まれて消えていく。エリザヴァトリは満足したのか、にんまりと笑みをうかべ、ベルにむかって歩きだした。
「いやさー、わかる。わかるよ? 可愛いお姉ちゃんの声がしたんだもんね? マヂ泣ける話じゃん。それでさ、……引き返せなくなっちゃったんだよねぇ?」
エリザヴァトリがベルの――いや、ジョゼの肩をつかむ。
顔面蒼白になって震えるジョゼを逃がすまいと、まるで押し潰すように瞰下する。
「でも〝残響〟とかそんな残ってるものじゃないからさぁ。……ずうっと、演技、してたんだよねー?」
「……ぁ、」
「みんなを騙して苦しかったー? それとも可愛いお姉ちゃんと一緒にいるフリができて楽しかったー? いっぱい言ってたよねー? あなたのお姉ちゃんはここにいる! 可愛いあたしのジョゼ! 可愛い妹様をひとり置き去りにしない! とかなんとかー!」
――あれ、もう一度演ってよ?
本日2更新目です、よろしくお願いしますー!!! ちょっとジョゼにつらい展開が続きます……!




