25 わたしのいのちはあなたににている
「……ベ、ベル?」
それは〝ベルナテッドに代わればいいのか?〟ではなかった。
信じたい気持ちと、期待に裏切られたくない気持ちがせめぎあう自問自答だった。
ジョゼという人間の終生を賭けた、たったひとつの希いだった。
〝あなたは本当にベルナテッドなのか?〟
そんな……まるであの世にも行けず、この世にも居場所がない迷子の幽霊みたいな声で問われれば、たとえ死角にいようがすぐにわかる。嫌でも気付かされる。
ゆえにエリザヴァトリは蔑みの声で一蹴する。なけなしの希望を土足で踏みにじった。
「……はぁ? 私ちゃんエリザって名前なんですけどぉー?」
警戒の高さをしめすように、触手に四肢を奪われた俺ごと、エリザヴァトリは後方をふりかえった。俺たちにむける触手の数はそのままに、たった今、俺が流した血から新しい触手をつくりだす。
「姉様……!」
「マヂうっざい! 私ちゃん誰とも〈姉妹の契り〉なんか結んでないし!」
俺の血から生まれたばかりの触手が、ジョゼの胸と腹を殴った。小さな身体は軽々と吹っ飛び、大地に転がる。
だが俺から奪った血液は、俺がまだ生きているくらいなのだから、そこまで量があるわけじゃない。殴られたジョゼもまだ生きている。死んでいない。
「ジョゼ!」
「ジョゼット!」
「審問監査官!」
「……しっかりして、ジョゼ!」
三者三様の悲鳴があがるなか、ひときわ明るい声が響いた。
ジョゼ本人のくちから、ジョゼとおなじ、それでいて誰よりも希望に満ちた声があふれる。
「あなたのお姉ちゃんはここにいるわ! さあ、ベルにかわって! あんな人、すぐにあたしがとっちめてやるんだからっ!」
「……だが、姉様……ッ!」
「だーいじょうぶっ! 可愛いジョゼ、あなたがいるならベルはなんにも怖くないっ!」
血を吐きながら、よろめきながら。
それでも瞬時、震える右手が眼帯の位置を変える。
右目から――左目へと。
「〈素晴らしき死の慈悲〉!」
闇すら切り裂く一声とともにエリザヴァトリの足元が割れ、無数の岩が地表をつきやぶる。
もちろんエリザヴァトリの隣にいた俺も巻き込まれたが、ベルの手腕なのか、ご丁寧にも触手だけが切り落とされた。拘束がほどけ、地面にたたきつけられる。痛い。
かすむ視界のなか、メッシュの入った金髪とヒョウ柄のジャケットがはためく。
乾いた風だった。
あれほどあった水が、ほとんど消えてしまっている。
ろくに目で追えなかったが、恐らくこうだ。大地が裂けたことで、地表を覆っていた水が地中深くに流れさった。空中にういていたピンクの球体も、せりあがる岩盤によって破裂し、おなじく大地に落ちて――ことごとく吸い込まれていった。
「……あー、なるほどね? 規模のわりに攻撃があまいと思ったら、そういうことかぁー」
「素敵なあなた、挨拶もおろそかにごめんなさいね? でも、」
「悪いと思ってないくせに謝んなくていいからー。つか、さっさと来ればぁ? こっちは水がないなら奪うだけだしぃー」
エリザヴァトリは瀕死のキッカさんたちにむけて手首をひねり。
一拍をおいてすぐ、尋常ではない顔で彼女たちを見遣った。
人間をただの液体と固体に変えてしまう、あの恐るべき魔法が発動していないのだ。
「――は?」
「〈素晴らしき死の慈悲〉!」
ふたたびベルの魔法がエリザヴァトリを襲う。だがさすがは〈無血の王〉。わずかに残った水を展開して防御する。ジャケットやソックスが裂け、綺麗にととのえられた髪がみだれにみだれたが、彼女の柔肌には傷ひとつ負わなかった。
「素敵なあなた。逃げたみんなが全員シーツをかぶり、泣きながら震えてるって? この国の魔法少女はもう百人ちょっとしかいないって? そんなふうに思ってたのかしら?」
「……っ!?」
「だとしたらお馬鹿さん。お城にもどって、みんなにあなたの魔法がどんなものか伝えたに決まってる。みんなでちからをあわせて、この場一帯の魔法防御力を底上げしたに決まっているわ」
正直、言ってる内容はあまりわからないが。エリザヴァトリの〈粉骨砕身〉は俺が思っていたより万能ではなかった。そして逃げたと思っていたみんなも、ただ薄情ではなかった。……ということらしい。
「お話はここまでよ。可愛いあたしのジョゼを傷付けたんだもの。死をもって償ってもらうわ」
離れた場所にある石造りの家屋が、ベルナテッドの〈素晴らしき死の慈悲〉によって砕かれ、いくつもの剣鎗斧銃となって再誕する。四方八方からエリザヴァトリを取り囲み、断頭の刻を待った。
「さあ、おやすみなさ……」
「――で、かまちょ女。そのクソわら演技、いつまで続けるつもり?」
更新できたのでハイパーミラクルえらい! たぶん今回と次回で、ジョゼとベルについてさわりだけ書きます!!!