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婚約破棄に至るまでの物語  作者: ROSE
3/3

辺境伯爵様は、お嬢様方と宰相閣下を前に常識について考えた

過去話編

消え失せたものを書き直すって疲れる・・・。

その計画は公爵家にて練られ始めた。

勿論、当初は学ばない鳥頭(←鳥に対して、とっても失礼である)で変質者の若僧をどうにかしたい辺境伯爵の愚痴から発展した話であったが、事が大きくなったのには、それなりの理由がある。


「フム、あの頭がスカスカの変質者をどうにかしようと言うのだね。」

最近、最愛の新妻を付け回されて困っている辺境伯が真剣な顔で訪ねてきたので、武力系宰相閣下は親身になって相談にのっている。

なにしろ、宰相の溺愛する子供達の中でも飛び抜けて切れ者の末娘は、辺境伯を悩ませる変質者の婚約者だ。

近しい従兄弟の頼みとはいえ、いい加減に叩き潰したくなっている。これは宰相閣下の本気の気持ちであった。

愛娘であるメルリスレーンは、宰相閣下とは別口で長期計画を立てて、婚約者たる変質者がどの穴に落ちてもいいように周囲に墓穴を沢山掘る事に勤しんでいるようだ。とは言っても、彼女の代わりに穴を掘っているのは、変質者の被害者と、その身内であるが。

宰相閣下の子供達は、彼自身に似て過激な傾向にある。だが、一番おっとりと育ったかに見えた末娘は、その可愛いらしい顔で悪意すら見せずに、目指す相手の退路を完璧に断ち、相手にニッコリと微笑みかけながら処刑台に手招きするようなところがある。

その内に、下半身男たる婚約者を何れかの墓穴に突き落として、立ち上がれない位に叩きまくった上で、穴に落ちたその身に石を投げ込み、土を隙間なく掛け丁寧に地面を踏み固めた挙げ句に墓石を置くくらい、鮮やかにやってのけるだろう。いや、精神的にも物理的にも封じ込める為に、墓穴の上に巨大な神殿でも建てるかもしれない。

勿論そんな事が起きれば、宰相閣下も一族郎党うち揃った上で、影に日向にサポートすることは間違いないが。

「我が妻、キャラメリアローズの懐妊が分かりましたからこそ、大事な赤子の出産前に後顧之憂を取り除きたいのです。」

辺境伯の言葉に、公爵は頷いた。

「確かに。」

「ただ、どのような方法が有効なのか、恥ずかしながら思い浮かばないのです。」

「うむ。あのゾンビのような根性は他人事ならば、あっぱれと感心するかもしれないが、生憎と我が家は他人事で済ませる事ができない立場なのでな。本当に、あの愚か者には何が効くのか・・・。心をバキバキに折ったつもりでも、翌日には何事もなかったかのように復活してやって来る。いい加減に【物理的】な止めを刺したいものだ。よく観察しているメルリスレーンならば何か・・・。」

と、宰相閣下は呟くように言葉を口にしてから思い出した。先日、ゾンビの婚約者である愛娘が実に良い笑顔で宰相閣下に言った事を。

曰く、彼女の婚約者である下半身男は、巨乳系ならば誰でもいいようだ。もしかしたら、巨乳であれば男でも好みの範疇なのかも知れないので、噂に聞く東国の、神事を行うという巨漢レスラーの中に放り込んでみたいと。

「それは面白い。」

話を聞いた辺境伯は満面の笑顔で頷く。

「メルリスレーンは幼い頃から頭の切れる子供であったが、あの変質者と関わる立場になってからというもの、王家限定で少しばかり常識から距離を置くようになってしまったようだ。」

宰相閣下は少し、渋い顔で言った。

「いえいえ、あんな欲望に忠実な獣が婚約者では大変でございましょう。あのように美しく育たれていれば尚。」

「それなのだがな、先程も言ったが・・・娘曰く、あの変質者の好みは胸の大きさで決まるようなのだ。つまり、まだ娘はあの変質者の眼中に無い。だからこそ娘は、世の為人の為に変質者を排除したいようでな。勿論、我が一族としても、あの者が娘の婿となってしまっては、何れ役立たずと見切りを付けられたアレが、廃太子として王家から我が家に下げ渡されそうで気が気ではないのだ。王家の中でいくらでも無能ぶりを発揮しようとも構わぬが、我が一族としてその無能を発揮されてはかなわない。」

宰相閣下は思いきりよく、ぼやいた。

その気持ちがよく分かる辺境伯は、気の毒そうに見つめた。

「旦那様、メルリスレーン様とご友人のお嬢様方が、企画書と呼んでいる書類をお借りして参りましょうか?」

ちょっと同病相憐れむ状態に入りかけている主人と客人に対し、思いきったように執事が声を掛けた。真面目な執事は、無礼を叱責されるのを覚悟して進言したのであるが、二人は興味を持ったように身を乗り出した。

「その企画書とは何だ?」

宰相閣下の言葉に、執事は一礼して答える。

「お嬢様方が、他家の馬鹿む・・・コホン、問題の多い御子息方や、御令嬢方に対して行う反撃方法の一覧との事でございます。」

「メルリスレーンは何か実行しているのか?」

ちょっとばかり不安を抱いてしまった宰相閣下が、聞き返した。

「その・・・先日の、ヤハート子爵家の醜聞に関与しておられるのではないかと・・・。」

「ああ、あれか。・・・大丈夫だ。メルリスレーンから報告は受けているからな。」

ほっとしたように、宰相閣下は頷いた。

「ヤハート子爵ですか?」

不思議そうに辺境伯が問い掛ける。

「悪名高い変質者ロリだったのだ。今は代替りしたのでな。」

「その者、何処に?」

不穏な空気を纏って尋ねる辺境伯だが、それには理由がある。

バートティーラ辺境伯爵家には未だ幼い姫がいる。先代当主の弟を父に、美人で有名だった子爵令嬢を母に持つ、未だ8才の・・・まるで天使か人形のような美幼女だ。

辺境伯爵家では、彼女を狙う変質者ロリとの戦いが長く続いているのだ。

それは隣国の(国境でいつも揉めている)辺境伯爵であったり、近隣の伯爵であったり、挙げ句は辺境伯爵家一族の末席の男だったりする。

可愛い従妹があまりにも成人男性、それも父親ほど年の離れた男に狙われていれば守って戦う他はない。

この先、彼女の成長に伴って釣り合う求婚者も多く現れるだろうが、辺境伯爵家の現在の切実なる敵は変質者ロリである。

なにしろ変質者ロリ共ときたら、かの素早い動きと打たれ強さに加え、その姿を1匹でも見たら1000匹いると思えと囁かれる例の黒い悪魔(G)の如く、視界に捉えたら退治するどころか、その気配を感じたならば全身全霊の力で徹底的にその存在を叩き潰し、抹消するしか方法がないのである。

今まで長い戦いの経験から、辺境伯は学んでいた。自分達に関係ない場所であろうと、出没する変質者ロリは叩き潰すべきだと。

実の所、彼はその噂を聞くだけで武力蜂起して潰したくなるほど・・・蛇蝎の如く変質者ロリを嫌っているのだ。

「ああ、あの愚か者ならば二度と世間に出てくるまい。メルリスレーンが陛下と北の国の王に依頼して、あの者を嫁に出したのでな。今頃は男だけの後宮で寵愛と称し、猫の前の鼠が如く可愛いがられて(いたぶられて)いることであろう。」

「・・・は?」

この場合、少し間の抜けた声を上げてしまった辺境伯は悪くない。今の会話だけでは、誰でも頭の中が疑問符で一杯の筈だ。

何で変質者ロリが噂に聞く、他国の変質者王サディストが自分の楽しみの為に作ったという男だけの後宮に嫁に出されたのか、脳筋系貴族分類に片足を突っ込んではいるものの、基本的に善良なる王国貴族な辺境伯には全く想像できない。

宰相閣下は変質者ロリも、女誑し(節操なし)も、快感系暴力主義者(DV野郎)も本気で嫌いである。彼は基本、とっても穏和で温厚な(←自称)遣り手の宰相で、牧歌的(?)武力系文官のトップなのだ。そして、自身の血縁者である国王陛下や、実の娘であるメルリスレーン嬢は基本的に同じ思考回路の持ち主故に、彼にはその考えることが大まかだが分かってしまう。分かってしまうが故に、辺境伯のような疑問は持たない。

辺境伯の内心の疑問に、宰相閣下は笑顔で答えた。

「実のところ、ヤハート子爵には困っていたのだよ。」

「やはり、幼女趣味のド変態ということでしょうか?」

「あの愚か者は変態の上に、節操なしであったのだ。当時、メルリスレーンは6才になったばかりであった。」

ギョッとしたように、辺境伯は宰相閣下を見つめた。

「あの子爵は、同盟国の王族の末端でもあってな、迂闊に手を出せなかったのだ。・・・ところがある日、メルリスレーンとあの愚か者(王太子)の婚約者候補達が王宮でやらかした。」

「何をですか?」

「子爵を鬼ごっこと称して、騎士団の馬屋に誘き寄せて閉じ込めた。子爵は騎士団の馬に不用意に近づいた為に蹴り上げられて、肋骨3本にヒビが入ったらしい。」

「・・・らしいとは?」

「子爵は流石に恥ずかしかったらしく、被害をというか、怪我をした経緯を説明できず、まさか子供相手に声高く訴えることもできなかったようだ。」

それはそうだろう。『三十路の男が』、仮にも王子の婚約者候補の『6才児達と』お近づきになろうとして、『王宮で鬼ごっこ中に怪我をした』説明を求められた場合、『騎士団の馬屋』で『何をしようとした』のか問われることは愚かな変質者ロリ子爵にも分かることだったのだろう。

「それからは、子爵も娘達には近寄らなかったのだが、・・・他の娘達に手を出そうとしたようでな。その度に子供達に嬲りものにされていた。」

思い出しても呆れる話ではあったので、宰相閣下はため息と共に首を振った。

「なんとも情けない話ですね。」

「その通り。で、昨年の事だ。その同盟国の第3王子殿下が遊学の為、我が国に滞在されることになり我が弟のウニツァー侯爵家が殿下の世話役を仰せ付けられた。殿下は妹姫を伴われていたのだ。とても可愛いらしい姫君だった。その姫君のお相手として、年の近い我が娘達にも声が掛かって・・・そこに変質者が乱入したらしい。」

「その子爵、・・・人生終わりましたね。」

「ああ、終わったようだ。普段の素行の悪さが原因でな。」

2人は顔を見合わせて項垂れた。

辺境伯にも、想像がつく。

宰相閣下の愛娘と友人達は、同盟国の王子と王女を巻き込んでの変質者ロリ退治を行ったのだろうと。

そこには恐らく、両国の王家の意思も隠れているのだ。自分達王家の末端である汚らわしい変質者ロリが、取り返しのつかない大スキャンダルを起こす前(・・・この場合には発覚する前かもしれないが)に、とっとと処分したい同盟国と、同盟国の王家の名誉と気分を害さないように社交界からオサラバしてもらいたいこの国の王家。

そして我慢の限界に達した少女達は、変質者ロリに罠に仕掛けたのだ。

「メルリスレーンは姫君と友人と共に、狩りをしたと言って笑っていたが・・・疑似餌が姫君の振りをした王子殿下では笑うに笑えない。」

宰相閣下の呟きに、辺境伯は思わず言った。

「確かに。」

「陛下の前で、あの娘達は言ったそうだ。女の敵には自分がしたことと同等の事を他人にされればいい。追いかけ回された自分達とは別の、本当の被害者の話を聞いてほしいと。・・・あの娘達が提出した大量の資料に被害者の聞き取りと確認、・・・被害者は本当に多かった。街の少女達から、商家の娘、娼館の未だ店に出る前の少女に、孤児院の子供・・・下級貴族の娘までいた。された事は様々だが、本当に害虫であった。」

「・・・。」

辺境伯はフラリと幽木のように無言で立ち上がった。

「ど、どうしたのかね?」

「ちょっと、隣国まで(首を)刈り取って参ります。」

「待て待て待て!!」

目が座っている辺境伯に、宰相閣下は慌てた。

普段、暴走するのは自分か、自分と同等か立場が上の人間が一緒なので、周囲が必死で宥めてくるのだ。

まして、宰相閣下は配下の者を煽りまくる事は得意(?)であったが、宥めるなどという行為は妻か娘以外にした事がない程に苦手である。

「害虫の頭は刈り取るのが、我が家の家訓でございます。」

「だ、大丈夫だ!奴は既に3王家によって、男を刈り取られている!」

「・・・は?」

「だからな、あの愚か者は、もうすでにな、男として役に立たない!」

「・・・は?」

「辺境伯爵様、あの元子爵殿は男の方の大切なモノを、国王陛下方の立合いの元で処分されてしまわれたのですわ。」

少女の軽やかな声がその場に響いた。

噴水をメインにした美しい庭園を眺める為に、大きく開け放たれたガラス扉の外、テラスに美少女が立っていた。少女の背後には、彼女に付き従ってきたであろう若い侍女の深く礼をとる姿がある。

「メルリスレーン・・・。」

宰相閣下は娘の登場に、本当に少しばかりではあるがホッとした。自分では辺境伯の暴走を止められないかもしれないと、思ってしまったので。

「お父様、辺境伯爵様、無作法をお許し下さいませ。お二人の声が薔薇の庭のテラスにまで響いてきましたので気になりましたの。・・・その、・・・あの忌まわしい元子爵の名も出されていましたようなので。」

と言いながら、庭先のテラスより大きく開けられたガラス扉を通って入室してきた少女は、美しい所作で2人の男に礼をとった。

「うむ。我々の声が大きすぎて、驚かせてしまったのだな。」

常に平常心で、尚且つ紳士であろうと心掛けている宰相閣下は、娘の無作法より自分が悪いと自覚して、なるべく穏やかに娘に話し掛けた。

そして辺境伯もまた、できる限り穏やかに、少女に話し掛けた。

「メルリスレーン嬢、こちらこそ大人げない様を晒してしまいました。申し訳ない。・・・ところで、その『処分』というのは?」

「3王家の方々が、『偉大なる王家の、青き血に連なる者に汚れは要らぬ。汚れは削ぎ落とすべきだ。』と声を揃えられ、そのお言葉通りに汚れを処理されたのです。文字通り削ぎ落としたのだと、陛下が楽しそうにお教え下さいました。」

にこやかに少女が答えるが、内容は笑えない。

それよりも、国王陛下は幼気な少女に何を言っているのだろうかと、辺境伯は思う。

「・・・・・・。」

「あの元子爵は、見苦しくも『自分のように尊い血筋の者にこの仕打ちは何だ!』と、叫んでいたようございますが、立合い人の方々に『その自慢の血筋の直系、それも最上位の方々よりのご命令です。』と伝えられ、王家の家系図からも貴族籍からも綺麗さっぱり抹消されたと聞いて、聞き分けのない幼子のように泣き喚いていたそうです。」

ニコニコと語る少女に辺境伯は少し戸惑った。

聞かされた変質者ロリの末路にはホッとするものがあるのだが、宰相家のご令嬢が楽し気に話す内容ではない筈だ。

「相変わらずの情報通だな。」

宰相閣下は苦笑しているが、辺境伯はそれで済ませていいのだろうかと思った。

「過ぎた事は過ぎた事でございます。もう、よろしいではございませんか。彼方の後宮で玩具として寵愛されている御方の事など。」

「そうだな。」

宰相閣下も軽く流すように頷いた。流石、似た者父娘である。

「ところでお父様、辺境伯爵様。私の友人達がお茶をご一緒に如何ですかと・・・。」

「そうだな。お前の友人達に挨拶させてもらおう。・・・辺境伯、君も次代の社交界の花と顔を合わせて置くかね?」

「是非とも。・・・メルリスレーン嬢、お誘いありがとうございます。皆様のお言葉に甘えさせてもらいます。・・・私は少しばかり頭を冷した方が良いようですから。」

辺境伯は少女に微笑み、宰相閣下と共に腰を上げた。

メルリスレーンの侍女の先導で、3人は彼女の友人達が待つ薔薇の庭を見渡すテラスへと向かった。

咲き乱れる薔薇を前に、2人の少女が待っている。

「辺境伯爵様、グレードノート侯爵家のアルテス様とタワーフェア伯爵家のシェアメイン様です。」

メルリスレーンからの紹介に、2人の少女が美しい所作で軽く膝を曲げて腰を落とす。

対する辺境伯も武骨な武人とは思えない優雅な所作で、礼をとったのだった。


一同がテーブルに着くと、侍女達が新たにお茶を入れかえた。

「ところで、今日は何のお茶会だね?」

と、宰相。

「先日、王妃様から護身用の武術を身に付けるようにとお話しがありましたの。何分、武術などとは縁がありませんでしたので、皆様と相談をしておりました。レイピア程度ならば・・・私も皆様も、嗜んではいるのですが。」

と、メルリスレーン。

「ああ、そういえば・・・先日、練習中に暴漢が乱入したそうだな。」

宰相閣下が重々しく頷くが、辺境伯は高位貴族の令嬢がいる場所で、それは不味いのではないかと考えてから気が付いた。そんな事ができる暴漢など、1人しか思い付かないではないかと。そして、それは彼がなんとかしたい愚か者の事だと。

「それで、どうされたのです?」

「皆様と共に、手近な物を『イロイロ』と投げつけたのですが、気がついた時には暴漢は地面に縫い付けられておりました。」

にこやかな少女の言葉に、辺境伯は恐る恐る尋ねる。

「地面に・・・縫い付けた・・・ですか?」

「私、本当に・・・とても気が動転してしまいましたので、レイピアの先生が見せて下さった騎士団の甲冑と侍女が休憩用に準備していた紅茶の入ったポットを、不審者に力いっぱい投げつけてしまったのです。それは渾身の力をこめての事でした。・・・その2つは共に暴漢の顔面に見事に直撃して、不審者の顔面にめり込みましたわ。あれは私にとりまして改心の一撃というものでございました。」

メルリスレーンは夢見る乙女のように、うっとりとした顔で語る。

「そして不審者が倒れた込んだところに・・・皆様が投げたレイピアが綺麗に地面に刺さっていたのです。・・・まるで一筆書きで書かれた人形ひとがたのように。」

「・・・・・・人形?」

辺境伯がかろうじて聞き返す。

「はい。とても綺麗に地面に刺さっておりましたの。例えるならば・・・そう、まるで整然と並ぶ墓石のようでしたわ。」

うっとりと、瞳を輝かせて語る少女はアルテスだ。その表情はとても美しいが、語る話の内容は翔んでいる。

「それは私も見たかったのだ。話を聞いた陛下も同意されていた。そのまま放置しておけばよかったものを。」

「お父様、仕方ありませんでしたの。アルテス様がテーブル上にあった果実のハチミツ漬けの入れ物を、シェアメイン様がやはりテーブル上に置かれていました、たっぷりのクリームで飾り付けられたレモンタルトを皿ごと暴漢の顔面に直撃させてしまったですもの。」

「ふむ、食べ物を無駄にするのは感心しない事ではあるが・・・緊急時と考えれば、致し方ない。」

『いやいや、論点が違っていないか?』と、辺境伯は思ったが、彼も普通とはズレているお方である。彼が思う論点とは・・・。

「メルリスレーン嬢、何故・・・みな顔面に直撃させることができたのですか!?」

「何故、と言われましても・・・。」

「護身術の先生には、コントロールと威力は大事だと御指導いただきましたので・・・。」

困り顔の少女に、助け船を出すのはシェアメイン嬢だ。辺境伯はその指導内容を聞いて、思わず頭を抱えた。

「しかし、益々そのまま放置させておけばよかったものを。」

動じない宰相閣下は、どこか残念そうである。

「お父様、私達も当初は放置しておこうと思っていたのです。けれど甘いものに虫が寄って来てしまいましたから、そのままにしておけませんでした。それに虫に集られて、聞くに耐えない情けない悲鳴を上げているのですもの。」

誰がとは言わないものの公爵家のお嬢様は、かなり辛辣だった。

「宰相様、メルリスレーン様は虫を気にされておりましたけれど、とても五月蝿くて厚かましい暴漢でしたの。」

訂正。侯爵家のアルテス嬢も同じくらい辛辣のようである。

「アルテス様のおっしゃっる通りですわ。厚かましくも『俺は未来の君主だ、こんな事をしてただですむと思うな!!』って、大声で叫んでいましたの。暴漢の変質者分際で。」

締め括るような伯爵家のシェアメイン嬢の毒舌な発言に、宰相閣下はウンウンと、同意するように頷いている。

「・・・・・・・・・。」

取り敢えず辺境伯は無言を貫いた。心の中では『私は常識人、私は常識人。』と、繰り返してはいたが。

「それにしても、凄いですわよね。あの熱いお茶を頭から被ったのにも関わらず、火傷一つ負わないというあの面の皮の厚さ。いつもの事ながら、魔王の加護があるという噂を信じてしまいそうですもの。」

アルテス嬢は思い出しても呆れるしかないといった風情である。

「ところで、なぜレイピアが200本以上も刺さったのでしょう?」

心底、不思議そうな顔で尋ねるシェアメイン嬢の言葉に、辺境伯の片方の眉がピクリと上がった。まるで某大作戦のミスターSのようかもしれない。

「・・・200本以上!?・・・何人で投げたのです?」

「確か、私達を含めても50人もいませんでしたわよね?」

と、シェアメイン嬢。

「そうですわね。先生方が3名、私達が7名、訓練所まで付いてきてくれていた私達の侍女が7名・・・訓練所の中の警護と私達の護衛の者達がおおよそですが、15名程いたのでしょうか?」

アルテス嬢が続ける。

「訓練所の中でお茶の用意をして下さった、王妃様付きの侍女の方々がいましたのでは?」

最後にメルリスレーン嬢が付け加えた。

「そうでしたわ。確か3名でしたか?あの方達は王妃様に訓練内容を報告する仕事もあるという、お話でしたわよね。」

シェアメイン嬢が頷いた。

「王妃様付きの侍女ということは、訓練所というのは・・・王宮の訓練所・・・?」

呆然と呟いた辺境伯の表情に、3人の少女に顔を見合せた。

「王妃様主催の訓練であったからな。」

宰相閣下は頷きながらそう答える。

「・・・・・・。」

辺境伯は、『王子と結婚する事ってそんなに大変なのか!?王宮で護身術って本当にどの程度のものなんだ!!!?』と内心思ってしまったが、取り敢えず張り付いたような笑顔でなんとかこらえたのだった。


これから進む密談・・・。

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