608.ガイド嬢
「キリキリメイクアップ!」
変身っぽい台詞を叫びながら、アリスはビシッ、って感じで前方を指さす。
そこに肩に乗っていたキリキリが飛び出して、指令通りに変身した。
手の平サイズのぬいぐるみだったのが、人間と同じサイズに「ポン」と変身した。
「おー……」
それを見た俺は声を漏らした。
変身したキリキリは直前までのキリッとした社長秘書じゃなかった。
ところどころのパーツは同じだが、横にふっくらと丸くなっていて、思いっきりデフォルメされている。
「遊園地かデパート屋上の着ぐるみだな、こりゃ」
「なにそれ」
こっちの世界生まれのアリスには、俺のつぶやき――元ネタが通じなかったようだ。
まあ、当然か。
「こっちの話だ。アリスの仲間達は相変わらず見た目がかわいいな、って意味だよ」
「えへへー、いいでしょ」
アリスは嬉しそうに、自慢げな感じの表情で言った。
「もどってキリキリ」
号令に従って、キリキリは手乗りサイズに戻って、アリスの肩に飛び乗った。
そして、そこにいる他の仲間達とハイタッチする。
「ノリがすごいな。モンスターなのに陽キャ集団だ」
モンスターはどっちかというと属性が闇とかダークとかってイメージなんだけど。
「ようきゃ?」
「ああ……えっと」
いかんいかん。
さくらが来てくれたからか、たまに気が抜けて元の世界の言葉をついついポロッと使ってしまう。
「みんな明るくて見てて楽しいな、って意味だ」
「へへー、いいでしょ」
「今夜は歓迎の宴だな」
「うん! さっそくエミリーにお願いしてくる!」
アリスはそう言って、大はしゃぎする仲間モンスター達を連れて、走ってこの場から立ち去った。
嵐のように現われて、嵐のように去ったアリス。
普通の冒険者とはちょっと違う形だけど、冒険者生活を謳歌してるなー、と思った。
「……おおっ」
去っていくアリスの背中を眺めていると、頭の中である事をひらめいた。
☆
「お久しぶりです、サトウさん!」
安アパート――サトニウム(仮)の外で、やってきたクリフが俺に頭を下げた。
以前、ブラックパーティーから助けた冒険者。
今はその時の仲間達と一緒に元いた所から独立して、俺の傘下に入っている。
元々経験が豊富で、仲間内の結束も固いから、俺の傘下に入ってるとはいえ普段は特に何かするわけでもなく、ダンジョンであったら挨拶をする、という程度だ。
そのクリフを、たぶん初めて呼び出した。
「わるいな、急に」
「いいえ、サトウさんに呼ばれたらどこだって駆けつけますよ」
「そうか。実はちょっとテストに付き合って欲しいことがあるんだ」
「はい、なんでしょうか」
「まずは……」
俺はまず、サトニウム(仮)の説明から始めた。
箝口令を敷いてるわけでもないが、取り立てて宣伝する段階でもない。
だからクリフももしかして知らないのかもしれない、そう思って説明をした。
案の定、彼はその事をまったく知らないようだ。
俺から説明を受けると、徐々に顔が驚きで上書きされていく。
「本当ですかそれ」
「ああ、ちょっと入ってみてくれ」
俺はクリフをつれて、安アパートからサトニウム(仮)にはいった。
街中のアパートからいきなりダンジョンにはいったことで、クリフは驚愕した。
「本当にダンジョンだ! それも見た事の無い」
「ああ、それでこれがモンスターだ」
そう言って、掃除のおばちゃんを召喚する。
「おおっ! 本当だ……めちゃくちゃすごいですよサトウさん」
「ありがとう。で、ちょっとこのまま協力してほしいことがあるんだ」
「分かりました。俺はどうしたら?」
「まずはそのままにしててくれ」
「はい」
言われたとおり、素直に立ったまま動かないクリフ。
そんなクリフの前に、俺は社長秘書を召喚した。
「おおっ」
「ようこそ、私は案内役のシズカです」
社長秘書がクリフに向かって、恭しい態度で喋った。
「しゃ、喋った」
「あなたの名前は?」
「えっと……クリフ、っていうんだけど」
「クリフさん……強そうな名前ですね。きっとこのダンジョンで大活躍することでしょう」
「え? そ、そう……」
社長秘書に褒められて、クリフはまんざらでもなさそうな顔をした。
「まずは目の前のモンスターを倒してみましょう。クリフ様のお力、私にみせてください」
「よ、よし! やってみる!」
おだてられて、まんざらでもないクリフ。
効果は――絶大のようだ。
ソシャゲによくある、美人のガイドキャラ。
社長秘書をそういうポジションにして、ダンジョンの案内をさせる案は――結構、効果がありそうだった。




