523.エンジェルスマイル
バナジウム、地下4階。
最初に「エリスロニウム」としてやってきた頃の見た目の階層だ。
いかにも「ピクニックにおつかい下さい」といわんばかりの青空に緑の芝生。
地面は群島のようになっていて、川が流れている。
バナジウムの浅い階層は俺達が屋敷として住むために改造したから、バナジウムで生活こそしているが、この景色を見るのは大分久しぶりだ。
ちなみに、地下三階より下は普段は下りてこない。
用事がまったくないからだ。
その地下四階に、バナジウムと一緒にやってきた。
「えっと、さっき説明した通りだけど、いいか?」
「……(こくこく)」
小さい手で拳を握って、意気込むバナジウム。
やる気がすごいのは、見ていて簡単にわかる。
バナジウムはダンジョンマスターを出した。
ダンジョンマスターは攻撃もせずに、じっとバナジウムの前で浮いていた。
テネシンの時に、ニホニウムがダンジョンマスターを呼び出して、棒立ちにさせたのとまったく同じだ。
ダンジョンマスターとは言え、そのダンジョンのモンスターだ。
そしてそのダンジョンのモンスターは精霊の命令を聞く。
バナジウムのダンジョンマスターも、呼び出されて、じっとお行儀良くバナジウムの前で動かずにいた。
品種改良はもう何度もやってきた。
今回はそれに加えて、精霊本人が協力している。
ちなみに、「これが欲しい」っていって出せるものでもないみたいだ。
精霊が出せるのはあくまで、「これまでにダンジョンに存在したもの」らしい。
炭酸水というのは、過去のエリスロニウム時代にもなかったから出せない。
品種改良で出せるかどうかも分からないけど、とにかくやってみる。
やり方はフィリンの街、ランタンダンジョンで覚えてきた方法でいけた。
ダンジョンマスターを出して、とどまらせて、変化の気配を感じて、倒す。
ここでもまったく一緒だ。
違うのは、今回はバナジウム――精霊が協力している事と、精霊は過去にあった物は出せるという事を知った事。
これまでの品種改良はいつも一つの危惧があった。
そこそこに良い物が出来たとき、それを上書きしてしまった場合、同じものができるのか、これ以上のものが出来るのか、それが分からなかったことだ。
例えばだが、89点くらいの物が出たときが一番迷う。
点数的に90は狙いたい、でも大抵それをやめた次くらいのは40点台と低い物。
そして89に戻すまでに時間がかかるし、そもそも90になるという確証もない。
上書きしてしまって、次にまたここまで戻ってくるだけで一苦労だ。
今回はそんな心配はまったくなかった。
バナジウムは、一度あった物なら出せるというのだ。
だからどんどん変えていった。品種改良をしていった。
例え最初の狙いである炭酸水が出なくても、どんどん出して行けば、後からじっくり吟味したときに金になる何らかの水があった可能性は高い。
そんな考えの下で、バナジウムと一緒に品種改良を繰り返した。
「……(ニコッ)」
途中で、バナジウムが俺のズボンをつかんで、ニコニコ顔で見あげてきた。
「どうしたんだ?」
「……(ニコニコ)」
やはり言葉は話さない、しかしその分、表情が豊かで振り幅が大きく、その時の気持ちははっきりと伝わってくる。
「楽しいの?」
「……(こくこく)」
何度も頷くバナジウムは、年相応に可愛らしく、本当に楽しそうに見えた。
「……こうなると分かってたら、もっと早くやってもらうべきだったな」
俺は苦笑いした。
こだわってた事を間違いだったとは思わないけど、本人にはもっと話を聞くべきだったのかな、と思った。
いや、これからはそうしよう。
と、改めて心に誓ったところで、再びぐいぐい、とズボンを引っ張られた。
バナジウムがコップを差し出して来た。
コップの中には水がある。
ちなみにランタンの時と違うのがもうひとつある。
品種改良後、モンスターを倒してドロップさせる必要が無い。
改良した、つまり存在した瞬間から、バナジウムが自在に出せる。
そうしてバナジウムが出して、コップに注いだそれ。
受け取ると、気泡が底から次々と浮き立っているのが見えた。
「そうそう、これこれ」
いうと、バナジウムは更に嬉しそうに笑った。




