521.それ投資だから
夜更けのサロン。
みんながそれぞれ自室に戻った後、片付けも終えたエミリーが一人黄昏れていた。
一家の母とも称されるほど、いつもニコニコで穏やかな表情が曇っている。
それを反映してか、亮太が「温かくて明るい」と称している屋敷の中も、かすかに陰りを帯びているように見える。
「どうしたのエミリーさん」
そこに、さくらがやってきた。
見た目ではさくらが姉、エミリーが妹という感じだが、とうのさくらはこの一家におけるエミリーと自分の立ち位置をよく理解している。
ともすれば亮太にするよりも丁寧な敬語でエミリーに話しかけた。
「さくらちゃん。どうしたです? お腹が空いたです?」
「あーその感じ懐かしい。田舎にいくと、おばあちゃんってば四六時中『お腹空いてない? おやつ食べる?』とかいってきたっけ」
「はあ……」
「それよりどうしたのはエミリーさんの方。なんか暗いよ?」
「そう見えるです?」
「うん。ついでにいうなら今日ずっと」
「はう……なのです……」
さくらにそれを指摘されて、エミリーはショックを受けた。
「実は……ヨーダさんの事なのです」
「おじさんがどうかしたの?」
「ヨーダさんがまた無理をするようになったです。出会った頃に戻ったみたいです」
「あー、なんか無理してるよね。って出会ったころってどんなんだったの?」
さくらの質問に、エミリーは記憶を掘り起こしながら答えた。
亮太と出会って、もやしのスープを振る舞った。
その数日後にいきなりアパートを借りたからその鍵を渡しに来て、その時ボロボロになっていて。
その後も、節目節目で「頑張りすぎる」亮太の事をさくらに話した。
「ヨーダさん言ってたです。目の下のクマは消えてからが本番……なのです」
「やばいじゃん。そっかおじさん社畜だったんだ」
「しゃちく?」
ちょこん、と小首を傾げるエミリー。
「そういう人種。今度の休み何しますか? 新しいダンジョンの下見に行く――みたいなことを言っちゃう人」
「はいです。ヨーダさん、休みを考えないです。今回も、15億ピロを一日400万ピロって計算しちゃうです」
「働く日数を月31日計算しちゃうってことでしょ。それは何となく気づいてたけど、そっか社畜かあ」
「なんとかしなきゃって思うです。でもお金が必要なのも本当の事なのです」
「ふむ」
「だからどうしよう……って思っていたのです」
「なんだ、そんな事か」
さくらはけろっとしていた。
「そんな事……なのです?」
「うん。そんなの精霊の力を借りれば良いじゃん」
「それはダメなのです。一緒にいる精霊の力を使っちゃうとよくないって、ヨーダさんいってたです」
「しってるよ、きいたもん。でもそれって、アウルムとかカーボンとか、フォスフォラスとかの事でしょ?」
「……?」
エミリーは首をかしげた。
確かにさくらのいうとおり、それらの精霊の事だ。
だがさくらのくちぶりでは、そうだ、とした上で「なんだそんなことか」といっている。
「どういう事なのです?」
「いや、すっごい簡単な事じゃん」
「……?」
「ここ、バナジウムを借りてるんでしょ?」
「はいです」
「15億ピロで」
「そうなのです」
「普通さ、こういうダンジョンを借り切るって、そのダンジョンから貸料以上の収入を得るのがふつうじゃないの?」
「……あ」
エミリーはハッとした。
さくらはやれやれと軽くため息をついた。
「そういうこと。他の精霊の力で稼ぐのはだめでもさ、バナジウムの力で稼ぐのは全然ありじゃん。だって一年に15億も払ってる――投資してるんだから」
「――ヨーダさんを呼んでくるです!」
エミリーは猛然と、亮太の部屋に向かって駆け出した。
残されたさくらはまたしても、やれやれとため息をついた。
「ほんとう、ここってばお人好ししかいないよね」
そう話すさくらの表情は、むしろ好意的だった。




