05.すっごい、ふしぎ
まどろみから目が覚めた。
見あげるのは見知らぬ天井、暖かみがまるでない石の天井。
どこかの地下道のようだ――ああ、テルルの地下二階に来てたんだおれ。
え? じゃあなんで寝てて天井を見あげてるんだ?
ふとペチペチされてる感触がした。
起き上がって横を向く――ぷっ!
何かがぶつかってきた。そいつはおれにぶつかって距離をとった。
改めて確認、スライムだった。
テルルの地下二階に生息するモンスター、眠りスライムだ。
……こいつに眠らされてたのか!
戦闘中だって事を思い出して、慌てて起き上がる。
そばに落ちてる竹のヤリを拾って構える。
どれだけ寝てたんだ? ってか眠らされてぼこぼこにされたのか。
やべえ、死ななくてよかった。
スライムが飛んで来た、竹のヤリで迎撃。
猛烈についた竹のヤリが眠りスライムをかすめた。
しくった! スライムは方向転換して、バウンドして再び飛んで来た。
横腹にクリーンヒット! あれ? 痛くない――って思っていたら。
「これ……か」
意識が遠くなって、おれはまた眠りに落ちるのだった。
☆
まどろみから目覚める――今度はパッと起き上がった。
元の場所にいた、眠りスライムがおれに体当たりを続けている。
竹のヤリを構える、今度は狙い澄まして飛んでくるスライムを串刺しにする。
「……ふぅ」
手の甲で額の汗を拭った。
やばい戦いだった。
テルルのダンジョン、地下二階。
足を踏み入れた瞬間にモンスターと出くわして、その瞬間に二回も眠らされて、その間ボコボコされてた。
眠らされてたこ殴られ、ゲームじゃ全滅してもおかしくない流れだ。しかもそれが二回!
新たな階層で洗礼をうけた気分だ。なるほどエミリーが降りてこようとしないのも分かる。
そのスライムはニンジンをドロップした。
そこそこのサイズの、形のいいニンジンだ。
どれくらいで売れるんだろう、そう思いつつ拾って袋に入れた。
更にダンジョンを歩いて、眠りスライムをさがした。
眠らされてボコボコされるけど、体は大した事なかった。
多分――というか間違いなくだけど。
ニホニウム地下一階でHPをSまであげきったおかげだ。
HPが最大値なら、低い階層の弱いモンスターにボコボコ殴られたところで大したダメージ量にはならない。
そういうことなのだろう。
だからおれは大胆にスライムを探し続けた。
眠りスライムが現われた。
竹のヤリを構える。スライムが飛んで来て、ひょいとかわす。
もっと真剣にやる事にした。
眠らされても多分死ぬまでに起き上がれるが、狩りでドロップ品をゲットして換金する、っていう目的で今日はテルルダンジョンに潜ってるんだから、いちいち眠ってたら効率が悪い。
避けて、殴る。
避けて、突く。
当たったら眠らされるから、おれは慎重に戦った。
戦いが長引いた。三分たってもまだ倒せてない。
よこから何かが飛んで来た。
赤い何かはスライムに直撃して、スライムは燃え上がった。
燃えて、溶けて、消えて、ニンジンになった。
さっきおれが出したものより一回り小さいニンジン――なんだ!?
ぱっと横を向く、そこに男女四人がいた。
男三人に女一人。パーティーなんだろうか。
「なーにもたもたしてんだ」
「眠りスライム一匹に手間取ってるんなら上に戻った方がいいぜえ」
「『イージースキャン』……レベル1。警告します、レベル1でテルルの地下二階は危険です」
そいつらは言いたい放題いって、ドロップしたニンジンに目もくれず、おれの横をすり抜けて奥に向かった。
男三人は言いたい放題いって、奥に向かった。
ちょっと先に階段があって、それを使って下の階に向かった。
なんなんだ今のは。ちょっとだけ腹が立った。
とはいえ腹を立てても仕方がないから、眠りスライム狩りに戻ることにした。
――と、思っていたら。
「うわっ、な、なんだ」
「……」
「お前、行ったんじゃなかったのか」
急に目の前に現われて、おれを驚かせたのは四人組の紅一点の女だった。
身長は150センチちょっとくらいの、バニーガール姿の女の子。無愛想キャラなのか、無感情な目でおれを見ている。
というか。
「その耳……自前?」
最初にみたときは普通のバニーガールの格好だと思ってたけど、じっさいわりとオーソドックスなバニーガール姿だったけど。
よく見たらうさぎの耳はヘアバンドとかじゃなくて、頭から生えてる本物の耳のようだ。
どういうことなんだ? って疑問に思ってると。
「レベル1?」
「え? ああおれの事。まあレベル1だな。それがどうかした?」
「低レベル、きらい」
女の子はそう言って、おれの額にちょっぷした。
ヒュン! って空気を引き裂く音がして、おれの額に「ぺちっ」と当たった。
痛くなかった、その分困惑した。
なんだ今のチョップは。
「……?」
女の子も何故か困惑顔になった。
クビを傾げて、不思議そうな顔をして。
「な、なんだ?」
「………………」
何もいわずに立ち去った!
身を翻して、スタスタ立ち去った。
えええええ、な、なんなんだ今のは。
今の出来事がいまいち理解できなくてこまったけど、四人組が戻ってくる気配はないから、おれは、改めて眠りスライム狩りにもどるのだった。
☆
エミリーを寂しくさせたくなくて、今日も定時上がり。
テルルの地下二階でドロップしたニンジンを燕の恩返しに持ち込んで換金してもらった。
担当したのは顔なじみのエルザ。
「これ、どこで狩ってきたんですか?」
「どこって、テルルの地下二階、眠りスライムからだけど」
「えええええ。あそこ、こんなニンジン出るんですか?」
「こんなニンジンってどういう事だ?」
「これすごいですよ。ニンジン臭さはあまりないし、甘さはすごくあるし。生のドレッシングなしでも普通に食べられるくらい良いニンジンですよ」
「へえ……ドロップが高いと品質も高くなるのか?」
「あっ、植物系ドロップが高いんですね、リョータさんは」
「まあな……どれくらいだと思う?」
「こんなにすごいニンジンなら……Bか、世界最高レベルのAかな」
「Aって最高なのか?」
「そうですね。人間の能力ってAからFまであって、Aが最高なんです」
ふむ。
エミリーからちょっとだけ聞いた話の補足になった。
能力はAからFまである、そしてAが一番高い。
エミリーはちょっとだけ天然なところがあるから半信半疑だったけど、エルザは普通の女の子っぽいし、こういう所の店員だから間違いないだろ。
おれのSは普通存在しない、のかあ。
なんでだろうな。
そんな事を考えてるあいだ、エルザは持ち込んだニンジンを換金してくれた。
品質の高いニンジンを大量に。今日の稼ぎは8000ピロになった。
8000×30なら、月収24万ピロになる。
1ピロが大体1円の価値だって考えれば、昔の月収をちょっと上回る稼ぎになった。
ちょっと嬉しかった。
☆
温かい家に帰ってきた。
ドアを開けて中に入った瞬間幸せに包まれる。
「お帰りなさいヨーダさん……どうしたですか部屋の中をきょろきょろ見て」
おれを出迎えたエミリーが不思議そうに聞いてきた。
「不思議だって思ってさ。こう、細かいところをみてくと何の変哲もないのに、全体でみるとすごく温かくて幸せな気分になる部屋だなあ、って」
「そうなのです?」
「綺麗なのはきれいだけど、それだけじゃないんだよなあ。うーん……」
「はあ……それよりもお帰りなさいなのです」
「ああ、ただいま」
「お茶をどうぞなのです」
「ありがとう……おお、ひんやりしててうまい」
エミリーが出してくれたお茶はほどよく冷えてた。
キンキンにってわけではなく、ぬるいってわけでもない。
ほどよく冷えてて、帰宅直後の体に染み渡った。
すごいなあ、エミリーは。
おれはエミリーにニンジンをわたした。
換金しないで、二人食べる分だけ取っといたのだ。
それをエミリーに渡して、夕ご飯の材料にする。
部屋の中で幸せに包まれながら、どんな料理が出てくるんだろう、とわくわくした。
コンコン。
「はーい、どちら様です?」
「ああ、おれが出るよ」
「はいです」
料理をはじめたエミリーをとめて、おれが代わりにでた。
ドアを開けると、そこに見知った顔があった。
「お前は……さっきの」
そこにいたのはダンジョンで遭遇したバニーガールだった。
彼女はおれをみるなり、チョップをかましてきた。
――ぺちっ。いたくはなかったが、いきなりすぎる。
「いきなりなにするんだ」
「低レベル、きらい」
「人んちに来てそれはないだろ」
「……」
バニーガールはおれを見つめた。
感情の乏しい目は何を考えてるのか今ひとつ分からない。
「あの……」
「……」
彼女は何もいわずに去っていった。
一体なんなんだ?
「ヨーダさん、だれだったですか?」
「いやこっちが知りたい」
「え? あっ、また戻ってきた」
「へ?」
バニーガールは戻ってきた、男を引きずって。
男はさっき会った、四人のうちの一人だった。
一番口が悪くて、チンピラっぽいから記憶に残ってた。
「いってえな、何するんだよやめろって」
「すぐ終わる、痛くしない」
「痛くって――てめえ嘘だろ、おれ達仲間だろぷげっ!」
バニーガールは男を立たせて、チョップを放った。
ぺちっ――ぷしゃああああ!
男の額から血が吹いた、まるでクジラの潮吹きのようだ。
「きゃあああ」
エミリーは悲鳴をあげた。あたりまえだよな。
バニーガールは仲間の男を放っておいて(仲間だよな?)、おれを見つめた。
「低レベル、きらい」
「あ、ああ」
ぺちっ。
チョップされた、大して痛くはなかった。
「レベル低いのに……なんで?」
「なんでって……」
多分レベル1なのにHPがSなのがこうなってるんだろう。
「不思議……今のちょっぷ、この家なら壊れてる」
「そんなのをおれにしたのかよお!!!」
「すっごい、ふしぎ」
バニーガールは言葉通り、ものすごく不思議そうに首をかしげたのだった。