04.明るくて温かい家
ニホニウムのダンジョン、地下一階。
おれは無心でスケルトン狩りをした。
Aランクの人達がそろって「何も出ない」と判断したここでスケルトンを狩りまくった。
倒すごとに種みたいなのが出て、それを拾うと、雪が手のひらに落ちた時のようにすぅと溶けて、「HP最大値が1あがりました」と聞こえてくる。
モンスタードロップする「ステータスアップ系」のアイテムなんだ、と、直感的に悟ってスケルトンを狩りまくった。
それが100体目――HP最大値が100アップしたところで、キリが良いこともあって、本当にステータスがあがってるのか、どれくらい上がってるのか知りたくなった。
試すにはどうすればいいのかを考える。
地下一階をぐるぐる回ったけど、ここはダメダンジョンだって判断されたからナウボードは一個も見かけなかった。
仕方ない、シクロに戻って――いやテルルにいって、無料のナウボードを使わせてもらうか。
そう思って外に出ようとした。
歩き出した瞬間、曲がり角から人が現われた。
でっかいハンマーを担いだ小柄な女の子、同居人のエミリーだった。
「よかった、まだいたですねヨーダさん」
「どうしたんだエミリー、こんなところに」
「夜になってもヨーダさんが戻らないから様子を見に来たです」
「夜?」
「はい、夜です」
頷くエミリー。
もう夜になってたのか、全然気づかなかったぞ。
「体内時計で終電の時間ならわかるようになってるんだけどなあ……」
「しゅうでん?」
「ああ、こっちの話」
「ヨーダさんはまだここにいるですか? もしいるならわたしいったん帰るです」
「いったん帰る? なんで」
「弁当を作って持ってくるのです」
「弁当はきになるけど、今日はこれまでにするよ。一緒に帰ろう」
「はいです!」
一緒に帰ろうと誘うとエミリーはものすごく嬉しそうに、満面の笑顔を浮かべたのだった。
☆
エミリーと一緒にダンジョンの出口に向かう。
ニホニウムの地下一階、だいぶ奥まで入ってて、戻るまでに時間がかかった。
途中、スケルトンと遭遇した。
そいつは地面から、まるで墓の中から這い出てくるかのように現われた。
「わわ、これがこのダンジョンのモンスターなのですね」
「そうだ……エミリーとは相性がいいんじゃないのか?」
「あっ、そうかも知れないです」
頷き、目にやる気が出るエミリー。
スケルトンの動きはスライムより鈍い。
のろのろと、骨をカクカクならしながら近づいてくる。
基本、おじいちゃんおばあちゃんの散歩くらいおそいけど、あと一歩のところで急加速して飛びかかってくるから油断ならない。
それでも普段は遅いのだ。
遅くてパワー型のエミリーよりも更に遅い、そしてエミリーにはパワーがある。
スケルトンでも先制攻撃してつぶせそうだ。
「やってみるか」
「やってやるです」
エミリーはハンマーを構えた。
ぴょんぴょん跳ねるスライム相手だけ一発もらってそのすきにハンマーを叩き込むけど、スケルトン相手にはそれは必要ない。
先手をとって、先にハンマーを真上から振り下ろしてたたきつけた。
ドゴーン!
ハンマーと地面がぶつかる音のうらに隠れた骨が砕ける音。
ハンマーをもちあげると、スケルトンは粉々になっていた。
「やったー、です」
「やっぱり相性がいいみたいだな」
「はい! でも残念です、ここは何もドロップしないって聞いたのです……」
相性故の楽勝で舞い上がったが、その分落胆も大きい感じのエミリー。
ここがちゃんとしたドロップなら、ここで稼げるって思ったんだろう。
「やっぱりエミリーじゃ出ないか」
「え? みんな出ないって言ってるですよ?」
首をかしげて不思議がるエミリー。
説明するよりも、いいタイミングでもう一体スケルトンが現われたので、竹のヤリを構えて飛びついた。
100体倒してきて、こいつの行動パターンはほとんど覚えた。
効率よく頭を吹っ飛ばしてからばらばらに砕いて、種をドロップさせる。
「おれが倒すとこんな風に出るんだ」
「えええええ」
「そうだ、エミリーこれを取って見て」
「はいです――あれ? すり抜けてとれないです」
何度も地面に落ちてる種を拾おうとして、空気をつかんでしまうエミリー。
困った顔でおれを見た、おれは代わりに拾い上げて――普通に拾えた。
「ヨーダさんだと普通に拾えるのですか?」
「そうみたいだ。そういうことってあるのか?」
「ないです。ドロップした物はただの物だからだれでも拾えるのです。じゃないと売れないのです」
「それもそうだ」
「あっ、消えたです」
――HP最大値が1あがりました。
「能力があがるアイテムってあるのか?」
「どういう事ですか?」
「これを拾うと、HPの最大値が1あがった、って声が聞こえるんだ」
「そんなの聞いたことないです」
「ないのか?」
「はいです。だってそんなのがあったらすごく高くて――それにお金持ちとか王子様とかが世界最強になるのです」
そりゃそうだ。
昔ゲームをやってた時に思ったことだし、実際にやったこともある事だ。
ステータスアップのアイテムがあったら金持ちが最強になるってずっと思ってた。
そして実際にそれを一キャラにつぎ込んで、弱いキャラを強くして遊んでた。
それが実際に存在したら世界のバランスを壊すバランスブレイカー的なものなのだとずっと思ってた。
そしてエミリーははっきりとないと言った。
実際にあれば大金で取引される、使う人は使う、使わない人は金にして一発逆転のあこがれアイテムになってるはずだ。
存在しないはずのもの、なのは間違いない。
でも実際にあった、こうしておれの手に。
おれだけがドロップさせる事ができて、おれだけがとれるもの……ってことか?
「……実際にステータスが上がるのか確認してみよう」
「じゃあ表に出るのです、洞窟の入り口に一つだけチェックする場所があるのです」
「あったっけ?」
「調査する人達が使ってたものだと思うのです。多分そのうちになくなってしまうと思うです」
「なるほどな」
頷き、エミリーと一緒にダンジョンを出た。
途中でスケルトンに出くわすことなく、すんなりと外に出た。
外はエミリーが言ったとおり夜になっていた。
ダンジョンの入り口付近の目立たないところに設置されたナウボードに近づき、手を当てた。
―――1/2―――
レベル:1/1
HP C
MP F
力 F
体力 F
知性 F
精神 F
速さ F
器用 F
運 F
―――――――――
「えええええ! レベルがそのままなのにHP上がってるです」
「ちゃんと効果はあったか」
「これってさっきのあれの効果なのですか?」
「ああ、101体倒してこうなった」
「すごいです、レベルアップしないで強くなるなんて聞いたことないです」
エミリーは小さい体をぴょんぴょん跳ねさせて、きらきらした目でおれを見つめてきた。
☆
次の日の朝、おれは朝一で起きた。
昨日はエミリーが迎えに来てくれて、普通の時間に帰って普通の時間に寝れたから、かなりすっきりした目覚めになった。
それに、この部屋のおかげなのもある。
この部屋は借りたとき、かびた匂いとすきま風が吹きすさぶ部屋だった。あの時はとにかく「住める」だけを考えてここにした。
予算の問題もあった。
それが今は温かく、明るく、いい家になっている。
疲れが完全にとれるだけじゃない、起きた瞬間幸せな胸を満たすいい家。
ふと窓のそとに小鳥が見えた。
小鳥は窓枠につかまってこっちを見ている。
まるで、中に入りたがっているかのように。
小鳥さえも魅了するエミリーハウス……いいなとおれは思った。
「おはようございます、ヨーダさん。朝ご飯です」
「ありがとう。お、オムレツか」
「はいです」
「頂きます――うまい!」
つくってもらったオムレツは外がふわふわで、中がとろとろだった。
噛んだ途端に卵の濃厚な味が口の中いっぱいに広まって、幸せの上に幸せを積み上げられた。
「ごちそう様、美味しかった!」
「今日もヨーダさんはニホニウムに潜るですか」
「ああ、そのつもりだ」
能力を上げられるなら、上がらなくなるまで潜ろうかなと思う。
それに下の階もある、HPをあげきったら次は地下二階に入って、違う能力を上げられないかをみてみたい。
だから今日も、多分この先しばらくニホニウムに潜るつもりだ。
と、そこまで思ったところで、エミリーが心配そうな顔をしている事に気づいた。
「どうした、そんな顔をして」
「あの、あまり無茶しないでくださいね」
「無茶?」
「ヨーダさん、無茶しますから。この部屋を借りたときも……あの時すごくつかれた顔をしてたです」
ああ、そんな事もあったな。
まあ、そんなの慣れっこだから大丈ぶ――。
「ダンジョンは逃げないですから、できれば夜はちゃんと帰って来るです。わたしもその方がうれしいです……」
「え? 最後なんて言った?」
「な、何でもないです。とにかくあまり無理はしないでほしいです」
「無理か……」
――定時退社とか、お前社会人の自覚が足りないよな。
嫌な事を思い出した。
思い出したくもない頃の事だ。
おれは忘れようと首をブンブンふった。
「ヨーダさん?」
「わかった、夜になる前に戻る」
「あ……はいです!」
「じゃあいってくる」
「行ってらっしゃいです!」
エミリーに見送られて、家をでた。
今日は早く帰ろうと、そう心に決めて。
☆
早く帰るとは言ったが、無茶をしないとはいってない。
ニホニウム地下一階に潜ったおれは、ものすごい勢いでスケルトンを狩っていった。
夜になる前に戻るとは言った、だから、夜になる前にガンガンやる事にした。
出会い頭にスケルトンを瞬殺。
種を拾ってダンジョンを走り回る。
そして出会い頭に瞬殺――。
スケルトンの動きと出現するポイントが次第に見えてきて、それでまた効率が上がった。
そうして日がおちるまでに、HPの最大値をCからSまであげることができて。
定時にあがったおれを、エミリーはものすごく嬉しそうに出迎えてくれたのだった。