203.始まりの地、始まりの二人
特に何かするでもなく街中をぶらぶらしていたら、アパートの前を通りかかった。
月二万ピロの安アパート。この世界に来た直後に借りて、エミリーと共同生活をしたアパート。
今でも借りたままにしている。
ふと懐かしくなって、アパートの方に足が向いた。
「あれ?」
音が聞こえる、部屋の中からの音だ。
ドアノブに手をかけるとすんなりと回った。
「あっ、ヨーダさんなのです」
「エミリー」
部屋の中にいたのはエミリーだった。
彼女は腕まくりして、掃除をしている。
「来てたのか」
「ハイです。たまに来てお掃除してるです」
「そうか、ありがとう」
そう言って、部屋の中を見る。
狭いながらも、温かくて明るい部屋。
アパートの外観は完全にぼろ屋そのものだ。なんだったらお化け屋敷か廃屋って言われても信じるくらいのさびれっぷり。
それなのに中は暖かさ全開だ。
エミリーが手を加えて、維持しているこの部屋。
家、帰る場所。
そんな気持ちが心の底から自然と湧き上がってくる場所だ。
「あのときは嬉しかった」
「え?」
驚くエミリー。
俺の台詞が唐突過ぎたからだ。
だが、それも一瞬の事。
エミリーはすぐに落ち着き、穏やかに微笑む様になった。
「私こそすごく嬉しかったです、ヨーダさんが一生懸命この部屋を借りてくれてすごくすごく嬉しかったです」
「エミリーに住んで欲しいって思っただけなんだけどな」
「私はそんなヨーダさんと一緒に住みたかったです」
向き合って見つめあう俺たち、どちらからともなく微笑みあった。
互いにもう、あの時とは大分違う。
それでも。
「ここっていいよな」
「はいです! ヨーダさん、今日はここでご飯食べるです。私が腕によりをかけて美味しいものを作るです」
「そうだな。もやしのスープを頼む」
「はいです!」
にっこりと微笑むエミリー。
俺たちを繋いだもやしのスープ。
互いにもうあのときとは大分違うけど、きっともやしのスープは美味しいまま。
そんな確信がある。
「じゃあ私もやしを買ってくるです」
「いやもやしは俺が調達してくる。エミリーはそのほかの材料を」
「わかったです」
後でまたここで、と無言に頷き合って、部屋を出ようとした、その時。
「きゃああああ!」
「みんなにげろー」
部屋の外が急に騒がしくなった。
俺とエミリーの表情が一瞬で引き締まる、部屋から飛び出す。
モンスターが見えた。
空に浮かんでる直径三メートルはあろうかという球体のモンスターで、胴体(?)は奇妙な紋様が明滅を繰り返している。
そのてっぺんに触手っぽいのが数十本うごめいていて、触手の先は目玉になっている。
控えめにいって気持ち悪いモンスターだ。
それが暴れ回って、町の人が蜘蛛の子を散らすように逃げ出している。
「ヨーダさん!」
「ああ」
頷き、銃を取り出した瞬間。
モンスターの触手の一本が火の玉を撃ってきた。
スライムと同じくらいでっかい火の玉がまっすぐ、猛スピードで飛んでくる。
「なんの! なのです」
エミリーはトレードマークのハンマーを振りかぶって、火の玉を弾き飛ばした。
「すごいなエミリー!」
「えへへ……」
照れくさそうに微笑むエミリー。
あのときとは違った。
テルル地下一階のスライムにも、一発食らってから攻撃が間に合うような時と違う。
火の玉ストレートでも問題なく弾き飛ばせるほどエミリーは強くなった。
俺も、あの頃と違う。
モンスターが攻撃をしかけてきた。
触手と目玉が一斉に魔法を放ってくる。
炎、氷、岩、雷――。
パッと見えるだけで10種類はある様々な攻撃魔法を一斉に俺に放ってきた。
魔法はこっちに――アパートが完全に消し飛ぶ様にとんできた――やらせるか!
「ヨーダさん!」
「問題ない!」
俺は二丁拳銃を抜いた、攻撃魔法の種類を一目で見抜いて、それに合った弾丸を込める。
炎には冷凍弾、氷には火炎弾、岩には消滅弾――。
それぞれ撃って、空中で魔法を全部打ち落とした。
アパートは――傷一つ無い!
「はあああああ!!」
エミリーの判断も抜群だった、俺が「問題ない!」と叫んだ瞬間にはもう突進していった。
全速力での突進、自分の身長よりも遥かに大きいハンマーをぐるんぐるんと回して、モンスターに飛びかかる。
痛恨――いや会心の一撃。
一斉射撃したあと硬直したモンスターにハンマーが直撃した。
空中に浮いていたモンスターはそのまま地面にたたきつけられ、ぐちゃっ、と音を立ててつぶされた。
「おおおおお!」
「あれはザ・ルーラと撲殺お母さん」
「すげえ……さすがリョータファミリーや……」
直前まで逃げ惑っていた街の住民はダンジョンが近くにある街らしく、すぐに落ち着き、俺とエミリーに感嘆していた。
ていうかなんだそれは? 撲殺お母さんはエミリーにぴったりだから分かるけど、ザ・ルーラってなんだ? 瞬間移動するのか俺。
ルーラの意味を少し考えていると、エミリーがニコニコ顔でハンマーを担いだまま戻ってきた。
彼女と見つめ合って、どちらからともなく手を出してハイタッチした。
「ヨーダさんさすがなのです」
「エミリーもな」
「マメもクマもないです。なくなってからが本番なのは本当だったです」
「そういう意味じゃないけど、まあでも」
俺はにこりと笑った。
エミリーの言うとおりだ。
今の俺の手にマメもなければ、ブラック企業にいた頃ずっととれなかった目の下のクマもない。
頑張っても報われなかった時期の象徴であるその二つはもうない。
これからだ、まだまだこれからだ。
これからもっともっと――。
俺はまっすぐエミリーを見て。
「改めて、これからも宜しくな」
「はいです! 宜しくなのです!」