198.世界一位
朝、転送部屋を使ってアウルムをダンジョンに送った後、屋敷に戻ってきた俺。
そんな俺を見つけて、エミリーがバタバタとスリッパをならして駆け寄ってきた。
「あっ、お帰りなのですヨーダさん」
「どうしたエミリー。俺に用か?」
「はいです。さっきヨーダさんにお客様が来てたです」
「客?」
「カルボンのダンジョン協会の人なのです」
「カルボン……聞いたことないけど、ダンジョン協会の人間って事はどこぞの街か」「ハイなのです」
「要件は聞いてる?」
「またくるって言ってたです。是非是非ヨーダさんに直接あってお話ししたいって。お菓子の詰め合わせももらったのです」
「なるほど? 何か事件が起きたのかな」
「そうかもなのです」
エミリーはニコニコした。
仲間の中で――いやこの世界で俺と一番付き合いが長いだけあって、俺の想像した事が一瞬でわかったみたいだ。
特に最近はそういうことが多い、俺の噂が広まりに広まって、何か起きたときに助けを求めてくる人が増えた。
「さすがヨーダさんなのです」
「エミリーこそさすがだと思うんだけどな」
「私なんてヨーダさんに比べたらまだまだなのです」
そんな事はない、と思ったが言わなかった。
エミリーの性格からしてまた謙遜するし、それを本人は謙遜だと思ってないからだ。
温かくて、明るくて、実家とも神殿ともつかないこの心安まる空間。
エミリーが維持した家はどこもこんなふうになる。
聞いた話によると家だけじゃない、時々ダンジョン内でも同じ事をしてる。
ダンジョンの中でエミリーの空間に和んで、一緒に居眠りするスライムもいるとかいないとか……。
俺のただ強いだけよりもエミリーの方がすごいと思う……まあ本人謙遜するからこれ以上は言わない。
「あっ」
「どうしたです?」
「加速弾を取り忘れた。ちょっといってくる」
「はいです、行ってらっしゃいなのです」
☆
「ヨーダさんヨーダさん」
クレイマンの村にいって、一日一発限定の加速弾をとって屋敷に戻ってくると、またまたエミリーが駆け寄ってきた。
「どうしたエミリー」
「ヨーダさんにお客さんが来てたです」
「さっきのカルボンって所の人か?」
「違うです、アルデヒドって所なのです。今度は協会長直々に来てたです」
「なに?」
ちょっと驚く。
別の街のダンジョン協会、そして今度は協会長クラスの人間が。
「まだいるのか?」
「ううん、また来るっていってたです。でもでもヨーダさん……大変なのです。お菓子もらったのです」
「おかし? カルボンの人にももらったんじゃないのか?」
「そうですけど、そうじゃないのです……」
エミリーは眉をひそめてますます困った顔をした。
彼女はそんな顔のまま、菓子詰めの箱を取り出した。
「これなのです」
「普通のおかしじゃないか――って重っ!」
エミリーの手から受け取った瞬間、俺は箱の重さにびっくりした。
確実にお菓子だけじゃない、重心からして、石か何かを詰め込んだ箱だ。
箱をじっくり見ると、二重底になってるようだ。それを開けてみると――。
「黄金色のおかし! お約束!!!」
盛大に突っ込んだ。
二段重ねになってる箱の下に黄金が敷き詰められていた。
手土産というか賄賂というか……。
「これ……何か困ってるとかじゃないよな」
「違うって感じるです……」
エミリーも俺と同じ事を感じているようだ。
カルボンの人が来たって話を聞いたときは困ってる人がいて助けを求めてきたパターンだって思ったけど、アルデヒドのこれはあきらかに困ってる人がする事じゃない。
頼みごとがあるってのは一緒だけど、困ってるって感じじゃない。
「なんなんだろうな」
「なんなのですかね……」
エミリーと一緒になって首をひねった。
「あっ、リョータさん」
廊下の向こうから店の制服をきたエルザがやってきた。
買い取り屋『燕の恩返し』の従業員で、形の上では俺の屋敷に出向してる彼女は、従業時間内は店の制服を着るようにしている。
「どうした、何かあったのか」
「えっと……お願いがあるんですけど。その、本店の方からの頼みで」
「お願い?」
「アレーンの協会の人が是非一度、リョータさんに会ってほしいって」
俺はエミリーと互いの顔を見た。
カルボン、アルデヒド、アレーン。
これで三箇所目だ。
「その顔だと……もういろんな所からきてますか?」
「ってことは、エルザは理由を知ってるのか」
「はい……」
エルザは複雑そうな顔をした。
嬉しそう――というか誇らしそうな、それでいて困った様な顔を。
「多分ですけど、みんな、リョータさんの勧誘に来たんです。来年か、再来年でもいいからこっちの街に移住しないかって」
「移住? なんで?」
「昨日発表されたんです、年間累計買い取りのランキングが」
「累計買い取り……買い取り屋に持ち込んだ額って事か?」
エルザは静かにうなずく。
「そんなのがあるのか……実質長者番付みたいなものか?」
「そのランキングでリョータさんが世界三位になったんです」
「本当か?」
「わー! すごいです、ヨーダさんめちゃくちゃくすごいなのです」
「それで誘いが来たのか? ああそうか、買い取りは税金が発生するからか」
「それもありますけど、それだけじゃないんです。シクロみたいな農業都市だと基本ランクインしないんです。単価が安いから」
「なるほど」
「農業の街で世界のトップ10ランクインしたのは、ここ十年でリョータさんだけなんです。だからみんな誘いに来たんです。リョータさん、鉱物の街でも実績ありますし。確かに動物でも。うちの街ならもっと稼げますよー、ってみんなが。アレーンはうちの店舗もあるので、それで」
なるほど、そうだったのか。
「それに……」
「まだあるのか?」
「リョータさんは今年フルで働いてないじゃないですか」
「そういえばそうだ」
移転してから一年も経ってない。一年間フルに活動してないんだ。
「そういうのもやっぱり分かるので、じゃあ一年間フルでやったら? ってみんな思うんです。来年は絶対一位だって噂でもちっきりですよ。実質世界一位、なんて言う人も」
「すごいです! ヨーダさんめちゃくちゃすごい人なのです」
すっかり興奮するエミリー、静かに目を輝かせているエルザ。
普通にやってただけなのに、妙にすごい事になっちゃったな……。