194.加速した早とちり
ニホニウム、地下七階。
レイアのフォローでマミーを狩っていた。
プロテクターやアームとして、俺と合体するレイア。
今でも便利だけど、もっと上手く活用する方法を探る。
やれる事はいろいろある、純粋に腕が四本増えて六本になった、って感じだ。
もっともニホニウムだから、そのうち四本はとどめには使えないって制約もあるけど。
その制約の中で色々やってみた。
途中からあるパターンがはまって、それをとことんやりだした。
『マスター。右75度』
「よし!」
振り向きざま、レイアの銃で両足を凍らせてたマミーを、俺の火炎弾でトドメをさした。
『180度後方』
「それならこうだ!」
完全には振り返らず半身になって、やはり両足を凍らせたマミーにトドメをさす。
レイアが足を止めて、俺がトドメをさす。
純粋に弱らせるのともちょっとちがう、足を止める、のを重点的にやった。
トドメは火炎弾でやるときもあれば、距離次第で――融合させるに足りる距離なら消滅弾を使うこともある。
足を止める、そこから先のパターンを色々模索した。
足を止めるというのはどんな状況でも使えるやり方だ。
それと、その先のパターンを極めるというのは決して無駄にはならない。
『マスター』
「どうした」
『これは必要なのですか。マスターならこんなことをしなくても一撃で倒せる』
「俺の悪い癖の様なもんだ。ステータスだけじゃないスキル、ゲームでいうとパーソナルスキルだな。そういうのを極めたいクセがある。悪いが付き合ってもらうぞ」
『了解しました。命令なら何でも従います、マスターが悪いと思う必要はありません』
「そうか」
レイアと一緒にダンジョンを回った。
足を撃ち抜いてからのいくつかのパターンをものにした。
途中からそのいくつかのパターンをくり返し練習する様になっていた。
反復でやってる内に自分の体に動きが染みこんでいくのが分かる。
「よし、ここまでだな」
『もういいのですか、マスター』
「ああ」
頷き、ドロップしたばかりの精神の種を拾う。
体感で届いただろうと思ってポータブルナウボードを使って確認、すると。
―――1/2―――
レベル:1/1
HP SS
MP SS
力 SS
体力 SS
知性 SS
精神 S
速さ SS
器用 F
運 F
―――――――――
体感通り、精神がSになった。
今日のノルマ達成。
特に意味があるわけじゃないが、俺は一回潜るごとに能力を1ランクあげるまで、と決めている。
繰り返す周回にはそういう「キリの良さ」が必要だと勝手に思ってる。
今日も達成したから、そろそろ外に出よう。
「元々はこれでマックスだったんだけどな」
何となくつぶやいてみたら、急に感慨深くなった。
遠くまできたもんだ、という気持ちが胸の底からわき上がってくる。
次で精神はマックスのSSになるけど、今は無理だ。
なので、Sのまま、まずは次の地下八階だ。
次は器用なのか運なのか、ちょっと楽しみになってきた。
『マスター』
「どうした」
『判断出来ない現象を観測しました』
「判断出来ない現象?」
『モンスターが増えたり減ったりしてます』
「モンスターは増えたり減ったりするものだろ?」
『……言い換えます』
レイアの口調は更に真剣なものになった。
『一瞬増えてすぐに減ってます』
「うん?」
それは確かにおかしいな。
モンスターが一瞬だけ増えて減ってる。
「誰かが倒してるのか? いや。ニホニウムは俺以外マーガレットたちしか来ない、ほかは見た事ない。マーガレットたちにしても地下一階から下には降りてこないんだ」
この世界に来て大分経つ、ニホニウムに籠もるようになってかなりの月日が経った。
ニホニウム二階以降で誰か冒険者を見たという記憶は無い。
あらゆる物がダンジョンでドロップする世界、何もドロップしないダンジョン。
この二つが組み合わさった結果、当たり前の様に人が寄りつかなくなった。
「一応だけど、ほかに誰もいないな?」
『いません』
レイアはきっぱりと言った、モンスターだけじゃなく、ある程度は冒険者の事も把握出来るのだ。
「現われてる場所はわかるのか? というか同じ場所なのか?」
『こちらです』
レイアのアームが伸びて、道案内をした。俺はアームが指し示す方向に向かっていく。
『ここです』
「ただの行き止まりに見えるな」
『減りました』
「ん? 今増えてすぐにへったって事か?」
『はい』
「何も見えなかったぞ。勘違い……は、ないな」
今までのレイアの事を思えばそれはないだろう。
彼女はロボットチックな一面を持つ。それは態度じゃなくて、『性能』でもそうだ。
マミーの足を凍らせろと命令すれば、全てのマミーのくるぶしを忠実に冷凍弾で撃ち抜くくらいロボチックだ。
だからレイアの場合勘違いって事はない。
確かに何かが起きてて、彼女がそれをキャッチした。と考えるのがただしいと思う。
「……一瞬だけなのか、増えたのは」
『はい』
「それは周期性があるのか?」
『あります』
即答するレイア、このあたりもロボチックだ。
「よし、ならその周期が来る五秒前に教えてくれ」
『わかりました』
おれはしばらくそこでまった、レイアが合図してくれるのを。
やがて。
『五秒前』
「わかった」
おもむろに銃を抜いて、自分に弾丸を撃ち込んだ。
今朝とれたばかりの、取れたてほやほやの加速弾だ。
自分に打ち込んだ瞬間、世界がほとんど止まった。
加速した世界の中で、五秒間がたつのをじっと待つ。
目の前に裸のゾンビが現われた。
皮膚がなく、全身に筋肉が剥き出しの、保健室の人体模型を数十倍気持ち悪くしたゾンビ。
考える暇もなかった、俺は脊髄反射で動き出した。
疑似的な時間停止するほど加速した世界の中でも、ゾンビは現われた直後から急速に姿が薄まっていった。
俺は思いきり殴った。
銃は使えない、弾速よりも消えるのが早い。
使えるのは俺の肉体、加速している肉体。
だから思いっきり殴った。
更にゾンビが薄くなっていく――間に合え!
強く念じながら拳を振り抜く、手応えがない。
ゾンビがいたところをみる、何もない。
「ダメだったか。仕方ない。まあ、明日にもう一度チャレンジだな」
加速弾は一日一発、明日にまたチャレンジすればいいさ。
そう思って、現実時間60秒、加速効果が消えるのを待っていたら。
目の前がゆっくり光った。
光るのすら遅くて、その光の中からゆっくりと、ぼんやりと何かが浮かび上がってくる。
……ああ、そういうことか。
倒すには倒したけど、加速の中にいるからドロップがでるのが遅く感じただけか。
俺は苦笑いして、ドロップが出てくるのを待った。