191.村の名産
アウルムをダンジョンから連れ出して、屋敷に戻ると、ケルベロスが廊下の向こうから猛ダッシュしてきた。
尻尾をバタバタ振ってすごく上機嫌で、何かいいことでもあった――。
「ご主人様!」
「うわっ!」
考える暇も避ける暇もなく、ケルベロスにタックルされて尻餅をつく。
そのまま上にのしかかられて、ペロペロと顔を舐められる。
本能丸出しのスキンシップ、我が家の飼い犬の行動だし可愛いものなんだが……サイズ的にちょっと勘弁して欲しい。
「待て待てケルベロス、ちょっと落ち着け、ひとまずどいてくれ」
俺はケルベロスの顔を手で押さえ、俺よりも大きい体を押しのけて体を起こした。
「どうしたんだケルベロス、何があった」
「聞いたよご主人様、僕たちの村を作ってくれたって」
「僕たちの? ……ああ」
クレイマン達の事か。
確かに「僕たち」なんだろうな。
ケルベロスもクレイマンも、生い立ちというかいきさつは同じだ。
ケルベロスは一体だけだから屋敷で引き取った、クレイマン達は大勢だったから村を作ってあげた。
差はそこしかない。
「もう聞いたのか、だれからだ?」
「人形の人だよ」
「人形の人……?」
誰だそれは?
「セルっていう男じゃないの?」
隣で見ていたアウルムがいった。
ああ……人形の男……。
ちょっとだけ白目になった。
人の趣味にケチをつける気はないけど、アイツのアレ、どうにかならないかな……。
……ならないか。
「ありがとうご主人様!」
「礼を言われるほどの事じゃないさ」
「ねえご主人様。僕、あそこに遊びにいってもいいかな」
「あの村にか? いいけど、遠いぞ」
俺は振り向き、転送部屋を見た。
今し方そこから帰ってきたのだ。
インドールを経由して、アウルムダンジョンを使って、転送部屋で帰ってきた。
あそこはこのシクロから少し距離が離れてる。
「大丈夫、場所は聞いたし、朝の散歩でいけるから」
「すごい脚力だね」
「そんなもんかもな。いいぞ。ただし誰とももめないように気をつけろよ」
首輪をつけてるから何もないだろけど、何かあったときは取り返しがつかなくなってるときだから、一応注意だけはした。
「うん! ありがとうご主人様!」
ケルベロスはまた俺にのしかかって、ペロペロ顔を舐めてきたのだった。
☆
翌日、俺はアウルムをダンジョンに送り返したついでに、クレイマンの村にやってきた。
つけた話通りに、インドールから少しずつゴミが送られてきて、それをモンスター達があの手この手で粉砕している。
村とはいうが、ここはモンスター達の村だ。
建物はないに等しい、敷地をぐるっと塀で囲んで、後は各々穴を掘ったりかまくらみたいなのを作ったりしている。
そんな中、俺はクレイマンの姿を見つけて、近づいていった。
「やってるな」
「サトウさん!」
人の姿をしているクレイマンが嬉しそうな顔で俺に駆け寄ってきた。
「どうだ、調子は」
「はい! ものを壊すのはみんな得意ですから。一部を除いて」
「一部?」
「あそこです」
クレイマンは微苦笑して、ゴミ処理の中心から少し離れた場所を指した。
そこには何体かの岩がある。
アルセニックダンジョンのモンスターだ。
ダンジョンの中にいる時も攻撃は一切してこなかった岩、その特性上様々な効果を発揮させるために魔法カートにもハグレモノにして使われている。
「あれはしょうがないな」
「そうですね。みんな仲間ですし、上手くやりますよ」
「そうしてくれ」
「きゅー、きゅー」
「ん?」
やたらと可愛らしい鳴き声と共に、俺の足元で何かが動いていた。
見下ろすと、スライムが一匹、体を押しつけてきていた。
テルルダンジョン一階に生息スライム。もやしからのハグレモノ。
そのスライムは可愛らしい顔をして、俺に顔を押しつけていた。
俺はしゃがんで頭を撫でてやった、するとますます嬉しそうに俺の顔に体を擦り寄せてきた。
スライムだから頬ずりか? なんて思ってちょっとほっこりした。
「そういえばサトウさん、変なものを見つけたんです」
「へんなもの?」
「はい。朝一番に起きたヤツが見つけたんですけど。だれも触れないんでどうしたもんかなって」
「ふむ。案内してくれ」
「はい!」
クレイマンは頷き、俺を村の中に案内した。
スライムは足元でついてくるので、間違って踏みつけないように抱き上げた。
他のモンスターも俺を見て、歓呼をしたり雄叫びを上げたりして歓迎してくれた。
歓迎されてる中、俺はクレイマンに連れられて、村の中心にやってきた。
「これです」
クレイマンが示してくれたのは光の玉だった。
本当に光の玉としか言いようが無いものが、人間の腰の高さくらいの所で浮かんでいた。
「こんな感じで、全然触れないんです。今の所いいんですけど、なんか不気味で」
「なるほど」
俺は光の玉に近づく、間近で上下左右、あらゆる角度から観察した。
いくら見ても光の玉、それ以上の感想は出てこなかった。
「……」
この村のタメにも、このままほっておく訳にもいかない、と、俺は触ってみることにした。
深呼吸して、慎重に手を伸ばして、光の玉に触れる。
瞬間、光が拡散する。
まばゆい光に包まれて、頭の中に声が聞こえる。
ありがとう。
一人の声じゃなかった、まるで卒業式の生徒達がする様な、大人数で声を揃えた一声。
直後に光が収まった、光の玉は一瞬でしぼんで、バスケットボールくらいあったのがビー玉くらいのサイズになった。
「ど、どういう事なんですか」
「こういうことだ」
俺はいつの間にか手の中に握り締められていたもの、光の玉が小さくなったと同時に手のひらに出現したものをクレイマンに見せた。
弾丸。
俺の拳銃が使う弾丸、今までのどの弾丸とも違う外見の弾丸。
何らかの特殊弾だ、と勘でわかった。
そしてもう一つ――いや二つ、勘でわかったものがある。
これはこの村の産物。
ドロップともまた違う、モンスター・ハグレモノ達が産み出したもの。
そしてもう一つ。
小さくなったが、消えてない光の玉。
多分、時間経過と共にまた大きくなって、俺が来れば弾丸が手に入る。
そういうものなんだろうと、勘でわかったのだった。