178.自爆
「ウェヒヒ、まっけたー」
仰向けに倒れてるニコラスから変な笑い声と共に、すがすがしい声が聞こえてきた。
全力で反撃してボコボコにしたはずなのに元気だな……。
「やっぱりお前さんすげえなあ。俺の目に狂いはなかったぜ」
「そ、そうか?」
「なあなあ」
ニコラスは体を起こす。
地べたに座って、立てた片膝に腕をのせて笑顔を見せる。
「今度またやろうや」
「また?」
「おうとも。こんなすっきりした喧嘩久しぶりだぜ」
「すっきりした喧嘩ってお前……」
俺は周りを見た。周りはすっかり廃墟みたいになってる。
喧嘩というよりはほぼ殺し合い、それも環境破壊級の殺し合いだ。
もやもやはしないが、すっきりした、なんて言える様なものじゃない。
「なあいいだろ、なあ」
「いや俺はーー」
「よし、決まったところで飲み行こうぜ飲み。超熟成肉ってのをだす店を知ってるんだ。そこで古い肉と古い酒を楽しもうや」
「ちょちょ、ちょっとまて。切り替え早いぞ、というか通常業務とやらはどうなった」
「今日は店じまいだ。残業はしない主義なんだおりゃ」
抗議する俺を、ニコラスは半ば無理矢理連行しようとした。
立ち上がったニコラスはよく見たらふらついてて、まっすぐ歩けないくらいダメージが残っている。
振りほどこうと思えば簡単に振りほどけるんだけど。
「いやあ、すかっとした。俺よぉ、さっきの戦いで二回もイッちまったぜ」
変態だが屈託のないニコラス、深く付き合おうとは思わないが、あしざまに言う?事もない。
酒くらいは付き合ってやってもいいか。等と思いながら、一緒に歩きだす。
「それより超熟成肉ってのはなんだ」
「ブローミンってダンジョンしってるかい。ヘテロにあるダンジョンなんだけどよ、そのダンジョンでドロップ、加工された肉のことだ」
「ダンジョンで加工?」
「ダンジョンでドロップしたものはほっといたらまた新しいモンスターになるのはしってるよな」
「ああ」
テルルの親子スライムを思い出した。
親子スライムは同時に複数のジャガイモをドロップする、しかしドロップ能力次第で、ドロップしたジャガイモが小さいか形が悪いかで、金にならないクズいもがある。
そういうクズいもはダンジョン内に放置されて、新しい親子スライムに孵る。
この世界の冒険者は通う階層の周回に能力と装備を特化する人が多い。
別の階層のモンスターを孵すのは厳しく禁じられてても、その階層のものをうち捨てるのは何も問題はない。むしろモンスターの数を増やせる事で歓迎されている。
「それを活用してな。ドロップした肉を放置して、腐りかけになったところでモンスターに孵す。そのモンスターを倒してまた肉をドロップする。ってやり方だ」
「何でまたそんな面倒臭いことを」
「肉は腐りかけが一番うめえだろが」
「まあ……そうかもな」
その論法はよく聞く、分からなくはない。
「肉を腐らせかけて、うま味が出てきたあたりにモンスターに孵す、転生させるんだ。したらよ、うま味が残って鮮度が元にもどるんだ」
「そうなのか?」
「おうよ。それを転生って言う。一転、二転、三転、と転生を繰り返すごとに肉が美味くなっていくのよ」
「はえ……」
「ただし。腐る具合の見極めと、孵したあと倒しても肉がドロップするとは限らねえ。ドロップAでもたまに出なかったりするだろ?」
「確かに」
「だから転生の回数が高いのは値段も高いんだ」
「へえ」
なんというか、微妙に感心した。
値段が高いのも分かる。
転生を重ねるごとに失敗の可能性がつきまとって、失敗したらそれまでの労力が全部パァなのはネトゲの武器強化システムを彷彿とさせる。
だから高い、貴重なのもわかる。
同時にニコラスが気に入るのも分かる。
ある意味酒だ。
古いものが好きで、時間が一番の贅沢だって主張する彼が好きなのはよく分かる。
ニコラスと並んで歩きながら、超熟成肉の事を聞く。
いかに美味いかと強く力説されて、普通にそれの味が気になってきた。
ほとんど廃墟にされた区画を出て、さっきまでいた繁華街に引き返していく。
すると。
「あっ、お客さん」
さっき店で助けた女性の姿が見えた。
俺の事を探していたのか、目があうとこっちに駆け寄ってきた。
「どうした」
「これ、お客さんの席にあったものなんですけど。忘れ物じゃないですか」
彼女はそう言って銃を差し出した。
「お? そういやお前さん武器使ってねえじゃねえか」
「使ってなかったな」
「ずりぃぞ!」
「ず、ずるい?」
「それ持ってもう一回俺と戦え、今から二回戦だ」
「いやいや……」
残業はしないんじゃなかったのかよ……と思いながら銃を受け取ろうとした……瞬間。
ある事に気づいた。
銃があった。
俺の銃があった。
一丁あった。
二丁じゃない。一丁。
女性が差し出したものと合わせて、二丁。
それで反応が遅れた。長いこと二丁拳銃だったから遅れた。
銃が光る。銃身がひび割れて、中から光があふれ出す。
その光に「ゾッ」とした瞬間にはもう遅かった。
世界がとまった……いや遅くなった。
コマ送りのスローモーションになった世界の中、二人は反応出来ていなかった。
俺だけが気づいている、この光の意味。
俺を狙ってきた、彼女を使った自爆テロだ。
それを理解した瞬間、俺は持っているアブソリュートロックの石を取り出した。
☆
まばゆい光が辺り一帯を呑み込んだあと。
じりじりと焼けつく痛みに堪えて、目を開ける。
目の前にニコラスがいた。
「おい、大丈夫か」
無敵状態のニコラスは俺の事を心配した。
俺は深呼吸して、俺の銃を抜いた。
無限回復弾を連射……しなきゃいけない程のダメージを回復して、肺の中にたまった空気を吐き出して、一息つく。
「大丈夫だ。そっちは」
「おりゃ大丈夫だ。お前さんが押しつけたこれで」
ニコラスはそう言って手のひらにアブソリュートロックの石をのせて差し出した。
光が溢れた瞬間、とっさにそれを彼に押しつけて発動させた。
光にヤバさを感じた。戦いのあとケガをおったニコラスは耐えきれないかも知れない、って思ったからだ。
それを発動したおかげで、ニコラスは無事でいられた。
逆に周りはやばかった。
建物に被害は出ていない、が、空気がちがった。
ぞっとするくらい「なにもない」空気だ。
台風が過ぎ去った後ヨゴレが一掃されてすがすがしい空気になるのと似た感じで、今、周りの空気がぞっとするくらいなにもない。
「どういうことだ」
「お前さん、狙われたんだよ」
「何?」
どういう事かとニコラスをみる、ぞくっとした。
ニコラスの笑みがちょっと前までとは違う。
笑っているけど、殺気がぞくっとする。
「俺をおとりに使ってな」
「……お前が俺を倒せればそれでよし、倒せなくても弱ったところで第二の刺客ってことか」
「そういう事だな」
「……」
ニコラスは笑っていない目で笑った。
利用された事でキレてるようだ。
「残念なのはあの姉ちゃんだ。完全に巻き込まれて可哀想に」
「ああ、それなら大丈夫だ」
「はあ?」
「ぷはぁ!」
ニコラスがきょとんとすると、俺のポケットから女性が顔をだした。
まるで生首が生えたかのようにポケットから出てきた。
「なんだそりゃ」
「とっさに俺のポケットに匿った」
「すげえな、やるじゃねえか」
「……」
アブソリュートロックの石だと無敵モードとは言え完全に無敵って訳じゃないからな。
手傷を負っているが実力者のニコラスに石を、ただの一般人である女性はポケットに匿うことにした。
そして、俺が全力で魔法をしのいだ。
とっさの判断だったが、どうにか上手く行ったっぽい。
上手くいったのが分かるとホッとして、今度は怒りがふつふつと沸き上がってきた。
「ニコラス。お前に依頼したのは誰だ」
予想はついてるけど、一応聞いてみた。
ニコラスから帰ってきた答えはやはり予想通りのものだった。
ライナス・ローニン。
今、追い詰められてるサメチレン協会長。
それなりの代償、払ってもらわないとな。