169.グランドイーター
ニホニウム一階にすむスケルトンをリペティションで片っ端から始末しつつ、始末したそばから無限回復弾でMPを回復して、ダンジョンの中を進む。
普段ならあれこれやるんだが、強敵が控えてるから手持ちの武器を少しでも多く維持するように、リペティションと無限回復の組み合わせで突き進んだ。
すぐにそれと出くわした。
人型である、頭に胴体、四肢がついててサイズは成人男性。
そんな人型をしたそいつは目も鼻も口もない、起伏がなくてつるっとしてて、気味が悪い模様が全身で渦巻いていた。
「木星みたいなヤツだな……」
思わず声に出してしまう。
昔教科書で見た木星っぽい模様だった。
あの木星の写真を人型に切り出したまんまの見た目をしていて、見ているだけで酔いそうな気がして、気分が悪くなってきそうだ。
そいつはのそり、のそりと進んだ。近くのスケルトンに手を伸ばした。
その手に触れたスケルトンは喰われた。
まるで消しゴムのように、手が通過しただけでスケルトンの体は消えてなくなり、残った骨がパラパラと地面におちた。
驚愕してる暇もない、そいつの真横の壁から新しいスケルトンが生まれた。
壁に穴が出来て、そこからぼっこりと生まれてきたスケルトン。
人型のそいつはまた腕を伸ばして、今度は壁ごとスケルトンを消した。
グランドイーター、またの名をダンジョンイーター。
早速、その名前の理由が分かったような気がした。
触れたものを消しゴムのように消していくモンスターか。
「まずは……小手試し!」
二丁拳銃からの通常弾を連射、それを融合する軌道に乗せて計六発の貫通弾をヤツに撃った。
空気を引き裂いて飛んでいく貫通弾、速度に反応出来なかったのかグランドイーターに着弾した。
そして、消えた。
文字通り消えたのだ。弾がグランドイーターの体に当たった瞬間、さっきのスケルトンと同じように消えてしまった。
「なら!」
弾丸をサッと入れ替えて、今度は冷凍弾と火炎弾、そして無限雷弾を装てん。
物理の弾丸がダメなら、今度は属性の魔法弾を左右で連射する。
打ち出された弾丸が着弾する、魔法陣をひろげて――。
「なにっ!」
この銃を使うようになってからで一番驚いた。
冷凍弾は氷、火炎弾は炎、雷弾は天井から稲妻が降り注いできたが、それら全てグランドイーターに喰われた。
実体のある氷だけではなく、炎も雷も、果てはそれを産み出した魔法陣さえも、グランドイーターのボディに触れたものは喰われてしまった。
物質だけじゃない、魔法陣まで喰われたのは衝撃的だった。
グランドイーターのあの体表面、木星の様なあの紋様に触れたものを全て消す力をもっているのか?
ふと、ニホニウムのダンジョンマスターを思い出す。
透明な体の、幽霊みたいなヤツ。
モンスターである以上倒せるはず、ハグレモノにされてここに送り込まれたってことは倒す方法がある。
ならあいつの時にしたように、弱点を狙う追尾弾で――。
「――っ!」
とっさに横っ飛びした。
追尾弾を撃った瞬間、グランドイーターがこっちに突進してきた。
今までののそりとした動きからは想像もつかない猛スピード、後0.1秒でも遅かったらこっちが消されていた。
そいつは腕を薙ぎ、追尾弾を喰い消した。
ぞっとした。
追尾弾を喰われたことじゃない。
その腕が避けた俺の鼻先をかすめたとき、分かった。
何もかも喰われてる。
文字通り何もかもだ。
弾だけじゃない、そこにある空気――いや空間さえも喰い消している様に感じた。
着地する、背中にドバッと汗が出た。
あらゆる物を食い散らかすグランドイーター、そいつは追撃してこなかった。
俺よりもすぐそばにあるダンジョンの壁に無造作に手を振って、それを消していく。
手当たり次第に、そこにあるものを消してる。
このまま放っておけばダンジョンは――俺はますますぞっとした。
止めなきゃ……まだ使ってない弾丸を次々と打ち込む。
拘束弾、睡眠弾、回復弾……。
手持ちのありとあらゆる弾丸を撃ち込んだ。
が、それらは全て喰われた。
拘束弾の光の縄も睡眠弾の効果も、回復弾の癒やしの光も。
全部グランドイーターの体に触れ、喰われて消えた。
唯一喰われなかったのはクズ弾だけ、皮肉にも弾速が遅すぎてグランドマスターに届かず、故に喰われもしなかった。
銃をしまう、次は魔法だ。
リペティションは当然きかない、ウインドカッターをはじめ覚えている魔法を次々に撃った。
ますます戦慄する結果になってしまった。
特殊弾の魔法陣と同様に喰われたからだ。
魔法さえも喰われてしまう、消されてしまう。
「なら……これでどうだ!」
足元におちている、グランドイーターの喰いのこしの骨を拾い上げた。
スケルトンの大腿骨、それを拾いあげて、アブソリュートロックの石を使う。
アブソリュートロックの石は使った瞬間何よりも堅い石に姿をかえる、それは身につけているものにも効果が及ぶ。
持っているスケルトンの骨も硬い――無敵モードの硬さになった。
それを持って近づき、グランドイーターに振り下ろす。
無敵モード中は速さも力もF相当まで落ちてしまうが、グランドイーターはよける事なく骨を受けた。
結果――まったく同じ。
無敵モードの骨も喰われて、見るも無惨なかけらになった。
グランドイーターが反撃する、無敵モード中どうにか避けたが、それでも腰元をかすめられた。
銃が片方持ってかれた、喰われてしまった。
「くっ!」
必死に後退する、距離を取る。
あのまま近くにいたらこっちがやられる。
無敵モードでも、体力とHPがSSでも。
グランドイーターは関係なく喰い消すだろうと確信に至った。
グランドイーターは追ってこなかった。離れた俺よりも、近くにあるダンジョンの壁を食い散らかしていく。
命の危険は無い、しかしピンチは続いてる。
このまま放っておけばダンジョンが殺される。
ダンジョンイーター、俺は今、その異名の恐ろしさを実感した。
どうする? どうやって倒す?
倒す方法は間違いなくある。
こいつが今ここにいるのは、誰かが倒して、ドロップ品を持ち込んでハグレモノにしたからだ。
倒す方法は間違いなくある。存在しているんだ。
それはなんだ?
ダンジョンイーターが腕を振った。
一瞬だけ人間に近い仕草、よってくるハエを振り払ったような仕草。
振り払ったのはクズ弾。
最初に撃って、今になってようやく近くに届いたクズ弾を振り払ったのだ。
「――っ!」
天啓が降りる。
俺は残ったもう片方の銃を抜いた。
込めた弾丸を全部抜いて、代わりにありったけのクズ弾を込めた。
クズ弾を撃った。
一発撃って、一歩下がる。
撃って、下がる。撃って、下がる。
撃ち続けながら、下がり続けて――ダンジョンの出口に向かって行く。
ダンジョンを出た後もクズ弾を撃ち続けた。
一歩ごとに打ったクズ弾、そいつはノロノロと空中を進み――まるでレールのようになった。
気配がする、グランドイーターの気配が。
ダンジョンの中から、そいつがやってきた。
腕を振って、ハエを払うかのようにクズ弾を喰いながらやってきた。
腕をふって、一歩進む。腕を振って、一歩進む。
レールのようなクズ弾を追って、グランドイーターはダンジョンをでた瞬間、消えた。
いかに強かろうが、どんなものでも消せる存在だろうが。
世界のモンスターはダンジョンの敷居を跨いだ瞬間に消滅する。
それはグランドイーターでも例外ではなかった。
クズ弾に誘われて、グランドイーターは開けた空の下で綺麗さっぱり消えていなくなった。