168.亮太の勘
テルルダンジョン、地下19階。
セレストからもらった情報を基に、まずはここにやってきた。
移動は転送部屋。
シクロの全ダンジョンはイヴのおかげで転送出来る様になってる。
前にイヴに連れられて一回だけ来たが、実際に何かをするために来たのは初めてと言える。
ダンジョンスノーが降りしきるこの階層には活気があった、大勢の冒険者がモンスターと戦っている。
特殊な階層だと覚悟を決めてきたけど、意外に普通そうな階層でちょっと拍子抜けした。
そんな俺の前に一体のスライムが現われた。
生まれたばかりのスライムは俺と目があった。その目はよく知ってる、俺を攻撃ターゲットに定めた目だ。
銃を抜き、まずは先制攻撃で小手調べ――って考えていたら、スライムがいきなり分裂した。
この種の魔物にありがちな無性生殖をして、三体のスライム、見た目がまったく同じなスライムになった。
トリガーを引いて、挨拶代わりとばかりにそのうちの一体を撃ち抜いた。
パァーン!!
耳元で破裂音が響き、顔面をしたたかに殴りつけられたかのような衝撃を受けた。
目の前が真っ白になる、視界がチカチカする。
とっさに腕をクロスしてガードすると、次の衝撃が来た。
何かがぶつかってきた感触、スライムの体当たりみたいだ。
こっちはさほどのダメージはない、HPと体力のSSがそうさせた。
それでもこのままじゃまずいと、とっさにアブソリュートロックの石を使って無敵モードになった。
視界が徐々に戻る、撃ち抜いたはずのスライムがまた三体に戻ってるのが見えた。
そのスライムは前後左右に激しく動き回った。まるでシャッフルするかのように位置を入れ替えた。
直感的に何となく分かった、無敵モードのまままわりを見た。
他の冒険者達の戦い方を見てると、全員が同じように分裂するスライムと向き合っているが、慎重に選んで倒している。
分裂した内――三体やら五体やらいろんな数があるが――の一体をたおすと、残ったヤツはそのまま消えて、まん丸なキャベツをドロップした。
他の冒険者は全員普通に倒したが、遠目からでも見て取れる慎重さでますます確信する。
分裂したスライムは一体だけが正解で、それを見つけて倒さないといけない。
追尾弾を込めて、俺を狙ってる三体に戻ったスライムの真上に向かって撃った。
追尾弾は弧の軌道を描いて、くねって曲がって左のスライムを撃ち抜いた。
スライムは倒され、キャベツをドロップした。
やっぱり本物を当てなきゃならないんだな。
無敵モードが解かれて、次のスライムとエンカウントした。
スライムはやっぱり分裂して、今度は最初からシャッフルした。
「……」
シャッフルが終わって、三体まとめてこっちに向かってくるスライム。
俺は通常弾でそのうちの一体を撃ち抜いた。
スライムはあっさり倒され、キャベツをドロップした。
まわりが当ててる理由が分かった。
分裂してるところから集中して見ていれば、シャッフルの入れ替わりでどれが本物なのか見失わずにすむ。
それなりに早くてトリッキーな動きだが、冒険者をごまかしきれる程の難易度じゃない。
とはいえいい訓練だ。
ハイスピードでシャッフルして本物を当てるこれは目にとっていい訓練だし、今日はここに籠もることにした。
スライムと出会って、分裂するのを待って、見定めて、撃つ。
魔法カートを押しながら散歩するようにダンジョンの中を回って、スライムを倒し続けて行った。
「……うん?」
魔法カートが一回満タンになって、満載したキャベツを屋敷に送った頃に、俺はある事に気づいた。
半信半疑だった、もしかして――程度のものだ。
それを確認すべく、次にエンカウントスライムが分裂を始めた時に目をつむった。
音が聞こえる、分裂したスライムがシャッフルするために動き回ってる音が聞こえる。
音が止まったのを確認してから目を開ける。
目の前に五体のスライムがいた。運良く多めの分裂だ。
目を凝らした、向かってくる五体のスライムをじっと見つめた。
すると、一体だけ違うヤツがいた。
何が違う、といわれても困る。
ほとんど勘のようなもんだ。
誰かが言ったが、勘というのは「経験則による瞬間的な総合判断」らしい。
多分、俺も今までダンジョンに籠もってきた経験がそうさせてるんだろう。
通常弾を使って、なんとなく違う様に見える一体を撃ち抜いた。
反撃はなかった。スライムはキャベツを残して消えた。
一回だけじゃ不確かだ。もっと試そう。
俺は今のを続けることにした。
「あたり」
通常弾が撃ち抜いて、キャベツがドロップ。
「外れ」
撃ち抜かれた直後に目の前が真っ白になって、衝撃にあたまがくらくらする。
「あたり」
失敗したあと何も分からなくなったスライムを撃ち抜いて、またキャベツをドロップ。
何度も繰り返し確認した。そしてそれを全部当てた。
何となく本物が分かる、その「なんとなく」をはっきりと体で覚えていった。
この階層に来た目的を達成出来て、俺の胸が達成感で満たされていく。
屋敷に戻ったらまたセレストにお礼を言わなきゃな。
そう、思った時。
「ん?」
一人の男に気づいた。男に違和感を覚えた。
はっきりとした違和感はすぐに分かった、男は冒険者のほぼ必須品ともいうべき魔法カートを押していない。
それところか武器も装備も持っていない。
まるで物見遊山に来た、といわんばかりの観光客スタイルだ。
かと思えば、何故かこそこそしている。
まわりを気にしながら歩き、上の階層に消えていった。
「……あやしいな」
なんか怪しかった、とにかく怪しかった。
冒険者の行動もよく見てきたから分かる、特にこの世界の冒険者の行動はわかりやすい。
安全に周回する、というのを第一に考えるから行動が自然と似通ったものになる。
さっきの男は冒険者とはまったく違う行動をしていた。
追いかけるかを一瞬考えて、男が来た方に向かって行った。
そこは一本道、しかも行き止まりだった。
他の冒険者がいなくて、モンスターもいない。
なにもないか……と引き返そうとしたその時。
きびすを返した俺はぱっと振り向いた。
行き止まりのダンジョンをじっと見つめた。
「なんだ……?」
思わずつぶやく。
違和感、何かが引っかかる、そんな違和感。
何もないただの行き止まり、しかしそこはかとない違和感を感じる。
あえていうなら空気だ。
何故か俺がよく知っている……もはや懐かしいといってもいいくらいの空気がそこに漂っていた。
凝視する、やっぱりただの行き止まり。
振り向いた背後と何も変わらない光景。
でも引っかかる。
「なにかがある」
更につぶやく、そうしてますます確信する。
ここに……何かがある。
☆
「シクロの街を代表し……礼を言わせてもらう」
ダンジョン協会の会長室、向き合うセルが深々と頭を下げた。
あの後何も分からなかったが、しかし何かがあるという感覚は拭えず、俺はダンジョンを出てセルのところに駆け込んだ。
話を説明して調べてもらう様に頼み込んだ、その結果。
俺とセルの間、テーブルの上に石が置かれていた。
ただの石、どこから見ても変哲のない石。
「サトウ様がおっしゃった場所に人をやって探してもらったらこれが見つかった」
「これは?」
「ダンジョンデブリ」
「ゴミってことか?」
「いや、そういう名のドロップアイテムだ」
「……むっ?」
眉間にしわが出来たのが自分でも分かった。
ドロップアイテム、モンスターが落とすもの。
それが意味する事は……。
「これはウランというダンジョンのダンジョンマスター、グランドイーターがドロップするものだ」
「ウラン……ダンジョンマスター……」
「モンスターのドロップは基本、水か、空気か、モンスター特有の何かの三つになっている」
「ああ」
「グランドイーターは水と空気以外、この石をドロップするのだ。これ自体はただの石、その辺に転がっている小石と何ら変わらない。ありとあらゆる人間が確認したが、ただの石でしかないと結論が出ている。しかし……」
「それでも、ドロップ品……」
セルが重々しく頷いた。
「他の小石と違って、人間がいないところに放置すればハグレモノに孵る。あらゆる意味でもっともやっかいなグランドイーターにな。そしてひとたび放置すれば……」
「……誰にも見つからない」
「うむ、何しろハグレモノになるという一点をのぞけばただの小石なのだ」
だから俺に分かったのか。
ドロップ品がハグレモノに孵る。その瞬間の空気はよく知っている。
この世界の人間はする必要がなくてそれを避けるが、俺は逆にメリットがあって、それをするためのスペースを求めて屋敷と地下室を手に入れた程だ。
この世界で一番、ハグレモノに孵る瞬間を見てきたのは多分俺だ。
だからこの石の存在が分かった。
「なんでこんなものを」
「ダンジョンを殺すためだろう」
「え?」
「グランドイーター、その特性故に別の名前で呼ばれる事がある」
「別の名前?」
「ダンジョンイーター。通常のダンジョンマスターは放っておくとダンジョンの生態を変えるが、こいつはダンジョンそのものを食らいつくし、破壊してしまう。対策なくこいつに暴れさせてしまえば、その先にあるのは」
「ダンジョンの死……」
「犯人は捕まっておらん、なので余の推測でしかないが、シクロは近頃飛躍している、ダンジョンも増えた。それをよく思わないものも多いだろう」
「ダンジョンを殺して、あわよくば自分達のところに生まれさせる……?」
セルは頷いた。
そういうことがあるのか……。
「しかし天はこっちの味方だ。サトウ様がこれを見つけた以上もう大丈夫。グランドイーターの人間判定範囲は広い、階層内に人間が一人もいないような状況でしかハグレモノに孵らない。おそらく連中はこれをしかけて、テルルのダンジョンマスターが出て誰もいないときに孵るのを狙ったはずだ」
「なるほど」
「ダンジョンマスターが出ない時はダンジョンから冒険者が消える事はない。他のダンジョンもゆっくり、丁寧に探させる事にする」
「そっか、なら後は――」
瞬間、背中がぞっとした。
これで話が終わり、と思った瞬間にぞっとした。
「どうしたのだ、サトウ様」
「……まずい!」
悪寒の原因を一瞬で理解して、俺は走り出した。
ダンジョン協会の建物から飛び出して、人々が行き交う賑やかな街中を駆け抜ける。
シクロを出て、郊外にあるダンジョンにやってきた。
ニホニウム。
水と空気以外何もドロップしないから、普段から誰もいないダンジョン。
誰もいないダンジョン――ハグレモノが孵りやすいダンジョン。
勢いに任せてダンジョンの中に駆け込むと、俺はホッとした。
間に合わなかった、でも間に合った。
ダンジョンの空気は一変、ダンジョンマスターがいる空気になっている。
しかしスケルトンはいる、ニホニウムのモンスターは存在している。
ダンジョンマスターが出てるときはダンジョンのモンスターがいなくなるのにも関わらずだ。
いまここに、ニホニウム以外のダンジョンマスターがいる。
ハグレモノになるのには間に合わなかった、しかし破壊する前に間に合った。
よく見れば、俺の横にあの小さい姿があった。
留め袖を着た、半透明で幽霊みたいなあの女。
困り果てた顔の彼女に。
「心配するな、俺が退治する」
そう言ってやると、女はホッとした顔で姿を消した。
さて、やるか。