167.まるで少女の様に
ニホニウムダンジョン、地下七階。
エンカウントするなり襲いかかってきたマミーの横っ面を思いっきり殴り飛ばした。
全身包帯のモンスターはきりもみしながらすっ飛び、頭から地面に突っ込んで体が逆「く」の字に一瞬曲がった。人間だったら間違いなく死んでただろう。
それでもモンスターを倒すダメージにはちょっとたりない、マミーはもがきながら起き上がって、全身にバチバチと電気を纏ったまま近づいてくる。
俺は素手で迎撃した。
魔法も使わず、銃も抜かない。
完全に素手でモンスターと戦った。
セルフ縛りプレイ、今までやってたことを更に強く縛ったものだ。
テルル15階の経験から、あらゆる状況――ダンジョンに対処出来る様に、最終的にどうにかなるように、道具を一切使わないでマミーと戦う。
向かってきたマミーよりも速いスピードで懐に潜り込んで、腹に膝を叩き込む。
膝から崩れたマミーの後頭部を掴んで壁にたたきつけて、更にその後頭部に踏みつけるような蹴り。
流れるようなコンボでマミーを倒す、モンスターは種を残して消えた。
種で能力を上げて、次のモンスターを探す。
開けたところで三体揃っているのとエンカウントした。
こっちを認識すると向かってくる先頭のヤツを殴り倒して、頭を掴んでぶん回す。マミーが巨大なこん棒になって他の二体をなぎ倒していく。
魔法を使わない、銃も使わない、武器すら使わない。
まるでエミリーから竹槍をもらった以前の感じに戻った。
それで多少手間取ったが、午前中には無事、精神がCからBに上がった。
……あがったけど。
「うーん」
ダンジョンの中で腕を組んで、首をひねった。
今日の縛りは結果から言えば悪くなかった。
少し慣れないところがあって、たまに反撃も喰らうけど、明日になればもっと慣れてきて、慎重に、真剣にやってればノーダメージでもいけるだろう。
今までの経験からそうなるだろうと予想できる。
でも、何か足りない気がした。
テルルダンジョン15階、あそこで実際に制限された時とは、最中も終わった後も。
何かが、足りない気がした。
「自分で縛るのと縛られるの差、かな」
少し考えた後そう結論つけた。
自分ルールで縛るとどうしても甘えの様なものがでる、実際今も銃を抜けた。
その気になれば縛りを破る事ができるし、そうしたからって何の罰則もない。
しかしテルルの15階、それにシリコンのような魔法が使えないダンジョンだと。
縛りは絶対にとけることが出来ないものだ。
それで真剣さに差が出たんだろうな。
と、なると。
「今まで自分で縛ってきたけど、実際に制限かけられてるダンジョンで実地でヤッた方がいいかもしれないな」
それはこの世界の冒険者とは正反対の思考だった。
冒険者達はとにかく安定して周回できる事を考える、俺は今困難を克服するという考え方をしてる。
発想はまさに正反対ってところだ。
だがヤッた方がきっといい。
今までもそうだったように、いざという時に力やテクニック――それと経験を求められるはずだ。
そのためにはチャレンジをするしかない。
「と、なると……」
俺は少し考えて、転送ゲートから屋敷に戻った。
「あっ、リョータさん」
「セレスト。ちょうどよかった、聞きたい事があったんだ」
廊下の向こうから歩いてくるセレストに言うと、彼女は不思議そうに首をかしげた。
「聞きたい事って何かしら」
「セレストはダンジョンに詳しかったよな」
「ええ、それなりに」
そう話すセレスト、かなりの謙虚が入ってる。
「ダンジョンの事で聞きたいことがあるの?」
「そうだ。縛りプレイ……いやなにか制限がかかってるダンジョンとかフロアの事を聞きたい」
「……」
「アウルムのようなローグダンジョン、シリコンの魔法禁止、テルル十五階やニホニウム六階のような特殊な階層。そういう特別なダンジョンが他にどんなのがあるのかを聞きたいんだ」
「詳しく聞きたいのかしら」
「そうだ……ああいや。ダンジョン名や階層名だけを教えてくれ」
途中でやめて、言い換えた。
セレストに聞けばきっとどんな制限がかかってるのかも教えてくれるだろう。
しかしそれを聞いてしまっては意味がない、制限がかかってるところで挑戦するのなら何も知らない方が臨機応変さが身につく。
「分かったわ……これを」
「うん?」
セレストは折りたたんだ紙を取り出して、俺に手渡した。
小さく折りたたまれた紙だ。縁がくちゃくちゃで、長い間サイフにいれてたレシートのような感じになってる。
それを受け取って、開く。
ダンジョンや階層が書かれていた。
「これは?」
「制限がかかってるところよ」
「なんでこんなものを?」
「リョータさんがダンジョンで訓練してるのを聞かされたから、いつかこれが必要になるって思ったのよ」
「……」
びっくりした、まさか準備をしてくれてたとは。
改めてもらった紙をみた。
変哲のない紙の上に書かれた文字は、インクの色が最初と最後で微妙に違ってて、文字の大きさも線の太さも微妙に違ってる。
最初に書き込んで、その後分かったところから少しずつ書き加えていったのがわかる。
言い換えれば、長い間準備してくれてたって事でもある。
ジーンときた。
セレストの気遣いに胸がジーンときた。
俺はセレストの手を掴んで、まっすぐめを見つめて。
「ありがとう!」
といった。
「た、たいした事はしてないわ。知ってることを一部抜き出して記しただけ――」
「それでもありがとう!!」
もう一度お礼を言うと、セレストは顔を赤らめた。
まるで少女のようにはにかんで微笑み、うつむき加減で上目遣いになる。
「よかった……役に立てて」
嬉しそうなセレスト。
俺はメモを見つめた。
ダンジョンの名前と階層を記したメモ、セレストが頑張って調べてくれた証拠に、後から書き加えてくれたものの大半はシクロ以外のダンジョンのものだった。
普段ファミリーが関わらないシクロ以外のダンジョンも調べてくれた事に、俺はますます感動した。
「セレスト、何かお礼をさせてくれ」
「今ので充分――」
「いや」
彼女の言葉を遮った。
メモをかざして、目をまっすぐ見つめた。
「このメモは俺に取ってニホニウムそのものに匹敵する価値がある。ニホニウムは俺のステータスをあげるダンジョン、このメモは俺にテクニックを身につけさせてくれるはずだ」
「……」
「その分のお礼をしたい……いやさせて欲しい」
そう言うとセレストは一瞬驚いたあと、普段の表情に戻った。
穏やかに微笑む、大人びたいつものセレストに。
「気にしないでいいわ。仲間じゃない」
「でもそれじゃ――」
「わかったわ。でも考えさせて。リョータさんがそんなにっていう位だから、こっちもちゃんと考えなきゃね」
「ああ、考えてくれ!」
何でもする。
何でもして、セレストに感謝の気持ちを伝えなきゃって思う。
彼女が慎重に考えさせてくれっていうのならもちろん待つ。
「それじゃ俺は早速ダンジョンいってくる」
「ええ、行ってらっしゃい」
セレストに送り出されて、俺は再び転送部屋を使ってダンジョンに向かった。
☆
亮太がいなくなった後の、屋敷の廊下。
セレストは身を翻して歩き出し、自分の部屋に戻った。
まだ日が高い、仲間達がみなダンジョンに行ってるこの時間で、自分の部屋に戻った。
部屋に入って、後ろ手でドアを閉めた、瞬間。
「うふ、うふふふふ」
セレストはにやけた。
そしてぬいぐるみまみれの自室の中で一際大きいぬいぐるみ、あの「りょーちん」そっくりのぬいぐるみに飛びつき、抱きかかえて頬ずりした。
「やた! うふふふふ、リョータさんの役に立てた」
普段の落ち着きとは裏腹に、セレストはまるで少女のように喜びを露わにした。
ぬいぐるみを抱きかかえてベッドの上でゴロゴロした。
「うふふふふ、きゃっほーい」
ぬいぐるみを放り投げ、またキャッチして頬ずりをする。
よほど嬉しかったセレストは、自室と言うこともあって無邪気に喜んだ。
亮太似のりょーちんぬいぐるみ(手作り)を抱きかかえて、ずっと喜んだ。
「リョータさん……うふふふふ……」
魔力嵐がないのにもかかわらず、この日はその喜びで仕事にならなかったのだった。