130.真・鉱山物語
アルセニック地下一階。
リョータ・ファミリー総出でここにきた。
エミリーに精霊の加護がついた、それが実際どういうものなのかを見せてもらうために、全員でアルセニックにやってきた。
ダンジョンに転送で飛んだそこにある岩のモンスター、ダンテ・ロックにエミリーはハンマーを持ったまま向かっていく。その横を何故かアリスが魔法カートを押してついていった。
「それじゃはじめるのです」
「いつでもオッケー」
アリスは親指と人差し指で輪っかをつくって、いつもの陽気さで答えた。
エミリーはすぅと深呼吸して、ハンマーを振り下ろしてダンテ・ロックを砕いた。
モンスターが消え、アルセニック地下一階のアイテム、タンポポがドロップされた。
エミリーがハンマーを持ち上げたのとほぼ同時に真横にしゃがんでいたアリスがタンポポをサッと拾った。
ここまではいつもの光景、モンスターを倒して資源を生産するという、この世界のダンジョンでのありふれた光景だ。
しかし、アリスがタンポポをかっさらうように拾った直後、普段と違う光景が展開された。
なんと、ダンテ・ロックが消えたばかりのところにまたダンテ・ロックが現われた。
「復活タイミングを合わせたか」
「そういうわけではないのよ」
「どういうことだ?」
「見てればわかるわ」
セレストに言われて、俺はエミリーの行動を更にみた。
エミリーはハンマーを再び振り下ろして、岩を砕く。
ドロップしたタンポポをアリスが拾い――直後にまたダンテ・ロックが現われた。
タンポポを拾い上げた直後にすぐに復活した。
「早い!」
驚愕する俺、その間もエミリーたちは動き続ける。
岩が出現、エミリーが叩く、アリスが拾って、岩が再出現、エミリーが叩く――。
エミリーが叩いて、ドロップ品をアリスが拾った瞬間に次の岩が出てきた。
ノータイムでの復活だ。
それをエミリーが更に叩く、叩き続ける。
どっこんどっこんとリズミカルに叩き、その度にドロップしたタンポポをアリスがかっさらい魔法カートにいれる。
次第にペースが上がっていく、エミリーが叩いてハンマーをあげた瞬間にもうアリスの手が伸びてドロップした瞬間タンポポを掴んでいる。
アリスが掴んだ瞬間にはもうエミリーがハンマーを振り下ろしていた。
アリスがタンポポをかっさらった直後にダンテ・ロックが復活して、それよりも前に振り下ろしたエミリーのハンマーが岩を砕く。
今までには考えられなかった超ハイペースだ。
それを眺めていた俺は、試しに近くにある別のダンテロックを拳で砕いた。
タンポポがドロップされたが、ダンテロックが復活する事はなかった。
なるほど、これがエミリーに与えられたアルセニックの祝福か。
ダンジョンを周回する事において、ある程度まで強くなってくると、いかに効率よく次のモンスターを見つけるかが稼ぎを増やす鍵となる。
おれはダンジョンの構造とモンスターの復活タイミングを周回した経験で覚えて、ダンジョン生まれのアリスはモンスターのいる場所を感知出来る特殊能力を持つ。
セレストは知識をかき集めて、イヴは……そういえばイヴはどうしてるんだろう。
それはともかく、俺たちはそれぞれのやり方で効率を上げてきた。
でも、それらのどれも「探す」という域を出ていない。探すというのをやる以上どうしても移動分のロスが生じる。
アルセニックがエミリーに与えたこの祝福はすごい、倒した直後から同じ場所に同じモンスターが復活する。しかもドロップはちゃんとある。
エミリーに与えられたそれは、周回する上で最高の祝福だ。
まるで水を得た魚のようにどっこんどっこんとリズミカルに岩を叩くエミリー。
ハンマーを持っているが、まるで毎朝キッチンで見かける、包丁でまな板をトントン叩く姿とダブってくる。
その姿に心が和んで、しばらく見ているとあるものを思い出した。
エミリーが叩いて、アリスが横から手を伸ばして拾って。
叩いて、拾って。叩いて、拾って。
これと似ている光景を俺は知っている。
「餅つきみたいだな」
「餅つきですか?」
「日本――俺の故郷でこれとすごく似てるのがあるんだ。片方は杵で米をついて、もう片方は杵が上がった瞬間に米をこねる。あれとすごく似てる」
「そうだったのね」
「この音、癖になる」
納得するセレストの横で、うさぎの着ぐるみ姿のイヴがガジガジニンジンをかじっていた。
いつものようにニンジンを美味しそうにかじってるイヴだったが、珍しく他の事に――エミリーの岩割りに興味を示した。
「わかる。タイミングが一定でメトロノームみたいだよな」
「いつまでも聞いてたい音しゅぴぃ……」
「いきなり寝たぁ!?」
ニンジンを両手で持ってるイヴの首がいきなりカックンとなった。
それまでエミリーを見てた目が半閉じになって、持ってる食べかけのニンジンの上によだれが垂れてきた。
バニースーツじゃなくマイブームの着ぐるみを着てるせいか、やたらとかわいく見えた。
「――はっ! うさぎは眠らない」
ハッと気づいたイヴは気持ち早口で言って、ニンジンを再びガジガジした。
あきらかに今ねたのをごまかす動きだ。
「いやいや、普通に寝てただろ」
「そんな事ない。うさぎに睡眠魔法は効かない」
「魔法じゃないし、ただの音だし」
「だとしても効かない。ここにニンジンがある限りしゅぴぃ――」
そう言ってガジガジするイヴだが、すぐにまた眠りに落ちた。
エミリーの岩割りは催眠効果抜群だ。
これを動画にとって「睡眠用BGM」ってあげれば百万再生は間違いないと思った。
☆
夜、屋敷の中。
俺が自分の部屋でくつろいでいると、部屋のドアがノックされた。
応じると、エミリーが入って来た。
外から帰って部屋着に着替えたエミリーは顔を微かに染めながら、部屋の中にはいってくる。
「どうしたエミリー」
「ヨーダさんにお礼を言いに来たのです」
「お礼?」
なんの事だと不思議がっていると、エミリーは俺の前にやってきて、ますます頬を染めてまっすぐめをのぞき込むように見つめて来た。
「ヨーダさんのおかげですごく稼げるようになったです」
「それはエミリーの力だ」
岩を連続で砕くのも、アルセニックのじいさんにメシを持ってって気に入られて祝福をもらったのも。
全部エミリーだからだ。
俺はそう思ったが。
「ちがうです、ヨーダさんがいなかったら私は今もテルルの一階でスライムと戦ってたです。レベルがマックスになったのもすごいハンマーをもらったのも精霊さんと会えたのも。全部ヨーダさんのおかげなのです。それに――」
「それに?」
エミリーは俺に何かを差し出してきた。
何なのかと確認すると、それは彼女の通帳だった。
「これは?」
「中をみるです」
他人の通帳を見るのはマナー違反だが、エミリーが見てほしいっていうから受け取ってみた。
開いて、中を見る。
入金ばかりで出金がほとんどない、家庭的なエミリーらしい通帳だった。
残高は俺のものに比べると上がりが緩やかだが、額は確かに増えていった。
そして、今日。
残高が一千万ピロになっていた。
「おめでとうエミリー!」
「ヨーダさんのおかげなのです。ありがとうなのです」
もう一度お礼を言われた。
そうか、だから部屋に来たのか。
あのエミリーが一千万か……。
ダンジョンで野宿をして、不遇を強いられてその日暮らしをしていたエミリーが一千万か。
ちょっとうるっときた。
俺は通帳を返し、エミリーをまっすぐ見つめる。
ダンジョンは全部で118個ある、まだ見ぬ精霊も116人残ってる。
俺たちは……まだまだ強くなれる。
「エミリー」
「はいです?」
「次は一億目指そっか」
「――っ、はいです!」
通帳を持ったまま、満面の顔で頷くエミリー。
彼女の笑顔は、出会ってからで一番嬉しそうに見えたのだった。