127.あなた無しじゃ生きられない体に
朝、みんな揃っての朝食を食べた。
貴族のお屋敷さながらの大食堂があって、その中にロングテーブルがあった。
俺は民主主義という数の暴力によって、全員から主人の席に座らされた。
極端に長い長方形のテーブルで、その短辺の席だ。
ここが俺の定位置だと言われた。ちょっと気恥ずかしい。
そしてみんなは長辺の方に、左右に二人ずつですわった。
本当に物語の中で見た貴族の食事光景だ。
こんなのやめてみんなで囲む円卓に入れ替えようって言ったけど、やっぱり数の暴力で押し切られた。
しょうがない。
☆
朝食の後は外に出ず、転移の部屋でニホニウム地下六階に飛んだ。
アブソリュートロックの石を使って無敵モードにして、その上でリペティションで片っ端からポイズンゾンビを倒していく。
今日は全部リペティションで倒す事にした。
倒して、知性の種を手に入れて、能力を上げる。
いつも通りの能力あげ周回、それを最大効率でやった。
周回も、そして移動も。
全力で周回して、知性をEからDにあげた後、転移してきた光点を使って屋敷に戻る。
そして、時間を確認。
ピロと円の関係と同じように、この世界の時間も前の世界と似ている。ただし時間に午前午後で区切る概念はなくて、0から23までで統一している。
八時に転移で出て、十時過ぎに戻ってきた。
普段は十二時くらいまでかかる午前中の能力あげ。
転移ゲートとリペティションオンリーの最高効率だと、普段の半分程度の時間ですむことが分かった。
☆
午後は稼ぎに行かず、転移部屋にきた。
イヴのおかげでシクロ全部の階層にいける様になって、それは一通り確認した。
便利な転移部屋、最後に一つだけ確認したいことがある。
そう思って、部屋に入って移動先を念じた。
アウルム、アウルムの部屋。
「さて、いけるかな」
つぶやいた後、目の前の光景が変わった。
飛んできたのは指定通りのアウルムの部屋だ。
うん、ちゃんと来れたみたいだ。
ダンジョンの通常階層だけじゃない、主の部屋にも飛べるみたいだ。
何もない空間に彼女は暇を持て余していた。
身長はエミリーよりわずかに高い140センチ。ゴスロリの服を着て、悪魔のような角とコウモリの羽を生やして。
アウルムダンジョンの主、名前はそのままアウルムだ。
「遊びに来たぞアウルム」
「え? りょ、リョータ? なんでここにいるの? どうやって来たの?」
「ああ、分かるのか」
戸惑うアウルム、口ぶりからして俺が非正規的な方法で来た事がわかるようだ。
「わかるよ。このダンジョンはあたしなんだから、どこでモンスターが何体倒されてどれくらい金がドロップされたのかも全部わかるよ」
「ここに来るためのレアを倒してるかどうかも分かるんだな」
「うん」
なのになんで? って顔をされた。
「それよりも外に出ないか? 今日は違う所に連れて行くぞ」
「いく!」
食い気味で乗ってきたアウルム。
なんでここに来たのかよりも、外に出られる事の方が彼女には重要な事だったようだ。
俺はわくわくする彼女を銃で撃って、金塊にかえた。
そして重い金塊をもって屋敷に戻り、地下室でハグレモノにもどした。
「ここどこ? 初めての場所だね……でもなにもない」
アウルムの顔にわずかな失望がよぎる。
何もないところは彼女がずっといるあそことかぶっちゃうからか。
「俺の家だ。何もないのはそのための部屋だからだ」
「へえ、リョータの家」
「上に上がれば違うさ」
そう言って俺は先に上に上がった。それに続いてアウルムが出てくる。
「ほわぁ……」
地上に上がってきた瞬間、アウルムは身も心もとろかされた。
引っ越してまだ何日も経ってないのに、屋敷はすっかりエミリーの色に染まっていた。
温かくて、明るくて、優しい屋敷。
エミリーが住んだ家は必ずそうなる、そしてそこを初めてたずねた人間は例外なくその優しさにやられてしまう。
どうやらアウルムも例外ではなかったようだ。
「すごいねここ、すごいねここ、すごいよねこの家」
同じような台詞を三回も繰り返した。
内容はあってないようなものだ、あまりの暖かさと優しさに脳が語彙を捨て去ったみたいだ。
「はわぁ……」
「気に入ってもらえたか。連れてきてよかった」
「うん! ありがとう! あぁ……どうしよう」
「なにがだ?」
「こんなにすごいところに連れてきてもらえるなんて、あたしリョータじゃないと生きられない体になったかも」
「大げさだな」
でも悪い気はしない。そこまで喜んでもらえるのは。
「どうしようなんかお礼をしないと……リョータ! これ受け取って!」
そう言ってアウルムが差し出してきたのは金塊だった。
受け取るとざっと一キロ程度の重さだ。金塊だからこれ一個で300万ピロくらいだ。
「あたしの気持ち!」
「普通にすごいな」
「ダンジョンの外だとこれが限界、戻ったら100倍返しするから」
「そんなにはいらないよ!」
百キロの金塊とか恐ろしすぎる。もらってもちょっと困る。
☆
アウルムを連れて、街にでた。
ゴスロリに角と羽根という格好は普通じゃないが、冒険者の中にはもっと普通じゃない格好をした連中もいるのでそこは大丈夫だった。
むしろ俺の方が大変だった。
「リョータ、そろそろ祭りだからリョータのカボチャを大量注文したいんだけどどうかな」
「俺リョータさんに憧れてベンゼンからシクロに引っ越してきました! これからよろしくお願いします! それとサイン下さい!」
「ねえリョータ。来週三日連続で長い魔力嵐が来るからその時ダンジョンに入ってくれないかな」
街にでるといろんな人が俺に話しかけてきた。
前からちょこちょこと、歩いてる時に話しかけられる事はあったが、アルセニックの一件以来それが更に増えた。
有名人になったらしく、嬉しいやら複雑やらな気分だ。
囲んでくる人たちに一通り対処してから、街をきょろきょろしているアウルムのところに戻ってくる。
「どうだアウルム、シクロの街は」
「すごいね、いろんなものがあるし、全部見た事のないものだ」
「そうなのか」
「うん! ねえこれって何?」
「これは竹とんぼっていうんだ」
「竹とんぼ?」
雑貨屋に置かれている売り物の竹とんぼだった。こっちの世界にもあったんだな。
店主に代金を払って、軸を擦って竹とんぼを飛ばす。
作りのいい竹とんぼはまっすぐ上に飛んで、ゆっくりと回転したまままっすぐ落ちてきた。
「こういう風にするオモチャだ」
「すごーい! こんなの始めてみた」
「はじめてか」
「うん! 初めてのものばっかり! すごい街だねここ。あっ!」
「どうした」
「ほらあそこにいる男と反対側にいるカップル。あの人たち前にあたしのダンジョンに来てたから見たことある。あっ、あっちのおじいさんもだ」
アウルムが次々にさしたのはどれも冒険者だった。
「あっ、これは魔法カート。へえ、こんな風に並んでるんだ」
魔法カート屋の前で足を止めた。どうやら魔法カートも知っているようだ。
知識が完全に偏っている、ダンジョンにくるものしか知らないんだ。
その姿を見て、そして屋敷で転送部屋を手に入れた事で。
もっとアウルムを連れてこようと俺は改めて思ったのだった。
「ねえリョータ」
「うん?」
「なんかさっきから、あたしジロジロ見られてない?」
「じろじろ?」
困った様な顔をするアウルムに言われて、俺はまわりをみた。
言われてみると、街にいるほとんどの人間がアウルムを見ている。
老若男女問わず、職業や身分も関係ない。
ほとんどの人間――九割九分の人間がアウルムを見ていた。
なんでだ?
しばらく観察したが、よく分からなかった。
何かを言われるでも無い、みんなはアウルムの事ばかりを見ていた。
やけにギラギラした目つきだ。本当になんでだ?
「ねえねえリョータ、これは何!?」
「うん? ああそれはビー玉だな」
「ビー玉? 綺麗だね」
「かってやるよ」
俺はポケットをまさぐって、キラキラ目をするアウルムにビー玉をかってやろうとした。
するとまさぐったポケットから金塊がおちた。
さっきアウルムからもらった一キロの金塊だ。
「「「――っ!」」」
まるで音が聞こえた様な、そんな反応。
落ちた金塊に、それまでアウルムを凝視してた街の人々が一斉に金塊を見つめた。
アウルムを見る時とまったく同じギラついた目つきで。
……ああ、そういうことか。
「俺は分かったぞアウルム、みんながアウルムを見つめる理由が」
「ほんとう? どうした」
「みんなアウルムが好きだからだ」
「ふぇ?」
「誰からも好かれるよな。逆にアウルムが嫌いなヤツなんているんだろうか」
いないだろうな。
そんな事を言われたアウルムはチンプンカンプンって感じで小首を傾げた。
金塊を拾って、ビー玉を小銭で買う。
それをアウルムに渡そうとすると、彼女の前に一人の青年が立ち止まったのが見た。
青年はアウルムをまっすぐ見つめている、思い切った顔をしている。
「初めて見たときから好きでした! 付き合って下さい」
と、いきなり告白した。
「えええええ? な、何これ。どういう事なのリョータ」
「告白だな、普通に」
「告白?」
それもわからないのか。
そんなアウルムの戸惑いをよそに、青年は更に言う。
「俺のものになってください!」
「そういうことか」
アウルムは困惑から戻ってきた、理解したのか。
「ごめんなさい。あたしリョータじゃないと生きられない体にされたからあなたのものにはなれない」
「その話を今ここでする!? それに言い方やばくなってるし!」
「くっそおおおおぼえてろよおおおおお!」
断られた青年は半泣きで逃げ出した。
「泣かれちゃった……」
「そりゃ泣くよ、あんな言い方をされたら」
「そうなの? うーん、人間って難しいね。でもそれも面白い!」
初めての経験つくしで、それでも新鮮だというアウルム。
さて、次は彼女に何を見せるかな。
ダンジョン以外の事ならなんでも初めてのはずだから、奇をてらわず普通のものを見せようか――。
「きゃあああ!」
いきなりアウルムが悲鳴を上げた。
振り向くと、アウルムがさらわれていた。
帽子をかぶってマスクをした男がアウルムを担いで逃げている。まるで銀行強盗みたいな見た目だ。
「待て!」
叫ぶと男は一瞬だけちらっと振り向いた。
欲望――金銭欲にまみれた目だ。
ポケットの中の金塊が存在感をました。アウルムはアウルムだからさらわれたみたいだ。
「りょーた……」
とと、そんな分析をしてる場合じゃない。助けなきゃ。
ぐぐ、と踏み込んだ。地面を蹴って、思いっきりダッシュ。
速さSSで、一瞬で男に追いつき、前に回り込んだ。
「――なっ!」
「アウルムを、かえせ」
右手を振り抜きボディブローを腹に突き刺す、流れるような動きで担がれてるアウルムを抱き寄せる。
男は一瞬足が浮いて体がくの字に折れ曲がった後、地面に倒れてヘドをまき散らした。
「やるな兄ちゃん」
「いいものを見せてもらったぜ」
「私もあんな風に助けられたい」
人さらいからアウルムを取り戻すと、白昼堂々だったこともあって、皆から称賛をうけた。
そんな事よりもアウルムだ。
彼女を下ろして、まっすぐ顔をのぞき込む。
「大丈夫かアウルム?」
「……」
「アウルム?」
「どうしよう……あたしあなたじゃないと生きられない体になったかも」
「いやそれはもういいから。本当に大丈夫」
「いいからじゃないよ! うぅ……だ、大丈夫だよ」
「そうか、ならいい」
「うぅぅ……」
何故か悔しそうに呻くアウルム。何でなのか分からないけど、体は無事みたいだからとりあえずよしだ。
でもどうしようかな。
いまこの間にもアウルムは視線を集めている、欲にまみれた視線だ。
ここは一旦引き上げた方がいいな。
「今日は帰ろうアウルム。今度また来よう」
「もう帰るの?」
「ああ」
頷くおれ。こんなに早く帰るのはちょっと心苦しいが、視線対策ができてからまたつれてこよう。
「……うん、わかった。それならこうして」
「こうって……あっ」
アウルムは俺に飛び乗った。小柄な体でおれの背中に飛びつき、まるでおんぶするような姿勢になった。
アウルムの体は柔らかくて、何よりも金なのに軽かった。
「またさらわれたら大変だからね!」
「そうだな」
そういうことなら仕方ない。おれはアウルムを守るため彼女をおんぶして帰った。
屋敷につくまでアウルムはぎゅっとしてきて、体がやけに熱く感じるのだった。