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クライシス・ホーム  作者: 天崎 栞
第二部・危機に踊り狂う者
92/120

1ー9・偽りの婚約者


秀明は、秘かに風花の事を知っている。

彼女の生い立ちも、置かれている立場も。


理由は言うまでもない。

秀明の父親は、北條家に身を置いてもう長い。

厳造に最も尽くし、今では一目を置かれている立場だ。


一人親家庭の子供は、嫌が応でも

自然と親の聞き手役となり妻や旦那役を担わないといけない。



父一人子一人の秀明は

“北條家の孫娘”の話は幼い頃から耳にしていた。

次第にその娘の内情は時折愚痴となり、溢れてしまう。


しかし。

秀明が実際に北條家に出向いた事も

父親が話す“北條の孫娘”という少女も見た事はない。


秀明が、話でしか聞いた事がない。

それはまるで父親が話す北條家や、その孫娘の事は、

まるでお伽噺(おとぎばなし)を聞いている様だった。



そんなお伽噺の中でしかお目にかかれない少女____

北條家の孫娘に出会ったのは成人を迎える少し前の事。


父親が彼女の後見人で、厳造から目を置かれていたからか、

北條家の当主は優秀な孝義の息子に目を付けた。




『お前を、風花お嬢様の婚約者にしたいそうだ』


北條家の孫娘も年頃。

そろそろ、婚約者を定めなければならない。

秀明は呆気に取られたが、一度、拝見してみたいという気持ちもあった。


(______どんな人なんだろう)


お伽噺でしか知らない少女。

美人で、非の打ち所のない人間と聞く。

そんな彼女の内面は、どんな人物なのだろうか。






『わしの孫娘じゃ』



風花に出会った時、

どうしようも出来ない違和感に襲われた。


そのままお伽噺から現れた様な彼女。

その花の美貌に惹かれたが、素朴な花ながらも

大人しくも儚い雰囲気は拭えない。


反面、何処か寂しげで

触れるだけで、ぽきりと折れてしまう様な儚さ。

その漆黒の瞳に影を落としている事を、秀明はなんとなく気付いていた。


(______一筋縄じゃいかないな)



風花に直接、会ってから分かった事がある。



直接、触れられるの事が嫌であること。

少しの干渉も好きじゃないこと。

そして触れれば、何処か遠退いてしまうこと。


実際、出会ってから、

秀明は風花に指一本触れた事もない。



何処か気難しく、腫れ物に触れる様だった。

最初は疎ましくて面倒の様にも思っている自分が居た。

後見人の息子だからと目を付けられた事も憎んでいたのも否めない。


(何故、少女に振り回されないといけないのだろう)




けれど。

最初こそ疎ましく思っていた感情も、無くなっていく。

自分自身が知らされていた“お伽噺の少女”は、

聞かされた話であって、所詮は結果でしかない。



実際の“北條家の孫娘”は、彼女は影武者という重荷を

感じさせない程に努力し決して悟らせはしない。

辛かっただろうが、それすらも感じさせない健気さにいつしか惹かれていた。



けれど。

この思いが、結ばれる事はない。

何故ならば


婚約者(じぶん)という存在が、

彼女の重荷になっているということを。


風花は、一番の北條家の犠牲者であり被害者だ。

北條家に関わりが一つ、また一つと増える度に、彼女の重荷は相当なものになる。



秀明はそう考えると事にした。

ストレスを感じる事も多かろう。だから。

強いて、好きだからこそ彼女の重荷ににはなりたくない。

だからこそ入り込まぬ様に、秀明は自分から風花から接触する事も控えた。






とある夏の日。

彼女は、縁側に座り込みぼんやりとしている。

薄幸さ浮かぶ横顔は儚さの浮かぶ美貌は、尊さを感じられる。

その姿も背景も非常に絵になるであろう。


なんだかんだ言って、

孫娘として周りは干渉したがるけれど

風花自身は一人の時間が一番、羽を伸ばせている気がする。



誰かが、その世界に踏み入れてしまえば

傷という(けが)れを増やしてしまいそうになる。


綺麗で、美しいものに穢れは似合わない。

彼女の姿を見て、殊更思った。



干渉はするつもりはない。

彼女を苦しめるつもりも。

けれど、周りは事ある事に婚約者同士の仲を干渉したがる。


縁側で庭を見詰める風花に、秀明は声をかけた。



「風花。これを」

「………………?」


風花は、不思議そうな面持ちで見る。

秀明が差し出したのは、細長く白い箱だった。


「大丈夫。不審物じゃないから。開けてみて」

「………」


微笑む秀明に

風花はそのまま開けて、呆気に取られた。


誘われるままに風花は、丁寧に包装を解き、開ける。

箱の中に入っていたのは、シルバーのネックレスだった。

シンプルなチェーンと、添えられた小さく縁取られた羽のチャーム。


普段、表情の変わらない風花が驚いた顔をしている。



「………これは」

「プレゼント」


表情が固まる。

婚約者と言えど、風花は物まで求めたくなかった。



「……こんな高価なもの、貰えないわ」

「良いんだ。寧ろ、貰って欲しい。

俺は風花に婚約者らしく事何もしていないから」

「………でも」


(婚約者らしいこと、なんてしないで)



心が痛くなるから。

風花は気まずいまま、言葉を紡ぐ。

こんな高価なものを貰う資格もないのに。


「……俺が婚約者だからって重荷に思って気にしないで。

使用人達の間で不穏な噂が不味いだろう?」



婚約者して5年。

二人の間で何も進展がないのを、

北條家の人間達が怪しまない筈がない。


「これは、俺からの頑張っている君への労いだよ。

何も俺ごときに責任を感じる事もないから。


形だけでいい。

俺ではなくこのネックレスを婚約者だと思ってはくれない?

これは着けて堂々としていればいいんだ。


何も気にせずに

風花は風花らしく、いればいい」


(君に、穢れを付けたくはない)


人間が

彼女を穢すというなら、いない方がマシだ。

だから人ではなく、物を送った。


物は空気を読まないし、主に従順だ。

ダミーを送れば一時期は代物に目線が、

噂好きの、周りの話に花が咲くだろう。


手際よく、秀明は箱からネックレスを取ると

そのままそっと風花の首に付けて上げ飾る。

シンプルなその代物は気のせいだか、清楚な彼女の美しさを引き立たせている様な気がした。


風花は、羽のチャームを暫く見詰め、そして。



「…………ありがとう」


風花は無言だったが、やがて青年の理由を受け入れた。

その控えめな微笑みは儚い花が咲いた様な、微笑みだった。


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