1-7・影武者という恐怖
本来ならば
風花はもう後継ぎに、北條家の当主となっても良い筈だ。
風花も成人して5年が経ち、大人の女性としても、
北條家の後継ぎとしても相応しい器の持ち主だ。
けれど
風花を、北條家の当主となるにはある支障がある。
_____風花は、北條家の血を引く者ではない。
風花が北條家の娘ではなく、養女であること。
本当の娘が居て影武者である事は、古くから存在する
使用人達、北條家にいる人間の全ては知っている。
北條家とは他人の娘を、当主として就かせるのは
宜しくはない。
古くから北條家に居るお局の人々はそう告げる
他人の娘に北條家の当主という玉座に座らせる等、論外。
況してや、厳造には“本当の孫娘が居るのだから”。
埃も塵も一つもない、清掃された和室。
視線を向けると開けた襖から伺える縁側からは庭が景色豊かな和風の庭が見える。
それは、まるで時代劇に映る日本屋敷の庭みたいに整えられている。
部屋の中央に授けされた介護ベッドには、
ある老人が横になっていた。
彼が静止画の天井に視線を戻した時、ふと、足音が耳に聞こえる。
乱れのない、トントンとした静かな足音。
この足音は知っている。
「お祖父様」
凛と澄んだ、落ち着いた声音。
人形の様な端正な顔立ちをした孫娘が訪れる。
灰色のシンプルワンピースに身を包んだ、その姿は飾らない彼女の美貌や雰囲気を引き立たせている。
現れた孫娘の姿に、ベッドの上に居る老人___厳造は、視線を向けた。
北條家の当主・北條厳造が倒れたのは、
風花が20歳を迎えた、夏のある日の事であった。
病に伏せ、体が不自由となり、介護が必要になったのだ。
今では四肢は動かせず、言葉も発する事は出来ない。
普段はヘルパーの介護を受けながら、孫娘である風花に業務を任せる形になってしまったが
その思考と姿勢は健在だ。
「今日は良い日頃ですね」
「______お祖父様、ご気分はいかがです?」
落ち着いた声音は、そう呟く。
しかしその漆黒の瞳には、
静かな狂気が込められている事を、厳造は感じ取っていた。
それは恐ろしく感じ始めたのは、病床に着いてからだ。
『四季を感じられる景色が伺える庭が
一望出来るこの部屋が良いわ』
風花は、厳造が病に伏せた時、そう呟いた。
離れの場所である和室は一番、縁側から見える景色は四季を感じられる場所になっている。
退屈しないように、目の包容になるようにと
孫娘が自ら選んだ提案は、皆が祖父を思う故の思い遣りだと信じていた。
_____表向きは。
此処はかつて厳造が自らの手で、風花の兄を殺めた部屋であった。
嫌だと叫びたい厳造の思いは届かず、
直斗を殺めた部屋で、病床に着いてからはこの部屋で過ごしている。
(______おのれ、小娘め)
厳造は視線を、孫娘に向ける。
落ち着いた声音とは反対に風花は狂気に満ちている。
それをひしひしと感じ、厳造は風花を恐れ戦く様になっていた。
もう彼女に、威圧感に接する事は出来ない。
否。今の彼女ならば、自分に何をするか、恐怖を感じるのだから。
そんな厳造の心情を、風花は悟っていた。
けれど内心、彼女は祖父という人間を嘲笑っていた。
(______さぞ、居心地が悪いでしょう。
でも自業自得よ。貴方が起こした過ちを、
直斗を殺めた事を、この部屋で日々実感すればいいわ)




