第39話 :辞書に“自重”はありません。
『おっす! 元気か~?』
水鏡の向こう側、炎神のエフェドゥスさんが気安く…敢えて言うなら能天気に手を振っている。
すごく良い笑顔なんだけどね、…なんだかイラッとする。
「初めまして。元気ですよ。うん、まぁ色々と物申したいところですけど済んでしまったことは仕方ない。…無理でしょうけど、出来るもんなら同じテーブルでゆっくり話したいです」
言葉にちょっと棘が生えてしまっているが、仕方ないよね?
その俺の態度に、エフェドゥス様?…エフェドゥス君? が、額をペチンと叩いて空を仰いだ。
『あちゃ~。やっぱ怒ったかぁ。ほんと、スマン! あのあと母ちゃんから拳骨喰らうわ姉ちゃんから袋叩きされるわ、兄貴にはアイアンクローで縊り殺されそうになるわ…さすがに俺も反省したよ!』
ん? 一人足りなくね?
「親父さんは?」
『父ちゃんは… 悉く死にかけた俺にひたすら復元の秘術を掛けながら、一緒に死ぬ覚悟で謝ってくれた…はは…』
「うわぁ」
『知ってるか? 神様だって、意識を保たされながら簡単に挽き肉になれるんだぜ…?』
「もういいから!」
エフェドゥス君、思い出した惨劇に涙目なう。
なんか、可哀想になってきた。
よく考えたら、エフェドゥス君による俺の魔改造ってプラスばかりじゃね?
マイナスポイントになる能力とか、改めて見直したら…うん、無いわ。
敢えて言うなら、二つ名が中2臭くて恥ずかしいくらいだけど、名誉毀損とかいうレベルじゃないし。…うん、許せるわ。
「エフェドゥス…様? エフェドゥス…君? なんと呼べばいいかわからないけど、直接会えたらいいかな~、とかなんとか…無理か~」
『ん? 直接会うのか? よゆーで出来っぞ?』
「え?」
『竜の眷族になった時点で、存在自体が神に近づいたからな。短時間なら…そうだな~、週に2時間程度の時間なら、神の棲家に来られっぞ』
「うはぁ… それって凄いことなんじゃ…」
なんだろうか、この凄いシュールな時間配分。
昔、塾通いで週に1回120分(数学)とかしてたのを思い出したわ。
「じゃあ、今から行ってもいいかな?」
『いいぞ? じゃ、とりあえず水鏡に手のひらを付けてみ? …ラギィと虎男も同じくな』
「…了解した」
「え? オレも!?」
三人揃って水鏡に触れて暫くすると、薄青色の淡い光が水面から溢れだした。
あまりの眩しさに目が眩んで、目蓋をギュッとかたく閉じる。
目蓋の裏を紅く染め上げた、その強烈な光は、俺たちを包みこむとフッと消えた。
- - - - -
「はい、三名様到着~」
目を開けると、俺たちはログハウス風の部屋の中に立っていた。
目の前には、ヤンチャな笑顔の炎神様。
他にも、何人かが部屋のテーブルの席についている。
一人一人、エフェドゥス君が紹介してくれた。
「こっちが、親父のリフェウス。生命の神なんだ」
『これはこれは、ようこそ。初めまして。エフェドゥスが御迷惑をお掛けして、本当に申し訳ない』
リフェウス氏は。英国紳士的な口髭を蓄えた、ロマンスグレーの髪に灰青色の瞳、白いお肌のナイスミドルでした。
“セバスチャン”とか呼んであげたい。
不敬罪…?
「こっちが、母ちゃんのヘルローズ。太陽の神な」
『どうも初めまして。ウチのバカ息子が迷惑をかけて、申し訳ないね~。困ったことがあったら、いつでも相談してね!』
わ~ぉ。エフェドゥス君、お母さん似やん!
赤銅色に焼けた肌、ポニーテールの紅い髪。ビーチバレーボールが似合いそうな…若い。とにかくエネルギッシュで若い!
思わず『若っ!』という台詞が口から飛び出したら、『あらいやだ~』とか言いながら顔を赤らめクネクネ悶えてた。
親父さんは生暖かい目でヘルローズさんをニコニコ見守り、エフェドゥス君は『母ちゃん恥ずかしいからやめろよ~』とか恥ずかしがっている。
「次! 兄貴は外出中だから姉ちゃんな!」
「初めまして。ワタシはシャナよ」
「…クロードさん!」
「ん?! おぅ!」
「結婚してください!」
「ぅおう!?」
「決定ハイ! 婚姻ゲットォォォ!」
シャナさんが兄貴に、猛禽類が如き速攻口キッス。
肉食なんですね、シャナさん…。
しかし、婚姻ゲットとか言いながらガッツポーズって…
「兄貴… どうすんだ?」
「どうするもこうするも…、なぁ」
兄貴は困ったように頬を人差し指でポリポリと掻きながら、シャナさんの両親に問うた。
「ご両親。こんな野暮ったい虎男のオレですが、娘さんを止められないのですか?」
「いえいえ~。前世のうちから貴方を狙っていた娘なので。こちらに貴方が転生したときには…娘ははしたないくらいに興奮してましたからねぇ。ガッツポーズするやら、枕を抱き締めて煩悶するやら。恋路を邪魔したら…滅ぼされそうで恐いですよ? 実際」
「そうそう。前世で貴方が結婚されたとき、1年ほど毎日が御通夜状態でしたから」
「そうだぜー。兄貴が“良い男には佳き妻がつく”とか説得しなかったら、姉貴、闇神落ちしてたからなぁ」
エフェドゥスは、遠い無目をしながら語っていた。
「で、その兄貴さんは?」
「そろそろ帰っ… て、ゲ! いつの間に!」
オレや兄貴は気付いていたが、筋骨隆々の長身の男が、入口近くの壁に背を預けて静かに立っていた。
黒髪に黒目。浅黒い肌。黒塗りの鞘に細身の刀を挿し、黒い革鎧を身に付けている。
「よく来た、クロード。俺はエフェドゥスの兄、闘神のキルクだ」
「…よく来た、とは?」
「前世の主の心意気を気に入り、微力ながら加護を与えさせてもらっていた。災害により落命したと知った時には、痛恨の極みにて暫は眠れぬ程だった。そして、この世に転生したことを知った日に、どれだけ喜ばしく思ったか」
「はい…」
「なに、加護は既に与えた。この世でも、存分に悪と闘うが良い。それと、妹を頼む」
言うと、闘神が頭を下げた。
兄貴は慌てて闘神の叩頭を止めさせる。
闘神は兄貴の守護神なので、止めるのは当たり前か~。『もうよろしいのですキルク様!』と慌てている兄貴、初めて見たかも。
これが決め手になって、兄貴の結婚が確定した。
女神様との結婚だから反対は出ないだろうけど、なんか、やたらスケールがでかくなったなぁ…。
俺は、冷めた紅茶をちびっと啜った。




