第25話:俺に殺されるオレ、オレを殺す俺。
『ソーマ君。それでは今からあなたの脳に介入して解離状態をおこしますので、よろしくお願いします。脳波に干渉するので“気絶状態”になりますが、心配は不要です』
「…わかりました」
ケルベロス氏の言葉に、俺は頷いた。
“ヴン…”と音がした瞬間、何もなかった空間に、フルフェイスヘルメットに似た形のヘッドギアとケーブル類、浮遊する液体金属のような不思議な球体が出現した。
「どんな手品ですか…」
『ふふっ。異相空間収納ですよ』
「はあ…分かったようなそうでないような」
青い猫型のやつが持っている、某異次元収納ポケットのようなモノなのか? うーん…
俺が納得する間もなく、ケルベロス氏はコトの準備を進めていく。
はい、と渡されたヘッドギアを被ると、俺はベッドに横になった。
- - - - -
《クロード、キミも付き合ってもらうよ?》
(…念話で会話とはお前にしちゃ珍しいな。なんだ? ケルベロス)
《ああ。彼がこちら側へ確実に戻れるよう、彼に魔力を少しずつ流しながら状態を監視していてくれ。様子がおかしいようだったら、遠慮無くたたき起こしてくれていい》
(…了解した)
《問題は起こらないと思うが、万が一の事態が無いとはいえないのでな。さすがにコレは彼に聞かせられないだろう? …保険のためだ。よろしく頼む》
(…分かった分かった。よろしく頼まれるわ)
- - - - -
俺は“万が一未満のトラブル”の存在を知ること無く、ベッドに横たわっていた。
「あ、そうだケルベロスさん」
『何でしょう?』
「これって、電磁場とか核磁気共鳴的な感じの機械ですか?」
『ああ、よく知ってるね。電磁場は使うねえ、かなり強いやつを』
「やっぱりですかー。安全第一でお願いしますね!」
『了解ですよ』
ケルベロス氏はハハハと笑いを含んだ口調で応えてくる。
ケルベロス氏、ほんと人間と変わらないな~。
人工知能のアンドロイドとは思えないよ。
俺はリラックスに努め、“俺の存在の固定”というミッションの開始に備えた。
『では、始めるよ?』
「了解です」
ついに挑む時。
ケルベロス氏の合図とともに浮遊感が襲い、ギュッと目を瞑る。そして…間もなく意識が暗転した。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
浮遊感が消えたので、俺は恐る恐る目を開いた。
何もない白い空間がそこにはあった。
《やあ、ソーマ君。具合はいかがかな?》
声のしたほうを見ると、見慣れたヒューマン型アンドロイドのケルベロス氏が浮くようにして立っていた。
すべてが真っ白で床さえ無く、平衡感覚が狂いそうだが、恐る恐る立ってみた。最初はブヨブヨして気持ち悪かったが“床”を強く意識したら安定したので、ここは感覚の世界なのだろう。
俺はケルベロス氏の近くまで歩いていった。
『ケルベロスさん、…ここはどこですか?』
《どこ、ですか。難しい質問ですね。しかし端的に答えるなら、地球世界のあなたと転移者としてのあなたを繋ぐ“廻廊”とでもいいましょうか》
廻廊か…
『…もしかして、“夢の中”ですか?』
俺は、思ったことを口にしてみた。
《察しが良くて助かります。何故、そのような考えが得られたのですか?》
『俺の地球世界時代、空想科学というか異世界というか、そういったファンタジーの類の読書が趣味だったんですよ。だからですかね』
《なるほど。話が早くて助かります》
『それほどでもないですよ』
夢の中。テンプレな状況なので納得して応対している辺り、大概だなぁ、自分、と思いつつも、ファンタジー慣れしている自分に誉めてやりたい。
だって、足元すら無い全てが白に埋め尽くされた空間に居たら、普通は精神的に堪えるよね。
《それでは、ワタシの腕に掴まってください。もう一人のあなたのもとへ向かいますので》
『了解』
ケルベロス氏の左手首辺りを掴むと、金属装甲の心地よい冷たさが感じられた。
夢の中なのに温度感覚があるのは、多分“金属は冷たい”っていう思い込みからきてるんだろうな。
でもって、FaSOLのアンドロイド萌えユーザーな俺からしてみれば、今のシチュエーションは…興奮冷めやらぬといった状況です。はい。
《ん? 脳波が変化したが大丈夫か?》
『いいえ。至って正常デスヨ、Hahaha』
いかんいかん。萌えはいかん。
へ・い・じょ・う・し・ん!!
連れられて歩いていくと、急に、真っ白な世界がいつもの見慣れた異世界の風景に置き換わった。
『うおっ!?』
《大丈夫です。慌てない慌てない》
『ごめん、吃驚した』
《そんなものです、初めてのときはね。…どうやら彼は異世界の夢を見ている最中ですね》
ケルベロス氏は慣れたもので、街中を歩き続ける。
目的地は俺の研究室のようだ。
研究室に着くと、彼は扉をノックしてそのまま俺を連れて室内に入った。
《こんにちは、地球のソーマ君》
「あ。こんにちは、ケルベロスさん」
どうやら二人は知り合いらしい。軽い口調で挨拶を交わしていた。
『…どうもです…』
「初めまして、だね。思うことはあるだろうけど、気にしなくていいよ」
『ああ…』
なんか気まずいのは、俺が俺と挨拶しているからというより、俺の出した結論が、俺に罪悪感をもたらしているからなのだろう。彼にとって、俺は憎むべき存在となるのだから。
「異世界転移した俺に言いたいんだけどさ、楽しい時間をありがとうね」
『…へ?』
「いや、へ? じゃなくて。俺の片割れの異世界転移の余波で、こういう夢が見られてるってこと」
『…そうなのか?』
俺はケルベロス氏に顔を向けて訊ねてみる。
《はい。夢という部分だけが異世界とリンクしてしまっているのが、地球のソーマ君なのです。身体は地球に置かれていますが》
『じゃあ、俺が地球で目覚めたときの状況が、いまの地球の俺の置かれた状況?』
《そうなります》
『マジか…』
恐らくは、二度とベッドから起き上がれないだろうダメージを抱えた身体。
地球の俺は、夢の中でしか自由が得られない。
だから、“ありがとう”なのか。
『出来れば、二人して生きる道を選びたい』
《無理ですね》
「無理だね。…泣いてるし。異世界の俺はバカなのか?」
「どのみちこの身体じゃ長くは持たないし、ケルベロスさんに頼んで、もう親父には別れの挨拶を済ませてきた」
『そんな勝手な…!』
「勝手で結構。俺のことだから、どうせグダグタ言って先伸ばしするんだよねぇ。特に大切なモノほどね」
さすが俺、俺のことはお見通しだ。
涙が止まらない俺を置いてきぼりにしたまま、さっさとするべきことを前に進めていく。
「じゃあ、今までありがとうな。ケルベロスさん、俺を終わらせて、こいつに統合してくれ。あとはこの馬鹿を宜しく頼むよ?」
《もう良いのか?》
「勿論。おい、そこのソーマ。オレはお前でお前はオレ。戻ったら机の引き出しを開けてみろ、置き土産を作っておいたからな!」
『…分かった…。絶対、確認する』
「帰ってから泣いてたら…魂の内側から殴ってやるから覚悟しとけよ!」
『…分かった…。もう泣かない』
赤く目元を腫らした俺に、地球の俺は最後まで威勢よく檄を飛ばしてきた。
腹にグーでパンチを貰ったが、受けた衝撃その感覚が生を感じて嬉しくてありがたかった。
最後にハイタッチを求められた。
すれ違った肩越しに、“サンキュ”という声を残した彼。
振り返ったときに、その姿は消えていた。
俺は涙を堪えると、ケルベロス氏にさっさと戻ろうと笑いかけたが、俺はどんな表情をしていたのだろう?
気合い注入の一撃をもらってないから、セーフなのだろうか。
再び異世界のベッドの上で目を覚ましたとき、目の周りが涙の乾いたあとの塩でヒリヒリしていた。
腹には、パンチを受けた拳の跡が、ウッスラ残っている。夢の中での腹パンの跡か。
俺はオレ、オレも俺。
もう少し強くならないとな。
彼の言い残した言葉に従い、机の引き出しを開けた。
引き出しの中には、走り書きをした紙とペンダントが仕舞われていた。
六角柱形の澄んだ緑色のエメラルド原石がプラチナ製の台座に嵌められ、台座の頂点の輪には上質な黒革の紐に通されている。
そして。
“大地の祝福を、異世界に生きるソーマに願う”
という言葉が、紙に記されていた。




