第24話:俺と世界の境界線。その3
「兄貴…。俺、どうなっちゃうのかな…?」
「オレに訊かれてもなぁ…。同じ体験、前にもあったのか?」
「ない。今回が初めて」
「…そうか…」
湧き上がる不安に、胸が潰れそうになる。
森に来てくれた兄貴が事情を聞いて宥めてくれて、心境的には少し楽になったが、原因不明の地球帰り、しかもあちらで目覚めたら“入院中”という事態が、今ごろになってじわじわと心を苛み始めた。
「話を聞いたかぎり、オレでは事象がなぜ発生したかの根本的なところが解決出来ないな。…すまん」
「謝らなくていいよ。サンキュ、兄貴」
兄貴はすまなさそうにするが、俺だって理由が解らないんだ。非があるはずがない。
また同じことが起こるかもしれないし、二度とないかもしれない。
こちらに身体ごと転移してきた健康体の俺がなぜあちらでは入院中なのか? …という疑問については、理系脳×オタク脳の知識によって薄々ながら説明出来なくはない解が浮かびつつある。
最悪の結末は考えたくないが。
「お、そうだ。同僚に通称“ケルベロス”っていうヤツがいるんだけどな、そいつなら分かるかもしれんな」
「…ケルベロス…? 地獄の番人…?」
「ああ。プロファイリングというか、行動やら何やらで犯人像を炙り出す手法が得意でな。まぁ、あれは完全なる種族特性だけれども、実際すごいぞ?」
「で、そのケルベロス氏が俺とどう関係して?」
「ま、百聞は一見にしかず、だな」
「…まったく分からないんだけど」
俺はヴォルトの背中に乗せられ、兄貴とともに街へ帰った。
街に来たついでにヴォルトも兄貴によって“任意による住民登録”をさせられ、登録時に人化を強要されたことへプリプリ怒っていたことは…蛇足である。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「すまん、いま戻った」
『おや? 早かったですね』
「なに、オレでは手に余る案件みたいだから、お前に助言をもらおうと思ってな」
『なるほど』
俺は、街の駐在所に連れてこられた。
兄貴が市街担当の衛兵なので、当然といえば当然だが。
指を差してこちらを見る子供に母親らしき人がなにやら注意をしているが、俺は不審者じゃないと主張したい。
隣のヴォルトさんは人化すると見た目が凶悪するけど、不審者じゃないと主張したい。
ヴォルトさんがボソッと穏やかならぬ台詞を吐いたけど、気にしない、気にしない。
あの母親? に俺は身体強化プラス時限延長の魔法をかけてあげた。
これで、馬に撥ねられても大丈夫…かな。
気にしない、気にしない。
そして。
目の前に居る身長2メートルは確実に超えているこのデカい人が、通称“ケルベロス”氏か。
なんということでしょう。人というより、人型。人型ロボットっぽい。
日本にいたころガッツリとプレイしていたゲーム、地球外惑星系を舞台にしたMMORPGの“Fantasy Star of Life”通称“FaSOL”に出てきたキャラクターがそのまま具現化されたみたいな、そんな感じだ。
ゴツいプロテクターを装備した特撮ヒーロー、とも言える。
声は、ナカの人のものだろうか? それとも人工音声?
俺、ヒューマノイドとか好きなんだよね…すごく気になる。
「初めまして。俺はソーマ・ヴォルフマンといいまして地球からの転移者です。こちらクロードはなんというか…前世?で兄貴してました。説明がややこしくてすみません」
『いや。その説明で充分に分かりますから、お気遣い無く。前世でもコイツには頭を悩まされたでしょう?』
はっはっは、と、ケルベロス氏が笑う。
つられて俺は、苦笑する。
そして…
「気になるんですけど、質問良いですか!!」
我慢出来ず、ついに、訊いてしまった。
ケルベロス氏、躯体名は“Human-Based Gear Type-Inspector Series 01x (翻訳)”略称“HI-01x”というらしい。
元々この世界の住人ではなく、お隣の恒星にある惑星系から移住したという人造の独立型アンドロイドで…
ナカの人は居ませんでした。身体はマグネシウム合金と軟質合成樹脂製が主で、声は、合成音声だってさ。
にしても。母星は1.2光年先って、どんだけですか。
次に船が来るのは8年後とか、数字がリアルすぎて近いのか遠いのかワケわかんない。母星の人よ、良かったね。えらい近くに居住可能な惑星があって。
聞きたい話は沢山あれど、ケルベロス氏も仕事があるので兄貴により強制終了がかけられた。
仕方無いか…。
後々お話をと約束を取りつけたあと、俺はケルベロス氏に自身に起きたことを出来るだけ正確に話した。あと、俺の何となくの推論も。
『それはまた、災難でしたね』
「訳がわからなかったですよ、実際」
『仕方無いでしょう? というより、その事象が起こることはまずないですからね』
「そうですよね…」
『キミがこちらの世界に居て精神もしくは魂だけあちらに行った、というのは誤りがありますね』
『なぜなら、キミが森で倒れたとき死亡もしくは仮死状態ではなかったから。異常事態の発生の最中、こちらには魂が存在することを意味します』
「はい」
『あちらでは目覚めの際に“意識が回復した”と言われた、と言いましたよね?』
「はい」
『つまり、あちらの世界でも“意識の回復”のタイミングを軸に考えれば、瀕死の事態は起こっていません』
「あのとき集中治療室にいましたが、瀕死の事態ではないんですか?」
『瀕死の事態=意識不明、とは限りませんよね? 確かに環境は瀕死の事態をはらんだから運ばれるべき場所ですが』
「そうですよね…」
俺は、兄貴の淹れたコーヒーを一口ずつ味わうでもなく口に運んでいく。
「たとえばですよ?」
『はい』
「この世界にも俺が居て、あちらの世界にも俺が居れば、理屈は合うかもしれないんです」
『うん。続けて?』
「俺は、あちらの世界で山崩れに遭ってこちらの世界に飛ばされた。普通なら、あちらの世界に居たまま、死亡もしくは重傷でしょうね。」
「つまり、こちらの世界に飛ばされた自分とあちらの世界に留まった自分との二つに、存在するべき道が解離してしまったということです」
『ほう。存在の解離…か。興味深いね』
今まで穏やかに聴いていたケルベロス氏が、椅子の背もたれに体重を預け、脚を組んだ。
メカ顔なので表情は分からないが、物凄く興味をもっているのが…分かる。
若干、声のトーンが変わった。
「俺の居た地球という惑星では、多次元の存在を示唆するなんていう数学はあったみたいですけど、実質は直交XYZ軸の3次元に時間軸tを加えた4次元が当たり前でした。だから、異世界など多空間の存在や個人の並列存在なんかは、計算上の理論というか想像の産物だったりするわけで…」
『つまりは、論外な訳だねぇ』
「そうなんですよ」
「無碍に否定するつもりもないし、量子論的にいえば、俺の立ち位置の説明にも微少ながら可能性があるわけで」
『お。量子論か! 懐かしいな』
「知ってるんですか!?」
『仔細は曖昧だがねぇ。考え方が面白いと思うよ』
『中を見ることが出来ない箱に、“0”と“1”を超高速かつ等確率でランダムに表示する装置が入っている。箱の外には装置を止めるスイッチがあるが、スイッチを押したとき、見えない箱の中で表示されている数字は何か?』
『こういうモノだったかな?』
「それです、それ!」
『箱を開けるまでどちらとも確定出来ないから、結局0でも1でもないモノが存在する…とかいったそんな感じだったか…』
「つまりは、多重存在のことですよね…」
「あとは、原子における電子のスピンは同方向が対になることは無い…っていうパウリの排他的原理なども…」
『興味深い話が色々あるけど、いまキミに必要なのは、“世界は同質のものを排除する”とか“世界は常に安定化しようとする”っていう働きに巻き込まれて消滅あるいは変質してしまう前に、片方の世界へ居場所を絞ることかもしれないな』
「へ?」
『へ? って…。だから、こちらの世界を選ぶか故郷を選ぶかってことだよ』
「俺、こっちに転移したんじゃないの!?」
「タグから日本の情報が消えて、こっちの名前になったけど!?」
まさか。転移したから“仕方無いまぁいいか”で生活してきたのに、それは急すぎる…!
「あちらの世界を選んだら…?」
『こちらから消えるね。…ただし、聞いたところ首から下の損傷があるみたいだから…家族や友人には逢えるけれど生活は…大変だろうねぇ』
「こちらの世界を選んだら…?」
『あちらが死ぬね。…多分、時間軸が違うからなんともいえないけど、向こうのほうが時間の流れが遅いから…まだ事故という分岐点から長くて半年もいってない何ヵ月かというあたりだね。』
戻っても、負担になるだけかもしれない。
身勝手だけど。
しばらく悩んだけど、俺は、こちらの世界に残ることに決めた。




