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龍王奇譚  作者: Rikyo
第1章   鯉丸登龍門編
18/18

第18話   聖天騎士団

 光が解け、フィーが目を開ける。


 目の前に広がっていたのは、巨大なオペラハウスを思わせる円形の大広間だった。


 吹き抜けとなった広間を囲む壁には、幾層もの個室席がずらりと並んでいる。

 フィーが立っているのも、その一室だった。


 通称、転移(Porta)門広場(Teleport)。


 聖天騎士団の騎士たちが、任地から帰投する際に転移してくる場所である。


 そして、広場の中央には、巨大なデカラビアの本体が鎮座していた。



『おかえり、フィー』


「ただいま、デカラビア。総統(Princeps)閣下はどちらに?」


「案内しよう」



 不意に背後から声をかけられ、フィーが振り向く。


 そこには、一人の女性騎士が立っていた。


 短く刈り込まれた濃紺色の髪。その前髪には一筋の水色が混じり、海を思わせる青い瞳がフィーを見据えている。


 端正な顔立ちのその騎士を目にした途端、フィーは驚きに目を見開いた。



「マルコシアス教官⁉︎」


「教官はよせ。貴様は卒業したばかりの若輩とはいえ、私と同じ能聖天に叙されたんだからな」


「は、はい!」



 反射的に背筋を伸ばすフィーを見て、マルコシアスは苦笑した。



「まあいい。着いてこい」



 そう言って、マルコシアスは個室席の扉を開く。LEDの白いライトが照らす、白い石造りの通路を抜けると、彼女たちの前に壮麗な建造物群が現れた。

 逆四角錘型の足場に二人が乗ると、足場の端から手すりがせり上がり、その建造物群の中で最も目につく巨大なドームへと飛翔した。



「行き先は大衆(Aula)宮殿(Populi)ですか」


「ああ。VC4048でまた旧人類が蜂起したので、レイヴァテインを使うらしくてな」


「……なるほど、断罪の演説を行う訳ですか」


「そうだ。貴様との対面は、それからになるだろうよ」



 しばらく飛翔した足場が、ドームの入り口へとたどり着く。



「かつて、人は罪を犯しました」



 二人が廊下を歩いていると、ホールで行われている演説が聞こえてきた。



「命育む神の庭、地球(Earth)。数多の命が生まれ、繫栄し、死んでいく楽園を、旧(ふる)き人々は焼き払ったのです」



 白い石造りの壮麗な神殿の中に、厳かな声が響き渡る。



「『人とは神の姿を模した神の代行者。故に地上の全ては人のものである』

 そのような身勝手な思想の下で、旧き人々は自らの虚栄の楽園を維持するため資源と土地を奪い合い、混沌の中で自らの強欲のままにか弱きものたちを搾取し続けたのです」



 演説の内容に、フィーは顔を顰めた。

 見習いの頃からずっと聞いてきた内容だったからだ。



「旧き人々は自らが欲するものに執着し、下劣な奪い合いを繰り返し、世界の至る所で神をも恐れぬ暴虐が行われるようになりました。

 やがて、彼等は心無き無情の世界の中で生きるようになり、他人を許す寛容さを忘れ、己の見たいものしか見ない狭量で無知な愚か者ばかりとなったのです」



 声が近付く。

 長い廊下の先には開け放たれた扉があり、その左右には護衛の騎士が立っているが、彼等はフィーとマルコシアスの姿を見るや、直立不動の姿勢となった。



「そして、遂に彼等は、神の創造せし命を冒涜するようになり、最後には自らを楽園とともに焼き払ったのです」



 二人が、扉の中へと入る。


 ドームの天井は空のように遠く、星空が投影されている。視線を下へと移せば、数十万人の人間を収容できるドームのアリーナ席が数段に分かれて広がっていて、数えきれないほどの人々が、二人が今出てきた扉の先にある演説台の上の人物へと視線を送っていた。


 年齢は20代前半のようで、身長は約190cmといったところ。白銀の髪は短く刈り込まれていて、その目は宝石のような紫色に輝いている。


 熾聖天(Seraph)ルシフェル。

 聖天騎士団の最高指導者である。



「神は人の行いに激怒しながらも、無垢な子らの死を憐れみました。そして彼等を甦らせ、新しい世界を与えたのです」



 そこまで言って、ルシフェルの視線が落ちる。

 その先には、アリーナ席の下にある、ホールの最下層があった。


 そこには泥が敷き詰められ、粗末な服を着せられた人々が地べたに座らされていた。



「しかし、旧き人々は学びませんでした。彼等は甦ってなおつまらぬ争いを続け、遂には現れた救世主さえも糾弾して、二度と目覚めぬように毒を盛った!」



 ルシフェルの怒声に、下層の人々が震え上がる。



「愚か者!醜い糞め!」


「どうせ何とも思ってないんだろ!ゴミ共が!」


「死ね!悪いと思うなら今すぐ死ね!」



 アリーナ席からも一斉に怒声が上がり、下層へと物が投げつけられる。そのうちの一つが下層の旧人類の頭に当たり、血が流れる。


 崩れ落ちそうになった体はしかし、見えない力によって元の姿勢に戻された。

 彼等には、悲鳴を上げる自由も、倒れ伏す権利もないのだ。



「然らば」



 ルシフェルの一言に、場が一斉に静まる。



「愚か者どもに、罰を与える」



 その言葉と共に、天井の景色が一変した。

 天井には、一つの青く美しい星が映し出された。


 それを見て、アリーナ席の人々は歓喜し、下層の人々は絶望した。



「見よ!旧人類!」



 ルシフェルが手を上げる。

 その瞬間、天井の端の方が明るくなる。



「これが!我等の!裁きの炎だ!」



 その言葉と共に、炎の光条が現れた。

 光条は星の大気を吹き飛ばし、海を蒸発させ、地表全てを炭化させた。


 やがて光条は星を包み込み、その地表が赤熱して恒星のように光り輝く。

 そして、唐突に光条が掻き消えた。


 光が収まった時、そこに青い星の面影はなかった。


 大気は失われ、海は消え、焼け爛れた地表だけが赤黒く輝いている。


 そこに残されていたのは、もはや生命を育む星ではない。死に絶えた惑星の残骸だけだった。


 大喝采と共に、人々が立ち上がる。

 その顔は、歓喜に溢れていた。



「万歳!万歳!総統万歳!」


「旧人類全てを鎖に繋げ!自由を許すな!」


「罪には罰を!騎士団万歳!」



 大喝采に手を振りかえし、ルシフェルは演台を後にした。


 近付いてくるルシフェルに、二人はブーツの踵を鳴らしながら右手を指先まで伸ばした。


 その敬礼に答礼しつつ、ルシフェルは止まることなく二人の間を通り過ぎる。すかさず二人は回れ右をして、その後に続いた。



「首尾はどうです?フェネクス」



 振り返りもせず、ルシフェルが聞く。



「はっ。現在はまだ、信頼関係を構築している最中であります」


「まあ、そうでしょうね。彼からしてみたら、貴女は得体の知れない異邦人です。それなりに時間を掛けても構いませんので、着実に関係を構築なさい」


「承知しました」


「必要な物があればルキフゲに言いなさい。最優先で用意させます」


「大宰相閣下に直接、ですか?」



 フィーの言葉に、ルシフェルは足を止めた。

 そして、フィーの方を振り返る。



「いいですか、フェネクス。騎士団創設から今に至るまでの約二千八百年もの間で、セフィロト・スキュラの持ち主が確認されたのは二回だけです。そのうちの一人が、我等が聖天騎士団を創設せし救世主様です。再びセフィロト・スキュラの持ち主確認されたという事がいかなることか、貴女にも理解できるでしょう?」



 静かに紡がれる言葉に、フィーが気圧される。



「クリフォトの悪魔は所詮、人間の悪徳を見せつけた末に救世主に斃されるだけのカカシどもに過ぎません。問題は、その救世主の起こす奇跡にあやかろうとする、愚かな旧人類どもです」



 そこまで言って、ルシフェルは再び歩き出した。そして、大衆宮殿から出たルシフェルは、ようやく立ち止まって空を見上げた。


 その視線の先には、地上から空に向かって伸びた軌道エレベーターから、枝のような入港ドッグが幾つも伸びており、それらに数えきれない量の惑星制圧艦が取り付いている景色があった。



「未だ奴等を生かしているのは、所詮私の慈悲に過ぎません。もしも彼が悪意によって斃されたなら、今度こそ私は、この宇宙から旧人類を一人残らず抹殺します。その引き金を、私に引かさないでくださいね、フェネクス」



 まるで世界樹のようなその宇宙港を背に、ルシフェルは晴れやかに笑った。


 その笑顔に、フィーは敬礼で応えた。






     ◇◇◇






 義龍たちが儀式から帰った時、屋敷には美味しそうな匂いが充満していた。



「おかえりなさい」



 そう言って玄関まで義龍たちを出迎えた紅葉からは、味噌の香りがした。



「ただいま。料理をしていたのか?」


「うん。あ、大国様からはちゃんと許可を貰ってるよ」



 紅葉の言葉に、義龍の隣にいた経守が頷く。



「出発前に久しぶりに料理がしたいと仰られていたので、女中たちと一緒ならばと許可いたしました」


「アタシ味わかんなくなっちゃったからさ、みんなに味見してもらってるの」



 そう言って、紅葉は肩を竦めた。

 楽しそうなその様子に、義龍が小さく微笑む。



「味見して貰ってるなら安心だね」


「え⁉ひど〜い!アタシの腕を疑ってるの?」


「何時だったか、山菜のアク抜きに使った灰を入れたまま鍋を作ったことがあったよね」


「ゔっ」


「あの時は、人生で初めて鼻から具を出したよ」



 ニヤニヤと笑う義龍を、紅葉がぐぬぬと睨みつける。



「ただいま戻りました……え、皆、ここで何してるの?」



 そこにフィーも帰ってきた。



「皆様。食事の用意もできているようですし、中に入りましょう」



 経守の言葉に、一同は従った。

 頭に疑問符を浮かべながら、フィーもその後に続いた。






     ◇◇◇






 やがて、皆の前に鍋と膳が運ばれてきた。

 椀を受け取ったフィーが、立ち上る湯気へ顔を寄せる。



「いい匂い。これ、何?」


「味噌だよ。フィーさんの故郷にはないの?」


「少なくとも、私は初めて」



 そう言って汁を一口すすり、フィーは目を丸くした。



「……おいしい!」


「よかった。おかわりもあるからね」


「うん。これ、どうやって作るの?」



 身を乗り出したフィーに、紅葉が嬉しそうに説明を始める。

 義龍も椀を持ち上げ、汁を口に含んだ。


 覚えのある味だった。

 鬼灯山城の台所から漂っていた、あの匂いがした。


 一気に腹の中に押し込んでからふと、向かいの席へ目をやる。

 そこには経守が座り、熱そうに椀へ息を吹きかけていた。



「……っ」



 魚の焼き加減に文句をつける声は、もうしない。

 膳を待ちきれず、廊下を駆けてくる足音も。



「……義龍?」



 呼ばれて、顔を上げた。

 紅葉が、少し心配そうにこちらを見ていた。



「どうしたの?やっぱり、味が変?」


「……いや」



 義龍は、静かに首を横に振った。



「うまい。おかわりを貰えるか」



 紅葉は一度瞬きをして、それから笑った。



「はい、任されました」



 差し出した椀を、紅葉が受け取る。

 その横からフィーも空の椀を差し出し、経守が「もう少し落ち着いて召し上がってください」と苦笑した。


 戻ってきた椀を、義龍は両手で包んだ。

 皆の声を聞きながら、しばらく、その温かさを掌に感じていた。

第1章、鯉丸登龍門編。完結。

第2章、宵月の姫君編。12月公開予定。

お楽しみに。

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