第1話『ゴミだと思ってたスキルがぶっ壊れだった件』
ストック切れるまで毎日夜11時に投稿します。
努力は必ず報われる、なんて冷笑もんのおとぎ話を信じているやつは今どきいないと思うが、とはいえ努力もしないで報われたいとわめく甘ったれに成り下がりたくはない。
だから、今日も俺は全力で頭を下げる。
「初めまして! 私、丸井土木の田中龍之介と申します。よろしくお願いいたします!」
俺は過去一の気合を入れながら、名刺を差し出した。
膝と背筋は真っ直ぐ。視線は相手の目元より少し下。名刺は両手で、相手の正面に文字が向くように。
弊社の名刺は、はっきり言ってちょっと見栄っ張りだ。
社員数が百人にも満たない中小企業なのに、名刺だけは某大手デザイン会社に特注して作ってもらったせいか、やたらと垢抜けている。
創業者一族の名字と、業界名をくっつけただけの素朴な社名を金がかかってそうなオシャレなフォントで書いちゃったりしてるし、コーポレートカラーとやらの深緑を、妙に主張が激しい箔押しで縁取ってある。
正直、これを渡されたときは『気合入ってんね~』と冷笑筋がヒクつきそうになった。
身の丈に合わないブランド物を無理して着ている田舎者を見ているような感じ。
しかし、実際に外回りを始めてみると、案外これが馬鹿にならない。
「立派な名刺ですね」と、取引先の担当者に一言言ってもらえるだけで、ちょっとしたアイスブレイクになったりするものだ。
中身がないくせに外面だけよくてもしょうがないが、外面も悪いようなやつはどうしようもない。
不思議なもので、大層な名刺をもらったことにより、この名刺に恥じない営業になろう、なんてらしくない発想が芽生えるようになった。
形から入るタイプ、という言い回しがあるが、俺はどうやらその口だったらしい。
そうして仕事に精を出していたら、幸いにも少しずつ上からの評価も上がっていき、ついに県内では最大手の大口顧客との取引に関わらせてもらえるようになった。
この打ち合わせで、うちの社運が決まると言っても過言ではない。
もちろん、会社が潰れたからって死ぬわけではないし、路頭に迷わせる家族もいない。会社都合だから雇用保険たっぷりもらえるし転職理由にも困んねーじゃんラッキー……とはならない。
今の会社はそこそこ好きだ。
上司は厳しいけどシゴデキの頼れる人だし、先輩は気さくだけど、締めるところはビシッと締めるかっこいい人だ。
社長のことはよく知らんけど、職歴ブラックのジョブホッパーな俺を採用してくれたあたり、懐の広いお方だと勝手に想像している。
だから、俺はこの会社で頑張ると決めた。
バレないサボりをライフハックと言い切ってはばからなかったダサい自分は捨てて、真面目に社会人やってやろうと思えたのだ。
だというのに、目をつぶり、待つこと数秒。
……はて、返事がない。
もしかして、なにか粗相でもあったか?
名刺を渡した相手は? 間違いない。この場で一番の上役である取引先の購買部長だ。ちゃんと挨拶もした。
アポの日時を取り違えただの、他人の名刺を間違って出しただの、そんなくだらないミスをした可能性は皆無だ。
となれば、これはもう俺の管轄外でなにかが起きたとしか思えない。
意を決して顔を上げる。
「あの、どうかなさいました……か……?」
「ゲギャ?」
俺の目の前にいたのは、たまに現場で出くわすたびに偉そうな態度をとってきた、ゴブリンみたいなチビでハゲ頭のおっさん――ではなく、正真正銘のゴブリンだった。
深緑色の肌に、尖った耳。
ツンと鼻をつく汗と垢の混じったような悪臭。
腰まわりにボロ布を巻きつけているほかは、なんの衣服も纏っていない蛮族スタイルだ。
間違っても、こんなやつがスーパーゼネコンの上役などであるはずがない。
「え?」
思わず間の抜けた声を漏らし、辺りをキョロキョロと見渡す。
そこは三角建設の洗練された応接室などではなく、青々とした下草の生い茂る、深い森のただ中だった。
どこからか、甲高い鳥の鳴き声が聞こえ、ガサガサと茂みの奥で何かがうごめいている。
森林浴と洒落込むには、ちょっと緑が深すぎてむせ返りそうなスポットだ。
いや、あの、なんで? どこ、ここ?
頭の中にはてなマークを浮かべまくりながら、事態を把握しようと努めた。
俺はさっきまで取引先にいて、社運をかけた打ち合わせに挑もうとしてて、資料だって何週間もかけて仕上げた自信作で……。
なのに、なにゆえこんなところにいるのでしょうか?
え、樹海? 緊張しすぎて死んだ? 俺。
いや、樹海は死にに行くところで死後に行くところではねえよ。死にに行くところでもないけど。
「ゲギャギャ」
「あっ、どうも……」
混乱しまくっている俺が、後生大事に捧げ持っていた名刺を、ゴブリンがおずおずとお辞儀しながら受け取った。
絶対こいつ知性なんかないだろ。なんでお礼言っちゃうんだよ、俺。
……ん、待てよ。じゃあなんで名刺受け取ったんだ?
そう疑問に思った瞬間。
突如として、脳内にドバッと情報が流れ込んできた。
まるで、期日が明日の朝イチに設定されていたヘビーな仕事を、退勤直前に思い出したときのように。
――そうだ、俺のスキルは『名刺交換』!
俺がビジネスマナーに則って名刺を渡した相手は、必ず名刺交換に応じなければならない!
もし相手の手元に名刺がなかった場合、自動的に本名の記された名刺が生成される!
発動条件さえ満たせば、回避は不可能!
俺は絶対に対象の本名と連絡先をゲットできる!
……使えねえ! なんだこの能力!?
だいたい、なにが悲しくて異世界人の名刺なんかもらわなくちゃならねえんだ。
どうせなら、新卒時代に受けた地獄の新人研修『駅前で赤の他人30人と名刺交換(終わるまで帰社禁止)』やらされてるときに欲しかったわ。
いや、あれは本当にキツかった。なにがキツいって、上司もノルマ達成できないのわかってやらせてることね。
クリア不可能な課題を与えて精神をすり減らして、その後の説教でアメとムチ入れて脳みそ破壊するっていう典型的な洗脳手法。
俺はうっすら察してたから逃げ切れたけど、一緒に入った同期の竹田はダメだった。今ごろ、あいつどうしてんだろうな……。
いや、今はそんなこと心配してる場合じゃねえ! 現実逃避すんな!
つーか、取引は!? 打ち合わせは!?
現実世界の俺はどうなったんだ!?
せっかく今まで心を入れ替えて真面目にやってきたのに、全部パーかよ!
……まあ、落ち着け。ごちゃごちゃ考えても仕方ない。
ここは異世界だということで、とりあえずは置いておこう。
伊達に営業一本でやってきてはいない。この手の理不尽は何度も乗り越えてきた。
その経験が告げている。
今、俺が直面している課題は、そんな些細なことではない。
「ゲギャ! ゲギャギャ!」
「ゲギャア!」
「ああっ、俺の名刺!」
この野郎、人様の名刺を目の前で破りやがった! クソブラック時代を思い出しちまうだろうが!
しかも、なんか知らんが怒っていやがる。
周りには、同じような風体のゴブリンが合計4体ほど。
まずいな。体格差は歴然だが、数では大敗だ。一対一なら勝ち目があるかどうかは知らない。
オーバーヒートしかけの脳みそをフル回転させ、現状を乗り切る策を考えた。
どうやら、この『名刺交換』スキル、ゴブリン相手でも多少の効果はあるらしい。
さっき、ゴブリンが俺の名刺をきちんと受け取ったのがその証拠だ。
もっとも、名刺交換はしてくれなかったが……。まあ、ゴブリンの名刺なんかもらったところでしょうがない。
重要なのは、隙をつくれるという点だ。
「私、こういうものです! こちらもどうぞ!」
矢継ぎ早に残りのゴブリンたちに名刺を渡していく。
思った通り、彼らはそこに印字されている俺の名前やメールアドレスをしげしげと眺め始めた。
よし、この調子で逃げる機会を伺えば……!
そんな楽観的な考えが浮かんだときだった。
「ゲギャ!」
「がっ……!」
名刺を渡すのが間に合わなかったゴブリンに、思いっきり頭を棍棒でぶん殴られた。
視界に星が飛び散り、地面に倒れ伏す。
頭を抱えてうずくまる俺を、ゴブリンどもが袋叩きにしてくる。
「や、やめ……」
全身を痛めつけられ、遠のく意識の中。
必死に手を伸ばした俺を嘲笑うように、ゴブリンはニヤリと黄色い歯を見せて、高々と棍棒を振りかぶった。
ゴッ!
重たい衝撃が脳天を撃ち抜き、俺の意識は途絶えた。




