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黒の執行者‐BLACK EXECUTER‐  作者: 黒陽 光
Chapter-03『オペレーション・スノーブレード‐Operation Snow Blade‐』
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第八章:Shadow Encounter/01

 第八章:Shadow Encounter



「……本気なのか?」

 このエルロンダイクにある全てのサイバーギアを、破壊する。

 そう言った瑠梨に向かって、戒斗は思わず訊き返していた。

 とても正気とは思えない。相手は頑丈かつ俊敏な完全義体で武装した無敵のサイボーグ兵士だ。まして彼女の言い方だと、一体や二体ってわけじゃない……それを全て破壊するだなんて、とても正気とは思えなかった。

 だから、戒斗は思わずそう訊き返してしまっていた。

「本気じゃなきゃ、わざわざこんなことは言わない」

 しかし瑠梨は真っ直ぐ彼を見据えながら、ハッキリとそう言い切ってみせる。

「何か勘違いしているかも知れないけれど、私はなにもサイバーギアと正面切って戦えとは言っていないわ。というか言えないわよ、私はあの機械人形の恐ろしさを……少なくともここでは、他の誰よりも知っているつもりだから」

「……じゃあ、どうするつもりだ?」

「当たり前だけれど、ここにあるサイバーギアは全て休眠状態で保管されているわ。私が加わるより以前……恐らく月詠博士が居た頃に造られたものが四体、今は研究開発用として保管されているの」

「なるほど……無防備な休眠状態であれば、確かに破壊は容易ですね」

 と、そう呟いたのは――今まで無言を貫いていた遥だ。

 瑠梨はそんな彼女に「その通りよ、銀髪の可愛いお嬢さん」と頷き返して。

「保管場所はこの(ノース)ウィングの地下八階にあるラボよ。研究室とメンテナンスルームを兼ねた場所で、そこに四体のサイバーギアが保管されている。今日は実機を使った実験の予定は無かったから、確実に四体全てがそこにあるはず」

「……だそうだが、どうする二人とも?」

 後ろを振り向きながら、戒斗が遥と紅音に問いかける。

 すると二人は互いに一度見合った後、また戒斗たちの方に視線を戻し。

「私は……構いません。戒斗の判断にお任せします」

「こっちも右に同じだよ。私はあくまで助っ人の身だから、リーダーの決定には従うよ。それに……あんな化け物サイボーグを四体まとめて、楽に倒しておけるってのは良いと思うからね」

 と、遥と紅音はそう言った。

 それを聞いた戒斗は小さく肩を竦めると、正面に立つ瑠梨の方に向き直り。

「……オーライ、じゃあ決定だ。あんたの言う通りにラボへ寄り道するとしよう」

 そう言って、提案に乗ることを了承した。

 瑠梨は「ありがとう」と短くお礼を言って、

「わがままを言って悪いわね、よろしく頼むわ。ええと……貴方たち、まだ名前を聞いていなかったわね」

「戒斗だ、戦部戒斗。好きに呼んでくれて構わない」

「……長月遥と申します。宗賀衆は上忍、忍名(しのびな)は『雪華(せっか)』……私も、呼び方はお任せします」

「私は深見紅音。覚えても覚えなくても、どっちでもいいよ」

「そう、戒斗に遥ちゃん、それに紅音ね……覚えたわ。私も瑠梨って呼び捨てにしてくれていい。博士って呼ばれるの、何だか肩が凝ってあんまり好きじゃないのよ」

「オーライ、じゃあ好きに呼ばせてもらうぜ。俺も堅苦しいのは苦手なタイプなんでな、そう言ってもらえると助かるぜ――なぁ、瑠梨よ?」

「戒斗も私も、お互い気が合いそうね」

「の、ようだな」

 といった風に遅めの自己紹介を握手と一緒に交わした後で、ふと気付いた戒斗は無線機に耳を傾けてみる。

 左耳のインカムじゃなく、さっき拝借した敵の無線機だ。

「……無線が騒がしくなってきたな。どうやら外の死体に気付かれたみたいだぜ」

 それに耳を傾けながら、戒斗が皆に言う。

 敵の交信を聞いている感じだと、敵はやっと外の死体に気付いたらしい。(サウス)ウィングの地上、ヘリポート近くのキャットウォークで死体を発見した。それに監視塔も片方やられている……と、なんだか混乱した様子だ。

 それに連動するかのように、あちこちが騒がしくなり始める。どうやら敵が警戒態勢に入ったらしい。ここから先は、今までのように敵の目を掻い潜って素通り……というのは、より難しくなるだろう。

 が、それも織り込み済みだ。むしろここまで長いこと気付かれなかったのは運がいい。むしろ今までもってくれて御の字だ。

「じゃあ、急いで脱出しなきゃね。ここからは好きに撃って良いんでしょう?」

 それを聞いた紅音が、ふふっと好戦的な笑みを見せながら言う。

 戒斗は「まあな」と呆れっぽく肩を竦めながら返し、

「この先はそれぞれの判断で好きに撃っていい。ただし極力こっそり行く方針は変わらねえぜ」

「分かってるよ、それぐらい私もちゃんと分かってるから」

「だと良いんだがね……」

「む、その顔は私を疑ってる?」

 小さく頬を膨らませて言う紅音に「さあ、どうだかな」と戒斗ははぐらかしつつ、瑠梨にチラリと横目の視線を投げかける。

「そういうことだ、持っていく物があるなら手早くまとめてくれ。すぐにここを離れる」

「分かった、少し待ってて」

 言って、瑠梨は研究室から持ち出す物を用意した。

 まあ、といっても大した量じゃない。いくつかの私物にノートパソコンがひとつだけの、本当に少ない荷物だ。

 戒斗はそれらを瑠梨から預かると、自分の背負っていたバックパックに全部収める。

「後は……よし、これで大丈夫なはず」

 そうして戒斗に私物を預けた後、瑠梨は研究室にある機材のキーボードを叩きながら呟く。

 怪訝に思った戒斗が「何をしたんだ?」と問うと、

「消去してあげたの。このエルロンダイクにあるプロジェクト・エインヘリアルの研究データを全てね」

 振り向いた瑠梨はそう、あっけらかんとした顔で答えてみせた。

「全体から見れば一部に過ぎないけれど、でもここにある分だけでも葬っておけば、それだけプロジェクトに打撃を与えられるはず。少なくとも現行のサイバーギアに関しては、これでまた計画をストップさせられるはずだわ。だってここが開発の本拠点なんだから」

「……マジかよ。顔に似合わずやることが派手だな……」

 驚きを通り越して、戒斗はもはや絶句していた。

 彼女はたった数秒で、ミディエイターに大きな打撃を与えたのだ。それをあっけらかんとした顔で、さも当然のような顔で言ってのけた瑠梨の……その度胸というか、胆力にただただ戒斗は圧倒されていた。

「サイファーがここに来たときから、いつかここを離れる日が来るって信じてた。だから前から準備しておいたのよ、ここにある研究データをボタン一押しで消去できるような細工をね。一ヶ月も準備期間があったから、余裕をもって仕込んでおけたわ」

「な、なるほどな……何にしても見事だぜ、俺たちには出来ないやり方だ」

 戒斗は圧倒されつつも、小さく咳払いをして意識を切り替える。

「琴音、表の見張りに動きはないか?」

 そうした後で、戒斗はインカムに向かって話しかけた。

『――うん、さっきと変わらずドアの前に張り付いてるよ』

 すぐに琴音の声が返ってくると、戒斗は「そうか……」と顎に手を当てて少し思案する仕草をする。

 と、直後に瑠梨の方に視線を流せば。

「廊下に見張りが居る、どうにか部屋の中に誘い込めないか?」

 そう、瑠梨に問うていた。

「誘い込む、って……よく分からないけれど、やってみる」

 瑠梨は一瞬戸惑いはしたものの、しかしすぐに彼の意図を汲み取ると、コクリと頷き返してくれる。

 それに戒斗は「すまないな」と詫びつつ、他の二人に目配せをする。

 無言のまま、アイコンタクトで意思疎通をすると……研究室のドアのすぐ傍、左右に別れて壁際に張り付いた。

 戒斗と紅音がドアの両脇を挟み、その近くで遥がバックアップに入る形だ。

「ちょっと、頼みがあるんだけど」

 と、瑠梨がドアをノックしながら向こう側に居る見張りに話しかけた。

「さっきそこで(つまづ)いた時に、足をくじいちゃったみたいで……悪いけれど、医務室まで連れて行ってくれない?」

 さも痛そうな声音を作りつつ瑠梨が言うと、ドアの向こうから仕方ないなといった風な声が漏れ聞こえてくる。

 その直後、自動開閉式のドアがシュッと横に開く。

 そうすれば、表に居た見張りの二人が研究室に入ってきて――ドアの左右で待ち伏せしていた戒斗たちの目の前に、呑気な顔で姿を現した。

「よし、二名様ご案内だ――――っ!」

 見張りが部屋に入ってきた瞬間、戒斗は即座に動いていた。

 コンバットナイフを左手で抜きながら、半ばタックルを仕掛けるように見張りの男に飛び掛かる。

 そのまま勢いをつけて床に押し倒し、左手のナイフを思いきり首元に突き刺した。

「なっ――――!?」

 直後、遅れて入ってきたもう一人の方が驚きながら銃を構えようとしたが。

「あははっ、ごめんね――――貴方、遅すぎるよっ!!」

 しかし間髪入れずに飛び掛かった紅音が、それを許さなかった。

 さっきの戒斗と同じように見張りの男をダンッと床に張り倒して、紅音の場合はそのまま両腕で首を締め上げると――力を籠め、ゴキンと男の首をへし折ってしまった。

 戒斗に刺された方と、紅音に首を折られた方。二人の見張りがほぼ同時に事切れる。

「よし、これで一丁上がりだね」

「相変わらず、お前の格闘術は見事だな」

「ふふっ、戒斗ってば褒めても何も出ないよ?」

 立ち上がり、戒斗はナイフを鞘に収めながら、紅音は小さく笑いながらそう言い合う。

 その傍らで、一部始終を間近で見ていた瑠梨はというと――――。

「あらー……お気の毒に」

 と、床に転がる遺体二つを見下ろしながら、なんとも言えない顔でひとりごちていた。

 そんな風に瑠梨が微妙な顔を浮かべる中、しゃがみ込んだ戒斗は足元に転がる(むくろ)の身に着けた装備を探り始める。

「瑠梨、君はこれを持っておけ」

 すると戒斗は、右腰のホルスターに差さっていたピストル――プラスチック製のグロック19を抜き取ると、それを何故だか瑠梨に向かって差し出した。

「これを、私に?」

「転ばぬ先の杖って奴だ。自分の身を守るための道具も必要だろ? 使い方は分かるか?」

 瑠梨は差し出されたグロックを受け取りながら「ええ」と頷き返す。

「MITに居た頃、友達に教えてもらったわ。グロックもよく使ってたから大丈夫」

「オーライ、なら説明は必要ないな。これは予備のマガジンだ、一応持っておけ」

 続けて戒斗は剥ぎ取った予備マガジンも彼女に手渡すと、ゆっくりと立ち上がり……提げていたSR‐25スナイパーライフルを握り直す。

「マリア、聞こえるか?」

 そうしながら、戒斗は再びインカムに向かって呼び掛けた。

『――――ああ、聞こえてる。瑠梨ちゃんとは接触できたかい?』

「どうにかな。これからすぐに脱出……と言いたいところだが、チョイと野暮用が出来ちまった。これから地下八階のラボに行って、保管されている四体のサイバーギアを破壊する」

『破壊? ……まあ判断は君に任せるけれど、寄り道するなら手短にね。天気の変化が予想よりも早くなってる……このままだと、君らをピックアップするのも難しくなってしまうから』

「急げるだけは急ぐ、あんたは合図を待っててくれ」

『了解。でもカイト、十分に気を付けてね。保管中とはいえ……それがサイバーギアであることに変わりはないんだ』

「分かってるさ。とにかく可能な限りは急ぐつもりだ」

 そう言って、マリアとの通信を終えた戒斗は――瑠梨や遥、紅音たちの方に向き直ると。

「急いだ方が良さそうだ、このままだと吹雪のせいで迎えのヘリが来られなくなっちまう。俺たち三人で瑠梨の守りを固めつつ地下八階のラボに向かう。琴音は道案内しっかり頼むぜ」

 続けてそう言うと、瑠梨たちを連れて研究室を後にしていった。

 向かう先はこの真下、(ノース)ウィングの地下八階にあるラボ――四体のサイバーギアが安置されている場所だ。

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