第八章:Shadow Encounter/02
チーン、と到着のベルが鳴る。
ゆっくりとエレベーターのドアが開けば、そこから瑠梨を連れた戒斗たちが出てくる。
そんな彼らが降りた先は地下八階。戒斗と紅音が左右に広がり、その後に遥が続いて出る形で周囲の安全を確かめる。
「よし、ここはクリアだ……瑠梨、次はどっちだ?」
「正面を真っすぐ、突き当たったら左よ。その先に一番近いラボの出入り口があるわ」
背中から聞こえる瑠梨の声に「了解」と答えつつ、戒斗は他の二人にハンドサインで指示。それぞれライフルを構えながら慎重に、しかし素早く行動を開始する。
「琴音、この先に敵は?」
『んーと……その道を突き当たった右から三人、お兄ちゃんたちの方に歩いて来てるね。戻って遠回りすれば避けられるけれど……どうする?』
琴音の問いかけに戒斗はいや、と首を横に振り。
「迎えの時間もある、これ以上のタイムロスは極力避けなきゃならん。強行突破でいく」
と、隣を歩く紅音の方に目配せしながら言った。
それに紅音もニヤリと口角を釣り上げて、
「ふふっ、そうこなくっちゃ。私が先に仕掛けるから、戒斗はフォローして。そんなライフルだと動きにくいでしょう?」
「ありがてえ、こんなデカブツで接近戦はキツいからな」
『……ん、来るよ!』
琴音が呼びかけてきたとき、ちょうど戒斗たちは廊下の突き当たりに差し掛かったところだった。
インカムから彼女の声が聞こえて数秒後、目の前の丁字路から人影が現れる。
右の曲がり角から、報告通りに三人。呑気に世間話なんかしながら歩いていた彼らは――しかしチラリ横目に戒斗たち侵入者の姿を見つけた瞬間、ハッと血相を変えて戦闘態勢を取ろうとする。
だらりとした雰囲気から一変、三人の兵士たちは青ざめた顔でライフルを構える。
「あははっ、遅い遅いっ!!」
が――――それよりも、紅音が撃つ方が圧倒的に早かった。
鉢合わせた瞬間、奴らが銃を構えるよりも早く彼女の指はトリガーを引く。
バスバスッ、とくぐもったサイレンサー越しの銃声が鈍く響いた。
そうして紅音のG36Cが火を噴けば、その銃口が睨む先で――まず一人、側頭部を撃ち抜かれて倒れる。
「次っ!」
瞬時に紅音は狙いを変えて、二人目に向かって撃つ。
再びくぐもった銃声が木霊し、胸に三発ほどが命中。しかし今度は身に着けていた防弾チョッキに弾かれてしまい、貫通はせずに吹っ飛ばすのみに留まった。
「戒斗、後はお願いっ!」
「あいよ、フォローは任せな」
紅音に言われるまでもなく、戒斗は既に三人目へと照準を定めていた。
この至近距離だ。スコープは使わず、右斜めに傾けて装着されたドットサイト――接近戦用の照準器で狙い定める。
斜めに倒して構えたSR‐25のトリガーを引き、一発のみを撃ち放つ。
すると――三人目の敵、今まさに紅音にライフルを向けていたソイツの眉間に、戒斗の放った弾丸が突き刺さった。
場所は眉間、しかも大口径のライフル弾だ。二発目なんて必要あるわけもなく、撃たれたソイツは眉間から真っ赤な血の華をパッと派手に咲かせてバタンと倒れた。
その間にも、紅音は二人目の方……防弾チョッキに防がれた奴の始末をつけていた。
「よし、これで全部だね」
仰向けに倒れた二人目の、防弾チョッキに守られていない頭を撃ち抜きつつ……振り向いた紅音は、涼しい顔でそう言う。
と、ひとまずの脅威を退けて、ふぅと小さく息をついた時だった。
――――背後から、またくぐもった銃声が響いたのは。
「ッ!」
バスバスバスッ、とサイレンサー越しの銃声が連続して響く。
それにハッとした戒斗が振り返ると、目に入ったのはG36Cを構えた遥の背中と……その向こうで今まさに膝を折った、二人の敵の姿だった。
「……大丈夫、こちらも排除完了です」
唖然とした顔で戒斗と紅音が見つめる中、振り向いた遥がいつもの無表情で、抑揚の少ない声でポツリと呟く。
それを見た戒斗は一言、はぁと溜息をつきながら。
「……琴音よ、来てるなら来てるって言ってくれねえと困るぜ……」
と、呆れっぽくインカムに向かって呟く。
『いやー……私が言うよりも前に遥ちゃんが動いてたから、つい言いそびれちゃって……』
「頼むぜ、マジによ……」
やれやれと戒斗は肩を竦めつつ、また遥の方に視線を向ける。
「ま、何にせよ助かったぜ。ありがとな遥」
「いえ、近づく気配に気付きましたから……すみません、先に報告すべきでした」
「構わねえさ、結果オーライって奴だ」
小さく肩を揺らして言うと、戒斗たちは移動を再開した。
琴音のサポートに従いながら、再び敵と出くわした時には、同じように先制攻撃で静かに排除しつつ……すぐに戒斗たちは目的地に辿り着く。
「……ここが、ラボか?」
閉じたドアの前に立ち、戒斗が問う。
それに瑠梨は「ええ」と静かに頷き返し、
「この先が私たちのラボ、サイバーギアが保管されている場所よ」
と、神妙な面持ちで呟いた。
「見たところ、セキュリティロックが掛かってるみたいだが……どうする?」
「大丈夫よ、私のキーカードで開けられる」
そう言って瑠梨はスッと白衣のポケットからIDカードを取り出すと、それをドア横のセンサーにかざす。
するとピピッと短い電子音が鳴って、固く閉じられていたドアがひとりでにシュッと開いた。
『気をつけてね、その先には監視カメラは無いみたいだから』
「了解だ、琴音はラボの周辺警戒を頼む。誰か近づくようなら知らせてくれ」
『おっけー、任せて』
「……入りましょう、案内するわ」
先にドアを潜った瑠梨の後についていく形で、戒斗たちはラボの中に足を踏み入れていった。
狭く短い廊下を歩き、更にもう一枚のセキュリティドアを潜っていった先。そこが……目的地のラボ、四体のサイバーギアが保管されている場所だ。
「思ったより広いんだな、研究室っていうより工場みてえだ」
「私たちの相手は機械仕掛けのお人形、高度なメカニズムの塊よ。これぐらい油っぽいラボでも不思議じゃないと思うけどね」
違いない、と戒斗は瑠梨に返しつつ、そのラボの中を見渡した。
――――そこは彼が言ったように、どちらかといえば工場のような雰囲気だった。
割に広い空間に、あれやこれやと様々な機械が設置されている。そのどれもがサイバーギアの研究開発や、日々のメンテナンスに使う機材なのは言うまでもないことだ。
とはいえ、工場のようだといっても小汚くはない。一誠の店のような町の修理工場という感じじゃなく、どちらかといえば……自動車や最新の精密機器を製造しているような、埃ひとつない清潔な場所といった雰囲気だ。
実際、床は灯かりを反射するぐらいピカピカに磨かれているし、あちこちの機材もまるで新品みたいに綺麗だった。
「……で、サイバーギアってのはどこにあるんだ?」
ライフル片手に訊く戒斗に、あそこよと瑠梨は指を差す。
そうして彼女が指し示した方を見てみると……確かに、それらしきものが見えた。
紅音たちを連れて、ゆっくりとそちらに近寄ってみる。
すると、そこにあったのは――――手術台のような機材に横たわる、人型の機械人形だった。
「…………マジかよ」
「これは……予想していたよりも、ずっと禍々しい……」
「サイボーグっていうか、これじゃあターミネーターって感じだね……」
目の前に横たわるそれを目の当たりにして、戒斗と遥、それに紅音までもが苦い表情で呟く。
そんな三人に向かって「驚いたみたいね」と瑠梨はダウナーな声で言い。
「そう、これが貴方たちの探していたサイバーギア……私たちの、罪そのものよ」
と、彼女もまた目を細めながら……そう、呟いていた。
――――――サイバーギア。
不可能とされていた完全義体を実現させた、無敵のサイボーグ兵士。サイファーがもたらしたデータで概要こそ把握していたが、しかし直にこうして目にすると……戒斗たちは思わず、苦い表情を浮かべてしまう。
さっき紅音はサイバーギアを見て、ターミネーターみたいだと言った。
まさにその通りで、今目の前に横たわるそれは……全身の機械がほぼ剥き出しの、まるでロボットのような外見をしていたのだ。
例えば義手のようなインプラントには、よっぽどの理由がない限り人工皮膚を上から被せるのが一般的だ。それこそ戒斗たちが以前に戦ったマティアス・ベンディクス、あの『悪魔の右手』で恐れられたスイーパーの右腕がそうであったように。
……が、このサイバーギアは違う。
機械部品を覆い隠すどころか、頭のてっぺんから足の先まで、全てが剥き出しになっているのだ。
全身を覆う軽量な複合装甲版や、頭部に埋め込まれた義眼。そういったものが何もかも、生身を装うことを放棄したみたいに全てが露わになっている。
こういうインプラントに本来あるべき人工皮膚なんて、どこにもない。金属がそのまま剥き出しになった鋼鉄の身体は……どう見たってロボットのそれだ。とてもじゃないが、中身が人間とは思えなかった。
顔こそ辛うじて人間のようだが、しかしそこにも人工皮膚は被せられていない。頭髪もなく、代わりにヘルメットのような部品と一緒に、半透明のバイザーが備わっているだけ。目はカメラっぽい義眼が剥き出しだし、口も似たようなものだ。
本当に……まるで映画の中のターミネーターみたいな見た目だ。もう外見は完全にロボットのそれで、コイツの頭の中にちゃんと人の脳みそが収まっているなんて、とても信じられないような風貌だった。
そのサイバーギアが四体、このラボの中に安置されている。
全て同じような機材に寝かされて、今はまるで眠り姫のように……鋼鉄で出来た四つの義体は、そこに横たわっていたのだった。
「確か、紅音だったっけ……貴女のターミネーターみたいって喩えは、実際のところ間違いでもないのよ。戦闘を目的としたサイボーグ兵士は、確かに映画の中のT‐800そのものね」
違いがあるとすれば、人の脳みそが詰まっているかどうか……。
サイバーギアの寝かされている機材、その傍に立つ瑠梨がシリアスな面持ちで言う。
「そう、まさに戦闘ロボットそのものなのよ。サイバーギアに残っている生身は脳と脊髄ぐらいしかない。むしろ脳みそを機械の身体に移し替えた……って方が、より適切な表現なのかもね」
「なるほどな……」
苦い顔で呟く戒斗の方に、瑠梨はチラリと横目の視線を向けると。
「元になった人間、移し替えた脳みその持ち主については、私は何も知らないわ。というか私たちの代では新規に造ってはいないの。その辺りのこと……月詠博士は、何か言ってなかったの?」
そう問いかけてくるが、しかし戒斗はいやと首を横に振る。
「実際に施術してたらしい先生も、被験体の素性は知らされてなかったそうだ」
「ま、そうでしょうね……わざわざ教えるはずもない、か」
溜息交じりに呟いて、瑠梨はまた目の前に横たわるサイバーギアの方に視線を落とす。
「とはいえ、実際誰でもよかったんでしょうね。サイバーギアに移植されている脳みそなんて、所詮は演算プロセッサ代わりでしかないもの」
「……どういうことだ?」
怪訝そうな顔で訊き返す戒斗に、瑠梨は「簡単な話よ」と言う。
「下手なものを積むより、人間の脳に電極を刺した方がよっぽど高性能なコンピューターになるってわけ。必要なのは脳という部品のシステムだけで、元の人格はどうだっていいの。どうせサイバーギアに自我なんて無いんだから」
「自我かない、って……本当なのか、それは?」
「あら、月詠博士から聞いてないの?」
絶句する戒斗に向かって、瑠梨は逆に驚いて目を丸くする。
が、すぐに納得したように一人で小さく頷くと。
「……もしかしたら、知らなかったのかも知れないわね」
そう、半ば独り言のように呟いた。
「実際どうかは分からないわ。ただ……昔関わっていた博士がそれを知らないはずがない。でも本当に知らないのだとしたら、それはきっと計画の凍結解除後……つまり私たちの代になってから、サイバーギアを自我のない人形に仕様変更したのかも」
「その辺りのこと、君は把握していないのか?」
戒斗が訊けば、瑠梨はええと頷き肯定する。
「開発チーフといっても、私はあくまでここエルロンダイクの開発部門のチーフに過ぎないの。計画を統括しているのはもっと上の部署、こことは別の場所にあるチームだそうよ」
「なるほどな……」
「だから、実際のところは私にも分からない。ただ……確かに、エーレンフェスト教授ならやりかねないかも」
後半の方はブツブツと独り言のように呟きながら、瑠梨は改めて目の前のサイバーギアに向き直る。
そして、横たわる機械人形を見つめること数秒。また戒斗たちの方に振り返ると、今度はこう言った。
「……とにかく、私はこれを破壊するわ。さっき貴方に預けた私のラップトップ、出してくれる?」
瑠梨に言われて、戒斗はああと頷きながら背中のバックパックを下ろし、さっき彼女から預かっていたノートパソコンを渡してやる。
ありがと、と言ってそれを受け取った瑠梨は、早速ノートパソコンを目の前の機材とコードで接続。カタカタとキーボードを叩き、何かのプログラムを実行した。
「何をする気だ?」
戒斗が訊くと、瑠梨は「簡単なことよ」と答える。
「このサイバーギアの頭に埋め込まれた演算ユニットに意図的な過負荷を掛けて、移植した脳ごと焼き切るの」
「なるほどな。いくらサイバーギアが無敵のサイボーグつっても、肝心の脳みそを黒焦げにしちまえば関係ねえってか」
「そういうこと。サイファーが私のところに来たときから、ずっと準備してたプランのひとつよ。ただし……システムに直接潜り込む必要があるから、今みたいなメンテナンスモードの時にしか使えないけれどね」
「ま、楽して壊せるだけ上等だ。こんな化け物と戦わずに済むんなら、それに越したことはない」
小さく肩を竦めつつ、戒斗は瑠梨の作業をじっと見守る。
画面を見ても、何をやっているかはよく分からない。画面に見えるのは黒背景のコマンドプロンプトのウィンドウのみ。門外漢の戒斗にはちんぷんかんぷんだ。
ただ複雑なプログラムをいくつも走らせていることは、何となく理解できるような気がした。
『――――待ってお兄ちゃん、誰か来るよっ!』
そうして瑠梨の作業開始から数分が経った頃、インカムから琴音の焦った声が聞こえてくる。
「どこから、数は!?」
『さっきお兄ちゃんたちが入ったのとは逆の入り口から、数は二人! 後ろ姿だけだったから顔は見えなかったけれど……でも、他の人たちとはなんか違う感じだよっ!!』
他の敵とは、違う感じの二人組――――。
(まさか……っ!?)
何かに思い当たった戒斗はハッと顔を青ざめさせて、瑠梨の肩を叩く。
「瑠梨、まだかっ!?」
「あと少しよ、急に慌ててどうしたの」
「敵が来る! それも俺の考えが確かなら……ヤバい奴らだっ!!」
「っ……もう少しだけ待って、あと十秒!」
戒斗の剣幕でただごとではないと悟った瑠梨は、今までよりも早いペースでキーボードを叩く。
カタカタカタ、と彼女の細指がキーボードの上を走る音が聞こえる。
五秒、十秒……ほんの僅かな時間が、今は永遠にも感じられるほど長く、長く引き伸ばされていた。
「……よし、終わったわ!」
「ならとっとと隠れるぞ……遥、紅音っ!!」
「はい……!」
「何だかよく分かんないけど、ヤバそうだね……!」
瑠梨が機材に繋いだコードを引っこ抜いたのを見てから、戒斗たちは慌てて身を隠す。
戒斗と瑠梨、遥と紅音に別れて、それぞれ手近なデスクの裏側に隠れる。
と、身を隠して数秒後――ギリギリのタイミングで、遠くのドアが開く音がした。
琴音の言った通り、戒斗たちが入ってきたのとは反対側のドアが開き、二人分の足音がこのラボの中に入ってくる。
「いやあ、侵入者とは参ったね……でもまあ、仕方ないか。ここの警備はカカシ同然の連中ばっかりだったから。いくらこんな山奥だからって、ちょっとあんまりだよね」
「しかし、ここを突き止め潜り込むことの出来る人間、私の心当たりはひとつしかない」
「ふふっ、そうだね八雲……分かるよ、僕も君と同じことを考えていたから」
足音が入ってくるのと一緒に、聞こえてくる二人の男の話し声。
片方は、どこか好青年のような爽やかな声。そしてもう片方はどこか武人めいた古風な口調の声。
どちらも、戒斗と……そして遥にとっては聞き覚えのある声だ。その声の主が誰かなんて、わざわざ顔を見ずとも分かること。
――――戦部暁斗と、長月八雲。
さっきヘリポートで見たときから、嫌な予感はしていた。決着はつけたい、だが今は出会いたくない二人が今……戒斗たちのすぐ傍まで、迫っていた。




