第六章:緋色の月
第六章:緋色の月
赤い月が照らす、そんな夜のこと。
アメリカ西海岸の大都市ロサンゼルス、その都心部にあるビル最上階のペントハウスで――夜空に浮かぶ赤い月を眺めながら、薄暗い部屋の中で二人の青年が言葉を交わしていた。
「その後、あの者たちに目立った動きは無いと聞いたが」
どこか古風な言い回しでそう言うのは、ソファに浅く腰掛けている青年。
銀色の長髪で、180センチを超えた長身痩躯の彼――長月八雲はそう、細めたルビーの瞳でもう一人の青年に……窓際に立つ彼に視線を流しながら言う。
すると、窓際に立つもう一人はフフッと小さく笑い。
「今のところ、兄さんたちはこれといったアクションを起こしてはいないね。とりあえずは放っておいてもいいんじゃないかな?」
と、ブラックグリーンの前髪を揺らしながら八雲に答えた。
「それとも、八雲は妹ちゃんのことが気になるかい?」
「否定すれば、それは嘘をついたことになるであろう。遥は我が妹だ、気にならぬはずがなかろう……暁斗よ」
「ま、そうだよね」
八雲の返す言葉に、彼は――暁斗と呼ばれた彼は大きな窓に軽くもたれ掛かりながら、またフフッと笑って返す。
――――戦部暁斗。
それは他の誰でもない、戒斗の弟。死んだと思われていた……今は敵対する立場にある、彼の実弟だった。
長月八雲と、戦部暁斗。
遥の兄と、戒斗の弟。そんな二人が居るこのペントハウスは――ミディエイターの所有する、いわば隠れ家のような場所だった。
「ま、兄さんたちのことは置いておいて……プロジェクト・エインヘリアルの件だけど、八雲は何か聞いているかい?」
そんなペントハウスの窓際に立ちながら、暁斗は柔な声音で問う。
すると八雲は「いや、私はこれといって何も聞いてはおらぬ」と首を横に振って返した。
「私よりも、そなたの方が多くを耳にする立場にあるのではないか?」
「ま、そうなんだけどね。実際そんなに進捗は芳しくないみたいだよ。スレイヤーはともかく、サイバーギアの方が特に難航しているみたいだ」
「サイバーギア……人であって人ならざる者であったか」
「一度は凍結されていた計画だからね、再始動してここまで漕ぎつけただけでも凄い話だよ。とはいえ……あくまでエクステンダーの研究開発に応用するためなんだけれどね」
「ふむ……そういった話には疎くてな」
腕組みをして唸る八雲に「ふふっ、君はそうだろうね」と暁斗は微笑み。
「じゃあ、折角だし一度見に行ってみようか」
と、急にそんなことを言い出した。
「……また、藪から棒であるな」
「一度はエルロンダイクに様子を見に行けって、ボスには前から言われていたんだ。どのみち視察に行くのなら、八雲も一緒にどうかなって」
「ふむ……エルロンダイク、確か我らミディエイターの研究所であったか」
「そうそう、今のサイバーギア開発のメインラボだね」
「そなたがそう言うのであれば、私も異存はない。サイバーギアとやらにも興味はあるのでな」
「じゃあ、決まりだね」
腕組みをして言う八雲と、フフッと窓際で笑う暁斗。
彼らもまた、極北の地に赴こうとしていた。北アラスカの山奥にあるミディエイターの秘密研究施設、エルロンダイクへと。
これは偶然なのか、それとも導かれた必然なのか。
戒斗たちも、無論ここに居る彼らも、未だ知るよしはなかった。今再び同じステージに上がろうとしていることを、白雪に包まれた極北の地で再び相まみえる運命にあることを……。
そんな偶然の不思議を、数奇な運命を暗に告げているかのように――――夜空に浮かぶ月はまだ、緋色に染まったままだった。
(第六章『緋色の月』了)




