第五章:備えあれば憂いなし
第五章:備えあれば憂いなし
――――その、次の日のこと。
茜色の空から西日が差し込む夕暮れ時、戒斗は紅音の運転する車に揺られていた。
学園が終わった後、ひとまず自宅に帰ってから彼女に迎えに来てもらったのだ。行き先は一誠の修理工場。昨日預けた戒斗の車を取りに行くついでに、戦いに備えての装備調達のために向かっていた。
作戦を決行するのは、およそ一週間後の週末。夏休みを間近に控えたそんな時期に仕掛けようと、菫と昨日会った後にマリアが決めたのだった。
「なあ、紅音よ」
窓の外を流れる景色を眺めながら、戒斗は何気ない調子で隣の彼女に声を掛ける。
すると紅音は「なに?」とハンドルを握ったまま、視線は前に向けたままで反応するから、戒斗は続けてこんな質問をしてみた。
「車、いつの間に変えたんだ?」
「色々あったんだよ、前のは駄目になっちゃって」
「前は確かマスタングだったよな? 青い2015年式の」
「そうなんだけれどね、そっちは壊されちゃったんだよ。前にゴタゴタしてた時期があったよね? あの時にね」
「あー……そんなこともあったな」
戒斗の記憶が確かなら、紅音の愛車は彼と同じアメ車、2015年製の青いフォード・マスタングだったはずだ。
が、今乗っているのはカラーこそ同じ青色なれど、マスタングとは似ても似つかないものなのだ。
――――ミニ・クーパーS。
といっても有名な古いイギリス車の方じゃなく、BMW資本で造られたいわゆる『BMWミニ』の方だ。2014年製で、BMWミニとしては二代目に当たる3ドアのハッチバック車。それが紅音が今運転しているこの車だった。
ちなみに右ハンドル、6速マニュアル仕様だったりする。可愛らしい見た目のハッチバックだが、これでいて意外に戦闘力は高い。紅音のイメージとはちょっと違うチョイスだが、これはこれで良いものだ。
「それにしても、戒斗を横に乗せるなんて久しぶりだね」
「意外に機会って無いもんだからな。……あ、そこ右折だ」
「分かってるよ、言わなくたって。……お互い、あんまり会うこともないからね」
なんて風に何気ない会話を交わしている内に、やがて紅音のミニクーパーは目的地に到着する。
街の片隅にある、見慣れた一誠の修理工場。その前に車を停めると、二人はそのまま工場の中に入っていく。
「お、待ってたッスよー」
半開きになった大きなスライドドアを潜っていくと、すぐに一誠が出迎えてくれた。
「今日は紅音さんもご一緒なんスね、お久しぶりッス」
「ん、ご無沙汰だったね」
「あれからミニクーパーの調子どうッスか?」
「悪くないよ、修理の方はどうなってるの?」
「あー、紅音さんのマスタングの件ッスよね……一応、順調ッス。腕のいい板金屋が知り合いに居るんで、そこにフレーム修正とか頼んでるッス。もう少しでそれも終わる予定ですけど……仕上がるまではまだまだ時間かかるッスよ」
「了解、それまではミニで我慢だね」
「生粋のアメ車党な紅音さんにはキツいかもッスが、なにとぞよろしくッス」
「いいよ、これはこれでいいなって思い始めたところだし」
と、紅音と一誠は親しげな様子で会話を交わしている。
言わずもがなだが、この二人も互いによく知った仲だ。マリアを介して知り合ったらしく、彼女が前に乗っていたマスタングの修理や、今乗っているミニクーパーを用意したのも彼だったりする。
「あー、そろそろいいか?」
と、戒斗はまだまだ続きそうだった二人の会話を打ちきるように声を掛けた。
それに一誠は「あ、申し訳ないッス」と言って、
「電話で話してた件ッスよね? とりあえず奥にどうぞッスよー」
そう言って、二人を店の奥に案内した。
工場の奥にある隠しハッチを開けて、地下への隠し階段を降りていく。
その先にあるのが例の武器庫。一誠のもうひとつの顔であるガンスミス業のための隠し部屋だ。
「とりあえず、紅音さんと遥ちゃんにはこれをおススメするッスよ」
部屋の真ん中にある一際大きなショーケースの上には、既にいくつかの銃火器が並べて用意してあった。
一誠はその内のひとつ、二挺用意されているアサルトライフルを手に取って言う。
「ふーん、G36Cなんだ」
「シチュエーションを考えると、お二人の分はこれがベストだと俺は考えるッス。小柄なお二人でも構えやすいサイズですしね」
「良いんじゃない? 私もこれは好きだから。状況考えたら確かに一番いいかもね」
紅音が見つめる先、一誠が見せたアサルトライフルは小振りなドイツ製のものだった。
――――H&K・G36C。
ドイツ製のG36シリーズ、その一番コンパクトなタイプだ。手で触れる部分の多くが金属じゃなくプラスチックで出来ている、どこか未来的な外観のアサルトライフル。それが一誠の用意したものだ。
「中に入れば近接戦闘ってことですし、丈は短い方が取り回しがいいッスからね。それに雪山みたいな寒冷地なら、樹脂パーツが多い方が肌に張り付かなくていいと思ったんスよ」
そんなG36Cを片手に、説明を続ける一誠。
彼の言うことは概ね正しいし、銃のチョイス自体も納得だった。
今回戦うことになる場所は雪山とはいえ、恐らく戦闘自体はほぼエルロンダイクの――秘密研究ラボの中で行われると見ていい。つまりは屋内、閉所での戦闘になるから……そういう場合、これぐらい丈の短いライフルの方が何かと便利なのだ。
加えて、G36Cがプラスチックを多用したライフルというのも、雪山という環境下では大いにプラスに働く。
これも簡単な話で、金属と違って手に張り付かなくて済むのだ。
冷えた金属に地肌で触れると、そのまま張り付いてしまうことがある。しかしプラスチックならそういうことはなく、構えた時に頬付けするストックや……仮に手袋を外してライフルを握ることがあっても、プラスチック製のパーツであれば大丈夫なのだ。
――――閑話休題。
とにかく、雪山で使うにはベストなチョイスというわけだ。
ちなみに既に一誠の手で二挺ともアタッチメントが取り付けられていて、照準器は接近戦用のT‐2ドットサイトが、銃口部にはサイレンサーが装備されていた。
「で、戒斗さんの分っスけど……ご要望通り、スナイパーライフルを用意しておいたッス」
そんなG36Cを置いた一誠は、今度は別のライフルを手に取って言う。
それは今までのものとは打って変わって、かなり丈の長いライフルだった。
「SR‐25、オートマチックの中では考え得る最高の一挺ッスよ」
「予想通りだぜ、お前ならコイツを用意してくると思ってた。しかし……こんな高級品、この短期間でよく用意できたな?」
「戒斗さんがこれをお好きだってのは、前から知ってたッスからねー。だからこういう時のために在庫は確保してあったんスよ」
「こんなこともあろうかと、って奴だな。お前も俺のこと、よく分かってるじゃねえか」
「ちなみに戒斗さんのお好み通り、スコープはナイトフォース製のを積んであるッスよー」
「ああ、最高だ……相変わらずいい仕事するぜ、お前って奴は」
「ふふーん、もっと褒めてくださいっスよー」
――――SR‐25。
嬉しそうに笑う戒斗の前、自慢げに鼻を鳴らす一誠が持っているそれの名前だ。
ナイツ・アーマメントというアメリカの会社の製品で、見た目はアサルトライフルのAR‐15にそっくりだが、しかし使う弾はより大口径の7.62ミリ弾。一誠が言ったように、オートマチック式のスナイパーライフルとしては最高の部類に入るものだった。
比較的新しいタイプの品のようで、伸縮ストックにM‐LOK規格のハンドガードが標準で装着されている。
加えて一誠が言ったように、スコープは戒斗好みの高精度なナイトフォース製のスナイパースコープを搭載。安定用の二脚やサイレンサーもちゃんと装備してある。
更に接近戦に備えてなのか……スコープの他に小振りなオープンタイプのドットサイト照準器が、右に45度傾ける形で装備されていた。
「ドットサイトもあるのか……至れり尽くせりだな」
「一応、室内戦闘も考慮してのチョイスですね。雪山ってことで長射程の武器は必要だと思いましたし、何よりサイバーギア相手に効果のある大口径ライフルは必要だと思ったッスから。とはいえ室内戦も考えると、オートマチックのSR‐25がベストだと思ったんス」
「なるほどな」
相槌を打ちつつ、戒斗は一誠から手渡されたSR‐25を検分する。
確かに一誠の言う通り、接近戦を考えたらこういうオートマチックのスナイパーライフルの方が良いだろう。
なにせオートマチックは連射が効く。同じスナイパーライフルでもボルトアクション式――映画やドラマでよく見かける、ガシャコンと一発ごとに手で動かすアレとは違い、仕組みはアサルトライフルとほぼ同じだからだ。
無論、射撃の正確さはボルトアクションの方が勝っている。とはいえキロメートル級の超長距離狙撃でもないから、接近戦にも対応できるオート式の方が今回はより適しているのだ。
まして一誠が用意してくれたのはSR‐25だ。オート式のスナイパーライフルの中でも特に精度と信頼性の高い代物で、戒斗が好きなライフルでもある。それだけに、手にした彼の表情はどこか嬉しそうに緩んでいた。
「で、後は雪原用のコスチューム一式に人数分のアイスピック、それと弾にマガジンが諸々と……全部まとめて、お代はこんな感じッスね」
そんなSR‐25をショーケースの上に置いた矢先、パチパチと電卓を叩いた一誠がそう言って合計金額を戒斗に示す。
「……割と高いな」
「まー、こんだけ用意したら仕方ないッスよ。特に戒斗さんのSR‐25が値の張る高級品ッスからねぇ。これでも端数切ってオマケしてるんで、勘弁してくださいッスよ」
「分かってるよ、別に値切ろうってわけじゃない。……例によってドル払いだ、これでいいか?」
「ん、ちょうど頂くッスよー。でも助かりますよ……これだけ米ドルがあれば、両替に行く手間も省けるッスからねぇ」
「大変なんだな、お前はお前で」
「お互い様ッスよ、こういうのは」
用意しておいた米ドルの札束を金額ちょうど分手渡すと、一誠は並べてあった武器弾薬をいくつかのボストンバッグに詰めていく。ただし戒斗のSR‐25はデリケートなスナイパーライフルだから、これだけは専用のライフルケースに入れていた。
「……今この段階で、俺が用意できるのはこれが限度ッス。ただ俺は俺でサイバーギアへの対抗手段をちょっと考えてるんで、時間は掛かるッスけどどうにか形にはしてみせるッス」
「へえ、ソイツは楽しみだな。……紅音はそっちのバッグ持ってくれ」
「ちょっと、これ重いよ……」
「俺だって片方担いでるんだ、文句言わないでくれ」
「はいはい、分かったよ。っていうか戒斗、貴方の車も回収していくんじゃないの?」
「ん? ああそうだった……ってことだ、一誠」
「あいあい、分かってるッスよ。戒斗さんのカマロなら裏にもう用意してあるッス。はいこれ鍵ッスよー」
「おう、確かに。……それじゃあ、よく分からんがその対抗手段っての、頑張って作ってみてくれ」
「やるだけやってみるッスよ。戒斗さんたちもお気をつけて」
「俺たちも、やれるだけやってやるさ。なあそうだろ、紅音よ?」
「ちょっと気が重たいけれどね……まあ避暑地だと思えば、雪山も悪くないかな」
「避暑地にしちゃあ、ちぃとばかり寒すぎるがね。……じゃあ一誠、またな」
「はーい! またどうぞッス―!」
戒斗はボストンバッグとライフルケースを、紅音も別のボストンバッグを担いで、地下の隠し部屋を後にしていく。
一誠の見送る声を背中越しに聞きながら、重たい荷物を持って二人は去っていくのだった。
(第五章『備えあれば憂いなし』了)




