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怪談遊戯~冥界ドライブ~  作者: 雪鳴月彦
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第三十四話:既読

「――ねぇ、たーくん。あたし今日さ、優子ゆうこからLINEの話聞いたんだけど、たーくん知ってる? 既読の話」


 九月の最終週。水曜の夕暮れに、俺は一人駅のホームで電車を待ちながら座っていた。


 秋が深まるにはまだ早い時期のせいか、空にも夏の名残りが仄かに感じられる。


「LINEの既読? 何それ、既読つけないでメッセ読む方法のこと?」


 自分が座るベンチのすぐ側に、恋人同士だろうか高校生の男女が肩を寄り添わせるようにして立ち、何やら楽しそうに会話をしている声が耳に入ってくる。


「違う違う。何だろ、たぶん都市伝説的な、ちょっと不思議系の話なんだけどさ。あのね、ある女の人がずっとやり取りしてなかった知り合いに久しぶりにメッセージを送ったんだって。そしたら、すぐに既読はつくのに全然返事が書き込まれないの。で、ずっと疎遠になっててごめんねとか、怒ってるなら謝るよとか、色々メッセをするんだけどやっぱり既読だけで反応がなくてね、その人もさすがにムカついてきて、絡む気がないならもういい! って連絡をするのを止めちゃったらしいの」


 平日の夕刻であるにも関わらず、ホームにはそれほど人の姿は多くない。


 そのせいで、仕入れたばかりの話を得意そうに語る少女の声は、嫌でもはっきりと俺の元まで届いていた。


「それで、次の日になってから友達にそのことを愚痴ったらしいんだけど、黙って話を聞いていた友達がね、すごい真面目な顔でそれっておかしいよ……って言ってきたの。女の人は意味がわからなくて、何がおかしいの? って訊き返したら、友達が……あんたがLINEしたその子さ、もう二ヶ月くらい前に事故で死んでるんだよ。知らなかったの? ……そう、言ってきたんだって」


 電車が到着するまで、まだ十五分ほどある。


 聞こえてくる会話が終わったら、側にある自販機でコーヒーでも買おうかと思いつき、俺はポケットから財布を取り出した。


「その女の人、言われたことが信じられなくてその後に自分で確かめてみたらしいんだけど、LINEを送ってた相手は本当に死んじゃってるのがわかって、それでそのメッセしてたときにはもうスマホも家族が解約していたし、誰も送ったメッセが見れるわけがない状態だったの。それなのに、既読がついてたってことは……死んだ知り合いがそれを見てたってことになるんじゃないかっていう話。だからもし、もういなくなった人にLINEを送って既読がついたら、その電波の先で死んでしまった相手がメッセを読んでくれてるのかもしれないね」


「はは、それあれじゃねーの? 解約した携帯の番号って、一定期間過ぎると別の人が使えるようになるって聞いたことあるけど、その話も他人がたまたま死んだ相手の番号を新しく取得してただけみたいな」


 最後まで話を黙って聞いていた彼氏が、現実的な答えを提示してくる。


 ――そんな盛り下がるようなこと言ってると、彼女に嫌われるぞ。


 内心でそんな突っ込みをしながら、俺はそっとベンチから立ち上がった。


 そもそも、持ち主が亡くなって携帯を解約しても、二ヶ月くらいでは別の誰かがその携帯の番号を取得することはできないはずだ。


 そして、番号の持ち主が変わればLINEのアカウントも削除され、メッセージすら送れなくなるはず。


 彼氏の推理はなかなかだが、残念ながら説得力に欠ける。


「えー嘘、電話番号って使い回しできたの?」


 彼女の方はあまり詳しくはないようで、彼氏の言葉を鵜呑みにし驚いた様子を見せている。


 まぁ、何にせよ少し面白い話が拾えたからラッキーか。


 自分が知らなかった怪談を聞かせてくれた学生カップルに胸中で感謝しつつ、俺は自販機へ向かい小銭を入れるとブラックのコーヒーを一本購入した。


 カップルはまだ番号について話をしているが、もうこれ以上聞いている意味もないと思い、そちらへ向けていた意識をシャットアウトし、再びベンチへ戻った俺はぼんやりと向かい側のホームへ視線を送った。


 今から約一月半前に体験したあの不可思議な事件は、今でもつい昨夜の出来事であったかのように思い出すことができる。


 見越の死を確認してから、道なりに山を下っていった俺は、途中でどうにかスマホの電波が受信できる場所を発見し、即座に警察へ通報を入れた。


 正直に言えば、このままとぼけて逃げおおせれば面倒事を回避できないかと、そんな誘惑もあったのだが、さすがにそれは無理があると諦めざるを得えなかった。


 身体中に見越の首から噴き出した血が付着していたし、頬の傷もあった。


 万が一後から警察が死体を発見すれば、当然直前にタクシーを利用した俺は疑われる。


 現場には俺の指紋や足跡だって残っていた。


 下手にごまかせば、自分を無闇に追い詰めてしまうだけだと、そう判断したのだ。


 本当に、通報なんてしたくはなかった。


 あんな状況では自分が見越を殺したと疑われる可能性は極めて高かったし、夜に山奥の廃屋へ出向いていた理由を納得してもらえるように説明する自信もほとんどなく、ただただしらばっくれていたいという気持ちが強かった。


 それでも、より最悪の事態を招く方がヤバいとどうにか冷静に現実を受け止め警察を呼んだが、幸いにもその後の捜査は俺が覚悟していた以上に淡々とした流れになっていった。


 当然、最初は疑われた。同じような質問を何度も繰り返され、何故か過去に起きた事件のことまで問い質されたりもした。


 それでも、警察が最終的に下した結論は、見越本人による自殺。


 現場の状況と俺の証言を踏まえた上で捜査をした結果、そうとしか結論が出せない状況だと――因みに幽霊が絡んだことには一切触れず、突然見越が錯乱したように自分を刺し始めたと証言していおいた――教えられた。


 つい最近まで、何度か警察から電話がかかり簡単な確認を求められたりもしていたが、今はもうそれすらない。


 今はもう以前と同じ、つまらない平凡な日常が俺の人生に戻ってきている。


「……」


 ポケットからスマホを取り出し画像フォルダを開けば、あの夜に撮影した写真がまるで思い出のように展開され、俺は暫くそれらをゆっくりと吟味するように眺めて時間を潰した。


 生憎あいにく、心霊写真と呼べそうなものは一枚もなく、それだけは心残りと言うのかがっかりさせられたが、これはまぁ、仕方がないだろう。


 ただ一つ、俺が未だに気になっているのは、見越が倒れた直後にあの殺された一家が見せた、何かを訴えるような視線。


 自分を殺した男へ復讐を果たせ満足したのか、俺の方を見つめる三人の目からはもう、憎悪を感じ取ることはできなかった。


 憎しみや、不本意に死んでしまった悲しみとも違う、別の感情がこもったあの視線が意味していたものは、果たして何であったのか。


 実はこれに関して、後に一つだけ気になる事柄が浮上してきた。


 警察の聴取が一通り終わり、無事に帰宅することができたその日の夜、俺は何とはなしにパソコンを起ち上げあの廃屋についてもう一度詳しく調べてみたのだが、そこで一つ見落としていた情報を発見した。


 あの別荘で家族三人が殺害されたのは、ちょうど二十年前の八月十二日の夜。


 そして、どういう因果か俺が見越の運転する車であの廃屋を訪れたのも、八月十二日の夜。


 これが単なる偶然だったのかは、俺には知る術はない。


 ただ、ひょっとしたら程度の可能性として。


 俺はあの廃屋と化した別荘に興味を示し調べ始めた段階で既に、惨殺された一家に“呼ばれていた”のではないだろうか。


 あの町へ出向いたことも、偶然見越と巡り合ってしまったことも、そして事件が起きた日と同じ夜に訪れたことも、全てがあの一家の霊に仕組まれていたのだとしたら。


 考えすぎかもしれないが、今になって思い返せばたくさんの偶然が重なり合ってあの夜が生まれていたような、そんな気がしてしまうのだ。


 ゆえに、最後に俺へ見せたあの霊たちの眼差しは、二十年越しに見越をおびき寄せるために俺を利用したことへの謝罪のようなものが込められていたのではないだろうか。


 ――と、そんな解釈が頭に浮かんだりもしてみたが、当然それが正解だという保証もない。


 列車が到着する旨を伝えるアナウンスが、ホームに響いた。


 LINEの話をしていた男女は、いつの間にか怪談ではない別の話題で盛り上がっている。


 スマホをしまって立ち上がり、黄色い線の手前まで移動する。


 このまま、モヤモヤしていても仕方がない。もう一度、あの別荘へ足を運び、新しい発見ができないか調査をしてみよう。


 もちろん、俺にも生活があるためすぐにとは言えないが、いずれ必ず再訪し俺があの地を訪れたことが自分の意思であったのかどうかを明確にしたい。


 ホームへ滑り込んできた電車が、ブレーキ音を軋ませながら停車した。


 ドアが開き、中年の男が一人出てくるのと入れ違いに中へと乗り込む。


 ほとんど人のいない車両を見回し適当な場所へ座ると、俺はそっと見越に切られた頬の傷跡へ手を這わせた。


 もう痛みはないが、一生消えない跡は残ってしまった。


 これは自分にとって、初めての怪異と巡り合えた貴重な思いでの証となり、俺が死ぬまで残り続けてくれることだろう。


 自らの手で殺めた者たちに粛清されたあの運転手は、死霊となり今はあの場を彷徨っているのだろうか。


 であるならば、次に遭うときには是非とも気の利いた怪異を体験させてほしいものだ。


 そんなくだらない妄想を受け流そうとでもするかのように、電車が緩やかに走り出した。


 オレンジ色の光が、斜めになって車両へ差し込む。


 その光を暫しぼんやりと眺めてから、俺は視線を車窓の外へと移し、見慣れた街並みが静かに暮れ始めていく風景をただジッと見つめ続けた。



                      完

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