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怪談遊戯~冥界ドライブ~  作者: 雪鳴月彦
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第二十六話:深夜のトイレ

 続いては、私の同僚が知人から聞いたというお話をしましょうか。


 同僚の知人、四十代くらいの男性でお名前は伺っていませんでしたから、井荻いおぎさんとここでは呼んでおきましょう。


 その井荻さんが昔入院した時に、そこの病院で不気味なモノを見てしまったのだそうで。


 入院の理由は詳しく聞いていませんが、退院まで一週間はかかったと言っていました。


 その入院中、井荻さんはニ回だけ、就寝後にトイレへ起きたことがあったのだそうで、個室ではなく四人部屋でトイレへ行くには共用の場所へ行くしかなく、毎回廊下へ出てトイレへ用を足しに行かなくてはいけませんでした。


 最初にトイレへ起きたのは、入院して二日目の夜でした。


 そこは消灯が九時半だったそうで、井荻さんが目を覚ましたのは深夜の二時頃。


 起きるのが面倒だという気持ちが湧き上がる反面、滅多なことでは経験ができない深夜の病棟を歩くという行為に好奇心をくすぐられ、井荻さんは眠気で重い身体を起こし、病室を出た。


 井荻さん、そのときはお腹を痛くしてトイレへ行かれたそうで、個室の方へ入って用を足していたということだったのですが、便座に座りながらホッと息をついていると、不意にすぐ隣の個室から“うぅ……う……”という、低い呻き声のようなものが聞こえてきたそうで、


 ん? 隣にも人がいたのか。随分苦しそうな感じだけど、大丈夫だろうか。


 と少しだけ心配になった。


 時間が時間ですからね。夜中のトイレ、それも病院。


 そんな場所で呻き声を出されては、気にならないでいる方が難しい。


 どうしようか。声をかけてみた方が良いのか、しかし個室に入っている最中に声をかけられたら大抵は嫌な気分にもなるだろうし……。


 そんな風に逡巡しながら、暫し様子を窺っていた井荻さんでしたが、その後はいつまで経っても声も衣擦れのような音すらも聞こえなくなったため、落ちついたのかなと都合の良い判断をして病室へ戻ったそうです。


 病院ってのも、色々な患者がいるからなぁ。大変だなぁ。


 そう思いながらその日は眠りにつき、更に二日後。


 入院四日目の夜ですね。


 また深夜にトイレへ行きたくなり目を覚ました井荻さんは、寝ぼけ眼で廊下へ出ると初日と同じトイレへ向かった。


 今度は小さいほうの用でしたので、個室には入らずに済ませることを済ませていると、その最中にまた個室から“う……うぅ……”と、低い呻き声が聞こえてきた。


 声も二日前と同じで、聞こえてくる個室も同じ場所。


 入り口から見て一番手前の個室で、その声は聞こえている。


 あれ、まただ。何だろう、何か特殊な病気で夜もまともに眠れずにいる患者とかなのかな。


 チラリと肩越しに振り返り、個室のドアを一瞥しながら井荻さんは用を済ませ、手を洗うために移動をした。


 その途中でもまた苦しそうな呻き声が聞こえてきたそうで、それを意識しながら聞いていた井荻さんは、あれ? っとおかしな事実に気がついた。


 個室から聞こえてくる呻き声。それ、老人の声であったそうなのですが、男性の声じゃないって気づいたんですね。


 女性、それも声の感じからして七十代から八十代くらいの老婆が呻いたときに発するような声だったと。


 ええ? どうして男子トイレの個室にお婆さんがいるんだ? これは痴呆症なんかの患者ってことなのかな。


 戸惑いながら、井荻さん急に気味が悪くなってきて、なるべく音を出さないように水道を使って手を洗うと、関わるのはちょっと厄介だとそのまま廊下へ出ていこうとしたのですが……次の瞬間。


 タン……という、小さな音が背後から聞こえた。


 井荻さん、その音が個室のドアの開いた音だと、瞬時に理解したんです。


 呻き声を発していた何者かが、出てこようとしている。


 人間の本能とでも言うのか、そういうときは見たくない、早く立ち去りたいと思う反面、正体を確認したいという欲求が強く噴き出してきてしまうものなのでしょうね。


 井荻さん、自分がいる位置からしてすぐに廊下へ逃げられるという安心から、そっと首だけで振り返り、声の主を確かめようとしたのですが……。


 目が合ってしまったんだそうです。


 振り返った瞬間に、個室から四つん這い、つまりは犬のような体勢で出てこようとしていた青白い顔の老婆と。


 その老婆は、病衣を着た入院患者と言える恰好をしていたそうなのですが、ただ一点だけ、生きている人間ではないと一目でわかる特徴があったのだそうで。


 それが、井荻さんを見つめていた顔だったと。


 その老婆の顔、皺と染みだらけのその顔は、風船のように膨らみ異様な大きさをしていたと言うんですね。


 大人の顔三つ分くらい、首から上だけが不自然に肥大化していたと。


 そんなモノと目が合ってしまった井荻さん、悲鳴を上げて病室まで逃げ帰り布団へ潜り込んだそうで、その声を聞いた看護師の方が見回りに来るまで、布団から顔を出すこともできずにいたのだとか。


 結局、その顔の大きな老婆が追いかけてくるような事態にはならなかったそうですが、この夜を境に夜間のトイレへはとても行ける心境ではなくなり、明るくなり廊下に人の気配がし始める時間まで、井荻さんは病室から出ることもできなくなってしまったそうです。



 果たして、井荻さんが見てしまったこの異形の老婆は何者であったのか。


 今もまだ、どこかの病院のトイレで夜な夜な呻き続けているのかもしれません……。

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