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鋼の光   作者: イカ大王
第三章 第二基地降下作戦
20/57

Episode18 鉄兵乱戦


高地の頂上を目指す。

平地と高地では見えるものが違う。

それを見るために彼女たちは登る。

危険を顧みず。。

『205高地』


 



「お前、なんでいつも泣いてるんだよ」


 窓から差し込む日光が眩しい。

 部屋には勉強机や椅子が並べられ、向かい合うようにホワイトボードが佇んでいる。

 ボードにはABCと続くアルファベットのマグネットが貼り付けられ、少し脇には割り算の筆算の方法が書かれている。


 そんな部屋の中央には、背中を丸め、(うつむ)きつつ、嗚咽を発する女の子がいた。

 黒髪のショートカット。

 その女の子はゆっくりと、泣いてぐしゃぐしゃになった顔で振り返る。

 そして声を震わせながら言った。


「お父さんも…お母さんも…。死んじゃった…から」


「そんなの俺も同じだ。けど、泣いてない」


 声をかけた少女──エヴァは胸を張った。同時に、つやつやした金髪のポニーテールが大きく揺れた。


「お前、泣いてばかりでつまんなくないか?」


「え?」


「俺が友達になってやるよ。ほれ」


 エヴァははにかみながら右手を差し出す。

 女の子はびっくりしたような顔をするが、ややあって小さく笑った。涙をぬぐい、その手を握った。


「…お前の名前は?」


美沙(ミサ)──」


「聞こえん!」


 エヴァは突然声を荒げた。気の弱そうな女の子はビクッと体を震わせる。

 それを見たエヴァは愉快そうにカッカッカと笑った。

 女の子もつられるように笑う。


「悪い悪い。で、名前は?ミサ…なんだって?」


美沙希(みさき)霜村美沙希(しもむらみさき)…だよ」


 それを聞いて、エヴァはうーんと唸った。

 ややあって「ミサでいいや。その方が呼びやすいし」と自分の中で勝手に納得する。


「俺はエヴァ。エヴァ・ケルビャー様だ。よろしくな。ミサ」


「うん…!」


 相手の手を握るのに力が入り、大きく上下に振った。

 孤児院時代の美沙希にできた二人目の友人が、エヴァだった。




 *




 日は没し、周囲は薄暗い。

 隊列を組んで205高地を登り始めてから、早10分。

 美沙希を含む18機のマーズジャッカルは、敵地とは思えないほど穏便な登山を進めていた。

 だが、上空を舞うガンシップからは、刻一刻と高地に集結しつつある火危生の情報が送られてくる。

 基地の東と西では陽動部隊が大量の火危生を引き付けてくれているだろうが、十分ではないらしい。


 観測機器を背負う美沙希機、ナギナタを持つエヴァ機、美沙希機の左側で警戒にあたるイネス機。

 それらを操る3人の間に会話はない。隊列の中央で、黙々と登山を続ける。

 彼女たちの耳に届くのはマーズジャッカルの駆動音と、踏みしめる砂の音、自らの息遣い。


「ミサ、俺な…」


 そんな沈黙を破り、右隣を歩行するエヴァ機から通信が入った。

 彼女は少し口を噤ませた後、言葉を続ける。


「……孤児院でお前と出会った頃な…お前のことが嫌いだった。月面学校に入学した後も、一緒にいるのが嫌だった」


「え…」


 小型モニターには少し困ったような顔をするエヴァの顔が映っている。美沙希は信じられないような顔でモニターを見入った。


「最初の頃……お前は家族を失って元気がなかったし、ドジで間抜けで、頼りない奴だった。いつも泣いていてばかり…精神の弱いヤツだと思ったよ。俺も家族全員を失ったのに…対してコイツは…ってな。でも、数年間共に孤児院で育った仲間だ。絆らしきものは芽生えた。イネスと…スンシル、俺と一緒に月面に向かうくらいにはな」


 ここでエヴァは言葉を切る。


「エヴァ。なにを───」

「ただ、上辺のみのものだった」


 美沙希の言葉を強引に遮り、エヴァは続けた。


「月面学校に入学した時、俺は首席になると誓った。人類を救いたいだとか…新天地を開きたいだとか…そんなガキみテーな目的があったわけじゃない。ただ一番になりたかった…」


 会話をしている最中もマーズジャッカルは足を進めている。

 15分程の時間をかけて、高地の中腹あたりに到達した。


「だが、結果は二番だ。落ちこぼれだと思っていたミサが首席。なんでアイツが…って思ったよ」


 エヴァの言葉を聞くにつれ、美沙希の胸の奥底から、何か禍々しいものがゆっくりと湧き上がってくる。

 行軍は続く。サーモグラフィーカメラが、部隊に近づく火危生を捉えた。


「なんか裏切ってる気分がしてたからな…。この際に言っておくぜ。俺はあまりお前が好きじゃない」


 湧き上がってくるそれは自分の胸の中に充満し、平常心を蝕んでゆく。

 動悸が早くなる。汗が滴る。

 親友だと思っていたエヴァの告白に頭が追いつかない。

 こういう自分を見ていると、まだまだ未熟だなと思う。


「大隊長機より各機、火星危険生命体発見。正面上方。数は約30」

「ミサ、エヴァ!注意して!」


 美沙希の心情などおかまいなしに、それでも、状況は進む。

 彼女はかぶりを振って気を取り直し、高地の山頂を見やった。

 そこには複数の熱源反応。

 それらは数を増やしつつあり、不気味に蠢いている。

 それなりの数だが、近づいてくる火危生はそれらのみではない。


「こちら隊列右側。右からも火危生!」

「こちら隊列左側。左からも同じく!」

「退路以外を囲まれたか…!」


 エヴァが盛大に舌打ちをする。


 部隊は各機からの警告を聞き、臨戦態勢に入った。

 ある機体はライフルを両手で構え、ある機体はシールドで隊列をを守る姿勢を取る。接近戦に自信があるパイロットは熱ナイフを引き抜き、またはシールドと一体化している高速振動波ブレードの稼働をオンにした。


 エヴァと共に美沙希機の護衛を担当するイネス機は、標準とはやや異なった装備をしている。

 機体の右肘から手首、その先へ伸びる長大な砲身──『152mm支援用レールガンシステム』に砲弾を装填させ、コックピットの天井から下がってきた照準器を覗き込む。

 そして火危生の接近に備えた。


 美沙希はエヴァの言動を頭の奥に押しやり、右脚部に差し込まれていたハンドガンを引き抜いた。

 美沙希のマーズジャッカルは観測機体であり、部隊の中では『護衛対象』となっているが、ただ守られるのみでは首席卒業生の面目が立たない。

 重量上の問題により、ライフルからハンドガンという最小限の武装に取り替えられてしまったが、自衛ぐらいはこなさなければならない。


 各機が臨戦態勢を整えている間も部隊は高地の頂上を目指して登山を続けている。

 今の位置から山頂までの高低差は、およそ100mといったところか…。


「火危生、一斉に来ます!!」


 絶叫にも近い声が聞こえる。

 正面と左右の火危生が一斉に襲いかかってきたのは、臨戦態勢を整えた直後だった。


「俺とマーカス、フリントは正面。隊列左側の5機、同じく右側の5機はそれぞれ左右の火危生に対処しろ!……全機、攻撃開始!!」


 大隊長のアーチャーが早口に命令を発し、火危生に向けてブラスターキャノンの一斉射撃が開始された。

 マーズジャッカル部隊の右、前、左に無数の弾丸が耳をつんざく音とともに発射され、口径75mmの徹甲弾がそれぞれの方角に殺到する。

 その射弾を受けた複数の火危生が、見えざる壁にぶち当たったかのように大きく仰け反り、倒れ伏す。


「撃て!撃ちまくれ!」

「蹴散らせ!トカゲどもを近づけるな!!」


 射弾はミシンがけのように地面を舐め、青白い曳光弾が不釣り合いな美しさで闇夜を彩った。

 青白い雨が殺到するその先では、凶弾に倒れた大量の火危生が屍の山を作るが、その屍を超え、新たな火危生が前進してくる。

 数が減っているようには見えない。

 稜線の向こう側に、未発見の相当数の火危生がいたようだ。

 火危生の群れは右・正面・左いずれも、じわじわと、だが確実に近づいてきていた。


 動いたのは、唯一支援用重火器を搭載していたイネスだった。


 エヴァが近接格闘の名人ならば、イネスは射撃の名手である。


 支援用レールガンシステムはマーズジャッカルが装備できる最大の武装であり、重量1トンにしかならないジャッカルが受け止めるには射撃の反動が大きすぎる。そのため、通常はアンカーを地面に打ち込んで体を固定してから発砲するのだが、イネスの場合は違った。


 イネスは機体をジャンプさせ、熱線砲に捕捉されない高さ10mで機体をスピンさせた。

 と同時に、右腕に搭載された長砲身レールガンをきっかり6回撃つ。

 自機の右脚部を軸にし、バレリーナのように回転しているジャッカルから放たれた6つの152mm弾は、火危生が近づいてくる正面と左右に2発ずつが飛ぶ。


 それらの砲弾は狙いを誤らず、群の只中に着弾した。

 被弾箇所にスパークが散り、刹那、真っ赤な火焔が膨れ上がった。

 火危生は密集状態だったため、砲弾の炸裂によって10体が火焔に呑まれて木っ端微塵に砕け、13体が頭部や脚部などを失って地面に転げる。


 それを見たパイロット達のどよめきが広がっている合間に、イネス機は着地し、次の目標を探していた。


 これだけ見ても、並外れた技量の持ち主であることがわかる。

 機体を地面に固定しても命中は難しいのに、空中で、しかも回転しながら6回の射撃を行い、その全てを命中させたのだ。

 マーズジャッカル最良パイロットの誉れを持つ美沙希でも、ここまでのことはできない。


「足を止めるな。登れ!」


 皆がイネスの射撃技術に舌を巻く中、アーチャーが一喝するように言い、山頂を指差す。


 イネスは目標を進行方向にいる火危生のみに絞り、二度目の射撃を行った。

 今度はジャンプせず、機体を中腰にさせ、高精度の砲弾を見舞う。

 発砲毎に砲門に青いスパークが散り、ローレンツ力によって加速された合金弾が独特の発射音と共に叩き出される。

 発射毎に衝撃で砲身が跳ね上がるが、イネス機は渾身の力でそれを元に戻し、再度撃つ。撃つ。


 放たれた砲弾は、先と同様、多数の火危生を排除した。


 正面の火危生はイネスの支援用レールガンの活躍によって大半が破壊され、残ったものもアーチャーなど先頭を進むマーズジャッカルに掃討された。

 進路を確保した部隊は、山頂を目指して前進を続ける。


 だが、左右、後方から近づいてくる火危生は食い止められない。

 数が多く、全てを破壊できないないのだ。


「来るぞ!」


 弾切れを起こす機体も出てくる中、誰かが叫ぶ。

 75mm弾の豪雨をかいくぐって突撃してきた火危生がの何匹かが、近接格闘戦の距離にまで肉薄してきたのだ。


 近づいてきた火危生の数は4体。

 1体の火危生がマーズジャッカルに体当たりをし、その機体はコックピットを潰され、パイロットを失い、力無く倒れ伏す。

 残りの3体は2機のジャッカルに襲いかかり、人型兵器と大型翼竜の取っ組み合いに発展する。


 目と鼻の先で暴れまわる火危生に手こずっている最中、弾幕が薄くなっているのが祟り、倍以上の火危生が、銃器が役に立たない距離にまで近づいてきた。


 戦場は白兵戦の兆しを見せる。

 隊列後方のマーズジャッカルと、迫り来る火危生が互いに入り混じり、完全な乱戦状態だ。

 ジャッカルも火危生も、目の前にいる敵を必死で叩き、それを排除すると、新たに目の前に来た敵と戦う。


 ある機体は火危生に蹴りやパンチを見舞い、ある機体は熱ナイフやブレードで胴体や首を切り裂く。

 蹴りなどを受けた火危生は人型兵器の打撃力によって吹っ飛ばされ、刃物で切り裂かれた火危生は猛獣と人間を混ぜ合わせたような絶叫を発しながら絶命する。


 火危生もやられっぱなしではない。


 マーズジャッカルの腕や銃器に噛みつき、これを噛み砕くと共に、腕や装甲をちぎりとる。

 鋭利な爪で頭部バイザーを傷つけ、視界を失わせたり、長い尾を鞭のように振り回し、ジャッカルを打撃する。


 火危生の咆哮や人間の叫び声、怒号、銃声、爆発音、何かが衝突し合う音などが絶えず響き渡り、戦場音楽を形作ってゆく。


 それは隊列の後方のみならず、美沙希のいる隊列中央にも及び始めた。


「ミサ。来るわ」


 美沙希機の左を守るイネスが振り向き、レールガンを一射、二射と後ろに向けて発砲した。


 美沙希機は後方の状況など構わずに前進を続ける。

 それでも気にはなるため、後方視界を担当するモニターを見やった。


 イネスの放った射撃は味方への誤射を防ぐため、火危生のみがいるところに弾着する。

 弾着箇所では爆炎が膨れ上がり、火危生の多くが炎に消える。だが灼熱の業火を突破し、新たな火危生群が姿を現わした。

 エメラルドグリーンを僅かに含んだ目は、明らかにこちらを見ている。

 後列のマーズジャッカルがほかの火危生との戦闘で忙殺されているため、美沙希機と火危生の間には何もない。

 絶対に襲いかかってくる。


 素早く動いたのはエヴァだった。

 火危生群相手にナギナタ一本で飛びかかり、突出していた一体を両断する。

 刹那には大きく身をかがめて尾の打撃を回避するとともに、足払いによって多数の火危生を転倒させる。


 だが火危生はこれだけではなかった。

 右側面から突撃してきた火危生が美沙希機を奇襲する。


「きゃあ!」


 火危生のタックルによって機体が凄まじく揺れ、視界が二重三重にぶれる。

 鉄塊同士を打ち合ったような音が耳をつんざき、美沙希は思わず悲鳴を上げた。

  火危生は美沙希機の右腕に噛みつき、装甲を軋ませ、引きちぎろうと試みる。


「こいつ…!」


 美沙希が熱ナイフをその頭にぶち込んでやろうとした時、火危生の頭部側面に小爆発が発生し、それは後方へ弾き飛ばされた。


 撃ったのは前方にいたアーチャーだった。

 彼は先に行け!と叫びと、部下2人を連れて美沙希とすれ違い、エヴァの元に向かう。


「行こう。ミサ!」


 イネスが焦慮しながら叫んだ。

 205高地の頂上は遠くない。

 くすんだ闇夜を背景にして、サバイバルナイフのように鋭く、そしてギザギザした山頂の輪郭がはっきりと見えている。


 美沙希は最後の力を振り絞ってマーズジャッカルを駆けさせた。

 排気口が熱風を発し、登山で疲弊した関節部が叫喚を上げる。


 前方にはイネス機のごつごつした背中が見えている。

 レールガンの給弾ベルトが繋がったバックパックを装備する背中のみを見て、美沙希は突き進む。


 最初は17体いた護衛機が、今はイネス機のみである。エヴァ機もアーチャー機も、側面隊列も後列も、全て美沙希の前進を援護するために後方で戦っている。


(もう少し…もう少し…もう少しで!)


 美沙希は心の中で繰り返し呟いていた。

 頭の中には山頂のことしかない。

 ゴール手前100mのマラソン選手はこんな気分なのだろうか…と、美沙希の脳裏を場違いな思いがよぎった。


 山頂までもう少し。

 もう少しでつく。

 もう少し…。


 だが、火危生はそれを許さなかった。


「嘘…でしょ…」


 イネスが力の抜けた声で言った。

 高地の反対側から、無数の火危生が這い上がってくる。彼らは山頂を超え、あたかも雪崩のように山腹を下ってきたのだ。

 それに対してイネスは「私は諦めない!」と言わんばかりに、レールガンを乱射した。


 いたるところで沸き起こる爆発。

 火危生の絶叫。飛び散る肉片。

 発射が連続し、熱によって砲門が真っ赤に染まる。


 だが、イネス機は砲身が焼き付くでも、弾切れを起こすでもなく、射撃中止に追い込まれた。

 山頂付近から発射された陽電子熱線が、彼女の機体を直撃したからだ。


「ああッ!」


 イネスの短い悲鳴の刹那、レールガンを構えていた鋼鉄の右腕が真っ赤に融解し、発射を待っていた砲弾が誘爆を起こす。

 右腕が爆炎と共に消失し、イネス機は衝撃でバランスを崩すと、横転。急な斜面が祟り、40m下まで転がり落ちた。


「イネス!」


 美沙希は親友の名を叫ぶが返事はない。

 しかしそれどころではないと美沙希は思い、正面を見据える。

 山頂付近を陣取る火危生の集団。

 群の中には熱線砲を搭載した個体もいる。

 こちらの装備は、左腕に貼り付けられたシールド。加えて左手に握った熱ナイフと、右手に持ったハンドガンのみ。


「敵は無数…残弾24発…ナイフは10斬撃までいける。重量が増えてるから機動力は…」


 美沙希は目まぐるしく考えた。

 大きく息を吸い、吐く。目を閉じてからまた開く。

 考えをまとまると、小さく頷いた。

 開かれた目には炎がともり、闘志が溢れんばかりのものとなっていた。


「いける」


 美沙希は背部のバーニアを点火させ、一気に加速する。

 雄叫びを上げ、火危生の只中に突入していった。







山頂の敵。

目的地に敵。

それを打ち破らない限り、勝利はない。


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