訓練
「私、本当に《治癒術師》なのかな」
訓練が中断されたあと、水瀬が言った。
「鑑定晶はそう示しています」
神官が答える。
「でも治せない」
「原因はまだ分かっていません」
「それって、分かってること何もないですよね」
神官は答えなかった。
「水瀬」
俺が呼ぶ。
「何」
「まだ初日だし」
言ってから。
水瀬の表情が変わった。
「高瀬君はいいね」
「何が?」
「分からない職業だから」
「……え?」
「ごめん」
すぐに言葉を引っ込める。
「今の忘れて」
「無理だろ」
「じゃあ聞かなかったことにして」
「余計気になる」
「ごめんって」
「だから」
「高瀬殿」
フェルドの声が割って入った。
「何してたんですか」
「あなたを探していました」
「すみません」
フェルドは水瀬と神官から状況を聞く。
「魔法自体は発動している」
「はい」
「しかし治癒効果だけがない」
「そうです」
フェルドが俺を見る。
「試したいことがあります」
「俺?」
「《共鳴士》です」
水瀬もこちらを見る。
「名称通りであれば、高瀬殿は他者の魔力へ同調できる可能性があります」
「それで何が分かるんですか」
「分かりません」
「そこから?」
「未知の天職ですから」
「便利だな、その言葉」
フェルドは気にしない。
「水瀬殿の魔力を通常とは違う角度から確認できる可能性はあります」
俺は水瀬を見る。
「試してみる?」
「……」
返事がない。
「俺はやってみたい」
水瀬が顔を上げる。
「高瀬君の能力を知りたいから?」
「それもある」
「それも」
「水瀬の方も何か分かるかもしれないし」
水瀬は本の角を押した。
「じゃあ、やる」
「いいの?」
「うん」
返事はした。
でも「やりたい」とは言わなかった。
*
向かい合って座る。
「まず自分の魔力を感じてください」
フェルドが言う。
「次に水瀬殿の魔力を探す」
「どうやって?」
「それを今から調べます」
「ですよね」
目を閉じる。
胸の奥。
自分の魔力。
水瀬にも魔力を循環させてもらう。
外へ意識を伸ばす。
何もない。
もう少し。
押し込むように意識した瞬間。
「っ!」
頭の奥を殴られた。
床へ手をつく。
「高瀬君?」
「痛……」
「やめる?」
「いや、もう一回」
「でも」
「今なんかあったから」
水瀬が黙る。
俺は先に目を閉じた。
「……分かった」
二度目。
今度は押し込まない。
自分の魔力を細くする。
探す。
しばらくすると。
何かが触れた。
自分ではないもの。
温度でも音でもない。
でも違うと分かる。
追う。
逃げる。
また触れる。
重なった。
訓練場の音が遠くなる。
代わりに、流れが分かった。
水瀬の魔力。
傷へ向かっている。
でも。
傷を埋めようとしていない。
中へ注ぐのではなく。
外へ。
押す。
何かを探して。
そこから追い出そうとしている。
接続が切れた。
「どうでした?」
フェルドが聞く。
「……変です」
「何が?」
水瀬の視線。
「傷を治そうとしてない気がする」
「私の魔法が?」
「多分」
「じゃあ何してるの?」
「そこまでは分からない」
水瀬の眉が寄る。
「使いづら」
「俺のせいじゃないだろ」
「高瀬君の天職でしょ」
「俺も今日知ったんだよ」
神官が咳払いする。
二人とも黙った。
*
再度、《ヒール》発動中に共鳴する。
今度はもっと分かった。
水瀬の魔力は傷へ向かう。
でも傷自体には反応しない。
何かを探す。
見つからない。
だから散る。
「傷じゃないものを探してる」
俺が言う。
「何?」
「分からん」
水瀬が額を押さえた。
「またそれ」
「じゃあ俺に正解教えてくれ」
「私も知らないから困ってるんでしょ」
「そうだった」
「高瀬殿」
フェルドだけが真剣だった。
「なら、傷ではない対象で試しましょう」
*
魔術実験室。
フェルドが水の入った瓶へ、魔力に反応する黒い鉱石粉を混ぜる。
「毒性は?」
水瀬が先に聞く。
「ありません」
「ならいいです」
通常の治癒魔法を神官が使う。
水は濁ったまま。
次に水瀬。
「何をすればいい?」
聞かれる。
「黒いのを消す?」
「なんで疑問形なの」
「答え知らないから」
「頼りない」
「俺だって困ってる」
水瀬は瓶へ手をかざす。
「《ヒール》」
光。
何も起きない。
「やっぱり」
「待って」
共鳴する。
水瀬の魔力が黒い粒へ集まっている。
「そっち」
「どっち」
「黒い方」
「見れば分かる」
「じゃあそれ」
「説明になってない」
「二人とも集中してください」
フェルドに止められる。
水瀬が息を吐く。
「……黒いのだけ」
光が強くなる。
「水じゃなくて」
黒い粒が動いた。
底へ沈むのではない。
中央へ寄っていく。
「水瀬」
「今喋らないで」
「はい」
細くまとまった黒い粒が。
光の中で消えた。
透明な水だけが残る。
水瀬は瓶を持ち上げた。
「……ない」
フェルドが成分を確認する。
「鉱石粉は検出されません」
「消した?」
俺が言う。
「みたい」
「すごいじゃん」
口にしてから。
水瀬が喜んでいないことに気づいた。
「でも」
瓶を机へ戻す。
「人の傷は治せない」
「それとは別に――」
「高瀬君」
止められる。
「今、無理にいいこと言わなくていい」
「……」
「ごめん」
「いや」
言うことがなくなった。
フェルドが説明する。
「治癒術には、体内の異物や毒、汚染などを取り除く《浄化》系統があります」
「これが?」
「可能性があります。ただ、水瀬殿の適性がどこまで及ぶかは検証が必要です」
「《治癒術師》なのは変わらない?」
「はい」
水瀬はしばらく透明な水を見る。
「もう一回やります」
「よろしいのですか」
「分からないままなのが嫌だから」
今度の「やる」は、さっきとは少し違って聞こえた。




