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【改訂版】転生賢者の麗らか貴族生活〜余生のつもりが過保護な家族に溺愛されて長生き待ったなしのようです〜  作者: 瀬那つくてん(加賀谷イコ)


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第34話 スマルトの着眼点

 スマルトの仕事がネイビーに回ると、スマルトの分の仕事が極端に減ったため午後の時間が余ってしまった。アズールとスマルト、ネイビーは担っている仕事の部門が違うため、スマルトの仕事がネイビーの仕事の合同となり、スマルトの仕事がほとんどネイビーに流れていったのだ。残った仕事はシアンも手伝えばあっという間に終わってしまった。

「時間が余ってしまいましたね」

「ちょうどいいから『海底の迷宮』の予習でもしておくか」

 スマルトは棚から魔獣図鑑と「海底の迷宮」の地図を取り出す。王宮や冒険者によって攻略が進められているため、迷宮とは名ばかりで構造は完全に把握されていた。上位の迷宮となると攻略段階の場所もあるが「海底の迷宮」のようにランクの低い迷宮は攻略がほぼ完了していると考えられている。

「海底の迷宮は亡霊系の魔獣が多い。アンデッド、スケルトン、グール、それから雑魚魔獣も生息しているだろうな」

 アンデッドとグールは人型をしている。体が腐敗しているため人間と見紛うことはどう考えてもあり得ない。スケルトンは動く骸骨で、人型ではあるが肉体はない。剣術と魔法を駆使すれば敗れることはないだろう。

「主のような存在にデュラハンがいる。だが、海底の迷宮は何度も冒険者が攻略に入っているし、討伐されてまだ復活していないかもしれない」

 デュラハンは首のない騎士で、全身を覆う鎧の中は空洞だ。首なしのコシュタ・バワーという馬に乗っていることもあり、その場合は取るべき戦術も変わる。剣術と魔法が揃っていれば苦戦することはないだろう。

「迷宮としてのランクは初級寄りの中級。腕試しにはちょうどいいだろうな。お前とクロム殿下だけでも充分に攻略できるはずだ」

「兄様は戦わないんですよね」

「ああ。本当に危険なときしか手出しをしない。クロム殿下をサポートするためにも、能力を出し惜しみする必要はないからな」

「はい」

 シアンにとって能力を存分に発揮できることは楽しみだが、それだけでは迷宮を攻略することはできない。最適な戦術を瞬時に判断することが肝要になる。クロムと連携する必要も出て来るだろう。ふたりの息がどれだけ合うかにかかっている。

「この国の迷宮を知らないし魔法学も初めて習うということは、この世界は初めてなのか」

「そうですね。いままで魔法学が存在する世界に生まれたことはありません」

「すべての前世を憶えているのか?」

「いえ、ほとんど憶えていません。ですが、魔法学という特徴的な学問があれば勉強していたはずです」

「いまも昔も勤勉なんだな」

「勉強オタクで魔法オタクのだけです」

 これまでの人生で、新しく学べることはないかと情報に耳を澄ませていた。これほど面白い学問を賢者が見逃すはずはない。魔法学はこの世界の特有の学問なのだろう。

「賢者の称号を冠していたということは」と、スマルト。「俺たちよりはるかに年上なのか?」

「えっ……いや、まあ、そのようなもので……」

 シアンはしどろもどろになる。年齢については父母にも打ち明けなかったことだ。なんとなく気まずいような気がするからだ。スマルトは特に気にする様子はない。

「賢者ともなれば、カージナルに習うどころか教えることもできるんじゃないか?」

「それも可能だと思いますが、魔法学を学ぶのは初めてですから」

「なるほどな。賢者になってもまだ学ぶことがあるなんて、世界は広いもんだな」

「そうですね」

 スマルトは「海底の迷宮」の地図を広げる。丸めて保管されていたため、広げても端が跳ねてしまう。スマルトの反対側をシアンが押さえ、地図を覗き込んだ。

「海底の迷宮は行く機会があまりないから跡がついたな」

 地図は階層ではなく地点で区切られている。全部で六箇所の地点があるようだ。こういった地形には通路がある場合もあるし、魔法装置の「ワープポータル」が存在する場合もある。地図に記された印を見ると、どうやら通路によって移動するようだ。

「海底の迷宮には貴重な素材があるが、素材採取に行くには魔獣のランクが高い。それこそ腕試しに行くような場所で、そのついでに素材の採取ができれば理想的だ」

 地図にはいくつかの印が記されている。模様から見て素材の目印のようだ。

「素材を採取すれば魔道具も作れるし、売ることもできるがどうする」

「うーん……余裕があれば、ですかね。クロム殿下を危険に晒すわけにはいきませんし」

「そうだな。一応、何が採れるか教えておく。クロム殿下が持って帰れば、宮廷薬師や王立総合研究所が喜ぶだろ」

「はい」

 どこに何が生息しているかというスマルトの説明を聞くと、賢者が元居た世界に存在していた素材との共通点もいくつかあった。同じような成分でできているなら、おそらく用途も似通った部分があるだろう。賢者の知識でもできることがあるかもしれない。

「薬学の心得は?」

「ある程度は……」

「それなら、魔具師になることも可能かもしれないな」

 魔具師とは魔道具を研究、開発し、製作する職人だ。魔道具は素材を掛け合わせて作るため、知識が頭に入っていれば設計図を作ることができる。シアンの脳内には賢者の頃に培った、必要なだけの知識が組み込まれているはずだ。

「魔道具製作はアズールが心得がある。興味があるなら教わってみると面白いかもしれない。喜ぶだろうしな」

「はい。今度、聞いてみます」

 サルビア家はみな、実に多彩な能力を持っている。基本的に事業の仕事と何かを兼業している。アズールとスマルト、ネイビーには社交界での役目もある。相当に忙しい日々を送っていることだろう。知識量もかなり豊富だ。

「兄様は視野が広くて、着眼点が鋭いですね」

「サルビア家は能力が幅広い家系だからな。その分、発想力も広くなる。一に気付けば五の発想が浮かぶと言われている」

「それはすごいですね。サルビア家の血筋があれば、その五の発想を活かすこともできるんですね」

「そうだな。賢者ともなれば、俺たちより能力値が高いはずだ。サルビア家がそれを無駄にすることはない。どれだけの経験を積んで来たのかは計り知れないが、お前もやろうと思えばなんでもできるんじゃないか」

 それはきっとその通りだろう、と賢者は思う。それだけの能力があり、サルビア家ではどんな道でも選べる。どんな道でも選べるように鍛錬する機会を作れる。可能性は広げるに越したことはない。どの道を選んでも悔いが残らないようにするために。

「賢者ともなると、弟子もいたんじゃないか?」

「はい、何人か。弟子にはできることをなんでもやらせて、可能性を広げるよう努めていました」

 賢者の名を冠する者のもとには、様々な人間が集まって来る。賢者の力を利用するだけ利用しようとしただけの者もいたが、真剣に学ぶ者がほとんどだった。真剣な弟子には真剣に教えるのが礼儀だ。何より、真剣になればなるほど可能性は広がる。選べる道は増やすに越したことはない。

「弟子が能力を活かす方法はすべて教えて来ました。あとは弟子が望む道を選ぶだけです」

「それなら、ブルーの可能性を広げることもできるかもしれないな。ブルーは勉強が嫌いだからな」

 これまでの状況を察するに、ブルーの成績はさほど良くないようだ。このままでは可能性を狭めることになる。せっかくサルビア家の血筋だというのに、それでは勿体無い。ブルーだってその気になればいくつもの選択肢を増やすことができるはずだ。

「勉強することに楽しさを見出せていないんでしょうね。勉強は楽しむべきです」

「さすが勉強オタクだな。王立魔道学院の講師になれば将来有望な生徒が増えるだろうな」

 王立魔道学院に入学した時点で優秀と言えるが、その先はどれだけ能力値を上げるかというところにかかっている。自分の道を見出せない者に可能性を提示するのも師の務めだ。

 地図と魔獣図鑑を片付けるとスマルトが思い立ったように言う。

「お前、賢者殿もそういう喋り方なのか?」

「いえ、もっとじじいっぽい喋り方を……あ」

 ついに言ってしまった。じじい、と。年齢・年代については隠していたのにこんなところで口を滑らせるとは。スマルトの表情はひとつも変わらないが、はるかに年上であることはなんとなく隠しておきたかった。


『賢者様って隠し事ができないですよね』


 かつての弟子はそう言っていた。賢者の口が軽いのか彼女が目敏いのか、隠し事や嘘はいつも見抜かれていた。秘密だけは守れていたように思うが、あの弟子のことだからバレていたのかもしれない。それもいまとなっては良い思いでだ。

「まあ、年配者であることは想定していた。若くして賢者にはなれないだろ」

 シアンはなんとなく気まずく感じたが、ソファに戻って来るスマルトの態度は何ひとつ変わらない。弟の中身が自分よりはるかに年配だとしても気にしていないようだ。

「じゃあ、いまのお前はシアンと賢者が混ざったような雰囲気なのか」

「そうですね。シアンの比重が大きいですが……。シアンも本来は明るい性格のはずですから」

「そうだな。シアンだけでも、もう少し大きくなればいまのような性格になっただろうな」

 シアンは公園で拾ったり自作したりした物を兄弟に贈るほど無邪気な子どもだった。辛い目に遭って抑制されていただけで、それがなければ賢者が目覚めるより前から明るく笑っていただろう。自分を押し殺していたシアンの助けとなることができたのなら、賢者としては転生者冥利に尽きることだ。

「……あの……」

 言い淀むシアンに、スマルトは促すように優しく視線を遣る。

「弟の中身が父親より年上なのは嫌ですか……?」

 父ゼニスの年齢は、倍にしても賢者には届かない。結婚年齢の低い貴族社会であれば、子どもどころか孫だったとしてもおかしくない年齢だ。そう考えると長生きすることの恐ろしさを感じる。

「いや、別に」と、スマルト。「そもそも、何度も転生を繰り返しているなら、合計年齢は年配者よりはるかに上のはずだ。仙人が世俗に戻って来たようなものだろ」

(言い得て妙、じゃな……)

「それがたまたま自分の弟に生まれたというだけだ。中身がじじいだろうが変わりはない」

「……ありがとうございます。ぜんぶ杞憂だったみたいですね」

「そうみたいだな」

 心配するだけ無駄のようだ、と賢者は考える。そもそも、シアンの心の半分以上が赤の他人であることを受け入れた時点で、合計年齢が父親よりはるかに高いことは承知しているはずだ。それに気付かなかった賢者が短絡的と言える。彼らの心が全世界の海より深いことは知っているはずなのに、いつまでも要らぬ心配をしていたようだ。

「あの能力値はさすがに引くがな」

「ええ……」

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