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【改訂版】転生賢者の麗らか貴族生活〜余生のつもりが過保護な家族に溺愛されて長生き待ったなしのようです〜  作者: 瀬那つくてん(加賀谷イコ)


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第19話 サルビア家とセレスト

 昼食後、事業の支店である街の事務所からスマルトに呼び出しがかかった。シアンはついて行くことができないし、スマルトの監督なしに仕事をすることはできない。いつもならシアンを取り合うアズールとネイビーは珍しく、こんなときに限って急ぎの仕事で手が離せず、シアンは母セレストの執務室に預けられることになった。シアンはセレストの執務室に入るのは初めてで、なんとなく緊張していた。

「本がいっぱいありますね」

「ええ。ほとんど魔法学のものよ。この辺りに基礎の本があるわ。私はレポートを書くから、気になったものは遠慮なく読んでちょうだい」

 セレストは侯爵家の事業に携わる傍ら、魔法学研究員としても活動している。この街にあるセルリアン魔法学研究所に所属し、時々研究のために街へ出掛けているようだ。そうして得た成果をレポートにまとめるのだ。賢者は「魔法オタク」と言われたこともあり、魔法学にもとても興味がある。いつかセレストとともに研究できればと思っていた。

 セレストが基礎の本があると指した棚を見ると「魔法学入門」と背表紙に書かれた本を見つける。ここから順番に読んでいくのがよさそうだと手に取り、そばのソファに腰を下ろした。ウィローはシアンの足元で昼寝の体勢に入る。おとなしく待っていてくれるようだ。

(わしが元居た世界に魔法学という学問はなかったが、魔法の成り立ちの基礎は同じようじゃの。魔法を科学で解明するとは、面白い学問じゃ)

 魔法の基礎が大気を覆うエネルギー「マナ」であることはどの世界でも同じだ。人間の身体にマナを吸収する仕組みはないが、体内に有する魔力を放出する際にマナを取り込むことで魔法として発動する。魔法の五つの種類のうちのひとつはマナを消費する魔法だ。その他の魔法は体内に有する魔力のみで発動することができる。訓練すれば他の四種の魔法でもマナを取り込むことができ、そうすることで高い威力を発揮することもできる。魔法学の基礎を頭に叩き込んでおけば、より効率的に効果的な魔法を可能にするだろう。

 魔法学の永遠の課題は「マナ」を解析することだ。マナの成分を解析し、人工的にマナを生成することで魔道具として利用するのが目的だ。そうすれば魔法発動の際にマナを取り込む一瞬の隙をなくすことができる。だが、マナは人間には解析できないとされている。その点で「永遠の課題」なのだ。

 シアンはあっという間に一冊を読み終えた。セレストはまだレポートに取り掛かっている最中で、もう何冊か読む時間がありそうだ。シアンはまた別の参考書を手に取る。

(ふむ……これは面白い。魔法の仕組みを頭に入れておけば、簡単に独自の魔法を作ることも可能になるじゃろうの)

 賢者にとって、魔法学は答え合わせのようなものだった。賢者であった頃は魔法の研究にのめり込み、独自の魔法もいくつか生み出した。あの頃はとにかく魔法を使って試行錯誤していたが、科学として捉えれば仕組みは簡単だ。魔法学は、そのひとつひとつが答え合わせだった。

「シアン、そろそろ休憩しましょう」

 セレストに呼び掛けられて、シアンは意識を現在に戻す。夢中になっているうちに五冊を読み終えていた。

「すみません、お手伝いもでずに……」

「いいのよ。魔法学に興味をもってくれて嬉しいわ」

 話し声で目を覚ましたウィローが、シアンの足に擦り寄って来る。シアンが思う存分に撫でまわしているあいだに、アガットが紅茶を持って来て机に並べた。ウィローにはおやつのバナナを持って来たようだ。

 グリーンウォンバットは緑がかった体毛と、エメラルドのように澄んだ緑色の目が特徴だ。魔獣と比べるのは忍びないが、セレストの瞳もジャスパーのように美しい。シリルを除いた他の五人は、それぞれ少しずつ違う青色の瞳だ。

「失礼だったら申し訳ないのですが……」

「何かしら?」

「母様とアズール兄様たちは義理の母子(おやこ)ということですよね」

「ええ、そうよ。アズールとスマルト、ネイビーのお母様は、十年前に病気で身罷(みまか)ったわ」

 それについてセレストに気掛かりはないようだった。シアンから見て、三人もセレストを後妻だからと線引きしたり距離を置いたりということもない。アズールとセレストでは母子としては年齢が近すぎるが、サルビア侯爵家の女主人として認めている。それはスマルトとネイビーも同じことだ。

「三人のお母様は、ローズマダー宰相家のご長女のガーネット様よ。ネイビーがよく似ているわ」

 そういえば、とシアンは思考を巡らせる。ネイビーの部屋に長髪の女性とネイビーが並んで映った写真があった。あの女性がガーネット・ローズマダーなのだろう。

「あの子たち、ガーネット様の面影はあるのに魔力回路はサルビア家一色なの。サルビア家の血筋が濃いことの証明ね」

「ブルーも青でしたが、僕には緑が混ざっていましたね」

「そうね。私の実家のベルディグリ家も優秀な魔法使いの血筋のはずだから、私の長男であるあなたに濃く受け継がれたのかもしれないわね」

 三ヶ月前の計測では緑色は入っていなかった、と父ゼニスが言っていた。ベルディグリ家の血筋が開放されたのは、おそらく賢者の魂がシアンの中に介入したことがきっかけだろう。それにより能力値が上がるのだとしたら僥倖だ。

「私が嫁いで来たのは八年前。当時、アズールは十五歳、スマルトは十三歳、ネイビーは九歳だったわ。私と姉弟でもおかしくない年齢差だけど、あの子たちはサルビア家の女主人として認めてくれたわ。ガーネット様に似て素直な子たち。ガーネット様の教育の賜物ね」

 前妻亡き後、後妻が娶られるのは珍しいことではない。賢者のこれまでの経験では、後妻が受け入れられるかどうかは大きな問題となることだ。ギスギスしたりよそよそしかったりする場合がほとんどで、サルビア家のように良好な関係を築けるほうが珍しいとも言える。

「あなたが生まれたとき、あの子たちがどう思うか、正直なところ不安でいっぱいだったわ。差別するような子たちとは思わなかったけど、後妻の子どもの上に、あなたはアルビノという特性を持っているから」

 セレストはシアンの真っ白な髪を優しく撫でる。特殊な子どもが不当な扱いを受けるのは、貴族でも庶民でも同じようにあり得ることだ。セレストが不安に思ったのも無理はない。

「それが杞憂だったことはすぐにわかったわ。年齢の離れた弟だからか、あの子たちはあなたととても可愛がってくれたわ。しばらくは、私の前だからそうしているんじゃないかと思っていたけれどね」

 それはいまでも続いている。彼らがシアンの特性に同情して可愛がっているわけではないことはよくわかる。

「でも、あの子たちはお父様と私と一緒に、あなたが育つ喜びを感じていたわ。もちろんブルーもよ。ある程度の年齢で赤ちゃんから見守っていると、深い愛情が湧くものだわ」

「ちょっと過保護すぎる気もしますが……」

「可愛いあまり心配になるのでしょうね。あなたはいつも暗い顔をしていたから」

 セレストの細い指が、シアンの頬をするりと撫でる。

「あなたは何が辛いか話してくれないから、余計に心配になってしまうのよ。あなたは隠し事が下手なのに得意だもの」

 シアンが家族に心配をかけたくなかったことは、賢者にはよくわかる。心配させまいと辛い気持ちを押し殺し、大丈夫、なんでもない、と言い続けていたのだろう。それが余計に心配になるところまでは想像が及ばなかったようだ。

「私たちは、どんなことを打ち明けられてもあなたを嫌いになることなんてないわ」

「……本当に?」

「ええ」

「どんなことでも?」

「もちろん」

 シアンは隠し事が下手なのに得意。それは賢者とて同じこと。シアンの心の半分が別人になったことを隠しておくのが心苦しくなって来て、そうして隠し事があることを家族は敏く感じ取っているのだろう。だが、サルビア家にとって賢者は赤の他人である。さらにシアンとは対極の九十八のじじいだ。もしかしたらすでに気付かれている可能性もあるが、受け入れてもらえるかがいまだ気掛かりだ。隠し続けるのも、彼らを騙しているような気になる。白状するなら早めに越したことはないだろうが、上手く説明できるかどうかも不安だ。もう少し考える必要があるだろう。

「そろそろ、休憩を切り上げましょう」セレストが優しく言う。「あなたは好きなだけ本を読んでいていいわ」

「はい、ありがとうございます」

 それからシアンは夢中になって本を読み漁った。本の虫であることはいつも変わりない。与えられたら与えられただけ読んで頭に叩き込む。そうして新しい知識を身に付けることが喜びだった。賢者は、そうやって生きて来た。



   *  *  *



 夕食前、シアンはウィローを朝と同じように中庭に連れて行った。あまり暗いところでは可哀想だと、廊下の照明が当たる明るい場所に餌を置く。シアンが優しく頭を撫でると、それを合図にウィローは食事に取り掛かった。

「……父様たちは、わしを受け入れてくれるかのう」

 誰にでもなく呟く。もちろんウィローは返事をしない。

 打ち明け方はいろいろある。重々しく、はたまた気楽に、もしくは茶化しつつ、しかし正直に。できるだけ衝撃の少ない打ち明け方がいい。ひとりずつ打ち明けるか、それとも全員に一度に打ち明けるかという問題もある。もしくは、誰かひとりだけに打ち明ける方法もある。その方法を採るとすれば、誰に打ち明けるのが適任だろうか。

「シアン」

 考えに耽っていたシアンは、呼び掛ける声にハッと顔を上げる。スマルトが歩み寄って来ていた。

「何をしてるんだ。みんな待ってるぞ」

「はい、いま行きます」

 まずシアンと接する時間が長いスマルトに打ち明けるのが最善だろうか、と考える。スマルトは真摯に向き合ってくれるだろう。だが、サルビア家の中で最もシアンを溺愛している彼が、シアンの中に九十八のじじいがいることを受け入れるだろうか。最も打ち明けやすいという気もするが、最も打ち明けづらいという気もする。スマルトがどう受け止めるか、そのときのことは想像ができなかった。それにより傷付けてしまうこともあるかもしれない。それは誰に打ち明けても同じかもしれないが、慎重になるべきという気がした。

「何を考え込んでいるんだ?」

 スマルトがシアンを除き込む。こうして案じてくれるのも、告白後には変わってしまうのだろうか。

「うーん……もうしばらく自分で考えます」

「そうか」

 彼らはシアンが最善の答えを導き出すまで待ってくれるだろう。無理やりに聞き出すようなことはするはずがない。だからこそ、迷ってしまうのだ。

 打ち明けるにしても、打ち明けないにしても、慎重になる必要がある。賢者のためではない。シアンのためだ。




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