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【改訂版】転生賢者の麗らか貴族生活〜余生のつもりが過保護な家族に溺愛されて長生き待ったなしのようです〜  作者: 瀬那つくてん(加賀谷イコ)


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第17話 冒険者の迷宮

 無事に計測会を終えて和やかな雰囲気に包まれた昼食会を過ごしたあと、シアンはマゼンタとともに初の依頼に出掛ける支度を始めた。いつものブラウスと半ズボンでは動きづらいため、機能性の高い上下揃いの服が用意された。冒険のために作られた、いわゆる「冒険服」だ。

「“冒険者の迷宮”には魔法の仕掛けはありませんから、物理攻撃耐性の上がる物を用意しました」

 シアンの身支度を整えながら、マゼンタはどこか楽しそうな表情で言う。いつもとは違う身形みなりであるため、そう何度もない機会を楽しんでいるようだった。

 冒険服には特殊な繊維が使われているため、物理攻撃や魔法攻撃などに対する耐性を上乗せすることができる。それはもちろん、サルビア侯爵領の特産のひとつである。

 シアンの腰のベルトに、マゼンタは手際よく短剣の鞘を取り付ける。シアンの手によく馴染みそうなサイズだ。

「短剣も持って行くの?」

「護身用です。アズール様とスマルト様がご一緒で、下位級の『冒険者の迷宮』では必要ないと思いますが、万がいちのときのためです。そんなことはないでしょうけれど」

 シアンに剣術の心得はない。万がいちの場面が訪れたとしても、きっとこの短剣はただのなまくらとなるだろう。

 マゼンタが丁寧に髪を整えて身支度は終わる。討伐依頼となると動き回るためどちらにせよ髪は乱れてしまうだろうが、マゼンタのこだわりは今日も健在のようだ。

 リビングに行くと、アズールとスマルトもすでに準備万端で待っていた。セレストが地図の確認をしている。アズールとスマルトも腰に剣を携えているが、シアンの護身用とはまったく違う、実用的で実戦向きの長剣だ。

「よく似合ってるね」と、アズール。「小さな冒険家の誕生だ」

「なんだかわくわくします。下位迷宮とは言え、多少の危険もあるのでしょうが……」

「僕らがいれば危険なんてないよ。シアンには傷ひとつ付けさせやしないさ」

「いいこと、シアン」セレストが言う。「いざというときは、アズールとスマルトを盾にしてでも逃げるのよ」

 それは随分な物言いだが、アズールはそれを受け入れるように微笑み、スマルトは平然としている。本当にそうなったとしてもまったく問題ないというような表情である。

「本当は私も一緒に行けたらよかったのだけれど……」

「大丈夫です。僕だって魔法が使えるんですから」

「ええ、そうね。絶対に無事で帰って来てちょうだい。シアンにもしものことがあったら……」

 その場面を想像してしまったのか、セレストの瞳が薄っすらと潤んでいく。アズールとスマルトがいればそんなことはあり得ないとわかっているはずだが、完全なゼロであるとは言えない。しかし、想像力が豊かすぎるとも言える。

「大丈夫ですよ。心配しすぎです」

「アズール、スマルト。くれぐれもお願いね。みんなで無事に帰って来てちょうだい」

「もちろん」アズールが頷く。「シアンに傷を付けたら時期家長の座を降りてもいいですよ」

「それはやめておきましょう。僕は大丈夫ですから」

 シアンは思わず苦笑する。セレストもアズールも随分と心配性だが、シアンも魔法を習って多少なりとも戦えるようになっている。初心者向け迷宮での下位級の魔獣討伐であれば、シアンでも問題なくこなすことができるはずだ。


 冒険者の迷宮へは馬車で向かう。さほど遠くない場所に位置しており、馬車で三十分ほどだと言う。街から近いことも迷宮デビューの場に選ばれる理由のひとつだろう。

「今回の依頼は間引きだそうですが、具体的には何体を倒せばいいのですか?」

 シアンの問いに、アズールは依頼書を広げて見せた。

「ポケットラットは二十体で、ギミックバットは三十体、グリーンウォンバットは十五体だ」

「思っていたより多かったです。依頼自体は初級ではなさそうですね」

「そうだね。前の間引きからすこし空いてしまったようだ。小遣い稼ぎに受けるような依頼だけど、シアンの初依頼にはちょうどいいかと思ってね」

 数こそ多いもの、魔獣自体は無力と言ってもいい。害のある魔獣ではないが、群れが大きくなれば初級冒険者が討伐に骨を折ることになる。迷宮デビューは簡単に済ませることが理想的であるため、中級以上の冒険者が間引きするのだ。

「ポケットラットは基本的に群生しているから、一体を見つけたら五体はいるはずだ。倒し方は自分で試してみてくれ」

「はい」

 その倒し方は、教わらなくとも賢者は知っている。ポケットラットはどの属性の魔法でも一撃で倒すことができる。攻撃系の魔法をひとつでも覚えていれば討伐できる魔獣だ。

 賢者は討伐依頼を受けるのは久々で、年甲斐もなく気分が上がっていた。例え最下位級の魔獣が相手だとしても、何十年ぶりに戦闘に加われるのが楽しみだ。若さとは素晴らしい、となんとなくそんなことを考えていた。



   *  *  *



 東の平原からエメラルドの森へ近付いた木々のあいだに「冒険者の迷宮」へ繋がる扉がある。そこにあるのは扉だけ。前から見ても後ろに回っても扉だ。扉の中に入ると迷宮に辿り着く構造になっており、迷宮の入り口は大抵どこでもそうなっている。実に不可思議な光景だ。

 迷宮の入り口が出現し発見されると、最初に足を踏み入れるのは王宮の騎士団かベルディグリ公爵家の者、もしくはサルビア侯爵家の者と国によって法律で定められている。もし実力が迷宮の難易度に見合わない冒険者が初めに攻略に行った場合、命を落とす可能性もあるからだ。高い実力を誇る者たちが初めに立ち入り、その迷宮の難易度と生息する魔獣を調査して冒険者ギルドに報告する。そうやって初めて他の冒険者が攻略に入れるのだ。その仕組みは特段、珍しいものではなく、冒険者の安全のための当然の仕組みである。

 扉が繋がる最初の階が一階層目だ。さらに奥に向かって行くと下に向かう階段があり、最奥部まで降りれば八階層すべて巡ることができる。シアンたちは三階層まで降りることを予定している。八階層まで降りる必要はない。

「うーん、思っていたより多いなあ」

 一階層を見渡してアズールが言う。目視だけでも魔獣の数が多いことが明らかだった。駆け回るポケットラットの群れに加え、あちらこちらをギミックバットが飛び回り、グリーンウォンバットが悠々と闊歩かっぽしている。

「当初の予定通り、僕とスマルトはギミックバットとグリーンウォンバットを討伐するけど、シアンはひとりで大丈夫?」

「はい、もちろんです。任せてください」

「頼もしいよ。じゃあ、始めようか。あまり離れないように」

「はい」

 最下位旧魔獣御三家はほとんど無害であるため、少々愛らしさを感じる。しかし、無害であっても数が増えすぎるのは問題だ。容赦などしている隙はないだろう。

 アズールとスマルトは、ギミックバットはふたりで倒し、グリーンウォンバットは発見したほうが討伐している。その動きはまさに熟練で隙がなく、勇者に勝るとも劣らない。統制の取れた連携は見事で、能力値の高さがよく表れていた。

(ふむ……能力値は張りぼてではなかったようじゃの。実に清々しい戦いぶりじゃ)

 シアンはポケットラットを視認し次第、様々な属性の魔法を試した。どの属性でも効果は特に変わらず、ポケットラットは一撃で倒れる。魔力の消費が低い魔法で充分のようだ。

 依頼の達成には、倒した魔獣の牙や爪を採取して提出する必要がある。そうして功績を証明しなければ遂行は認められない。ポケットラットは爪を採取する。そのためにはシアンの短剣では大きすぎるため、採取用の小さなナイフを使用する。ポケットラットの爪は脆く、気を付けなければ粉々になってしまうため、ある程度の慎重さが必要だ。

 彼らの戦闘に怯え、多くの魔獣が奥側に引っ込んでしまったようだ。周囲にもう生きた魔獣はいなくなっていた。

「余裕そうだね」

 採取したポケットラットの爪を袋にしまったシアンに、アズールが感心したように言う。アズールとスマルトも余裕だ。

「はい。まだ」

「素晴らしいよ」

 スマルトが採取した爪と牙を数える。ポケットラット六体、ギミックバット十二体、グリーンウォンバット六体の討伐が完了していた。目標の数にはまだ届いていない。

「まずまずの成果だ」スマルトが言う。「残りは二階層だけでも充分に討伐できるだろ」

「帰りは来た道を戻るんですよね。帰路で遭遇して討伐した分も入れていいんですか?」

「そうだね」アズールが頷く。「ただ、絶滅させると生態系を崩す可能性があるから、ある程度は逃がすけどね」

 魔獣の生態系が成り立っていることで、他の動物の生態系にも影響がある。自然を守るためには、魔獣もある程度の数を確保する必要がある。人間にとっても自然は重要なものだ。

 五分ほど休憩を挟み、三人は二階層目に降りる。先ほどと同じように手際良く討伐に取り掛かり、それでもアズールとスマルトの息が上がることはなかった。

 倒したポケットラットの爪を採取するシアンのもとに、のそのそと近寄る影があった。一体のグリーンウォンバットが、不思議そうに鼻をひくつかせている。敵意や戦意は見られず、シアンに興味を惹かれているようだ。しばらくシアンを観察したあと、シアンに寄り添うようにして腰を下ろした。大きくあくびをして、随分とのん気な顔をしている。

(これは……なんとも可愛いものじゃ。随分と人馴れしているようじゃのう)

 シアンが手を持ち上げても逃げることはなく、頭を撫でてやると、どこか嬉しそうな表情をしているように見えた。

「おや、珍しい」アズールが歩み寄って来る。「野生のグリーンウォンバットに懐かれているね」

「こうしていると可愛いですね。迷宮から人懐っこい子を集めて売買すれば、ひとつの事業になりそうですが……」

 魔獣だから原価はかからないし、という言葉をシアンは呑み込んだ。そう言ってしまうと、少々残酷で、悪どい商売のように感じられた。魔獣も生命を持っているのだ。

「魔獣は一般向けのペットではないからね。少なくとも、いざというときに討伐できる飼い主でないと」

「魔獣だから」と、スマルト。「突然、牙を剥くこともあるだろうからな。危険生物であることに変わりはない」

 ポケットラットやグリーンウォンバットを飼育する者は大勢いるが、確かに戦う力がなければ牙を剥かれたときに対処できない。冒険者のいない一般家庭で飼うには、少々危険の伴うことである。道楽だけで飼育することはできないだろう。

 ある程度、討伐が済んだところで、スマルトがこの階の成果を確認する。ポケットラット七体、ギミックバット十四体、グリーンウォンバットは九体の追加となった。

「残りのポケットラットとギミックバットは三階層で探そうか」と、アズール。「シアン、まだ平気かい?」

「はい。大丈夫です」

「良い調子だ。じゃあ、行こう」

 三人が階段に向かって歩き出すと、あのグリーンウォンバットものんびりと付いて来た。初めは気まぐれのようにも思えたが、階段を降りても付いて来る。彼らが魔獣を討伐する、魔獣にとって脅威となる存在であるということを認識した上で追って来ているようだった。

 三階層目にも大量の魔獣が湧いていた。そのうちの多くが奥側に逃げて行き、残った魔獣にも好戦的な個体はいない。それでも間引きはしなければならないのだ。

(ふむ……この子を見てしまうと、間引きというのも残酷に感じてしまうのう。とは言え、人間と魔獣はどうしても相容れぬ存在じゃ。互いの生態系のためには必要なことじゃ)

 シアンは手早くポケットラットを二体、討伐し、爪の採取に取り掛かる。細かい作業にも慣れてきて、残りの討伐も効率良くこなすことができそうだ。

「シアン!」

 スマルトが何かに気付いて声を上げる。自分の後ろに攻撃性を秘めたグリーンウォンバットが近付いていることにシアンが気付いた瞬間、あのグリーンウォンバットが飛び出して威嚇の鳴き声を上げた。それに怯え、好戦的なグリーンウォンバットは逃げて行く。野生のグリーンウォンバットが、人間に敵意を持つ魔獣からシアンを守ったのだ。

「すっかりシアンが気に入ったようだね」

 アズールが歩み寄っても、グリーンウォンバットはシアンの足元に寄り添って逃げようとしない。アズールとスマルトの戦闘を見ても怯えていないようだ。

「どうしてこんなに泣疲れているのでしょう」

「サルビア家は蒼の血筋、ベルディグリ家は緑の血筋と言われていてね。シアンはちょうど真ん中にいる。グリーンウォンバットはその名の通り緑の生き物だし、同じ色を持つシアンに惹かれるものがあるのかもしれないね」

 シアンが抱き上げると、安心しきった顔で抵抗する様子は見られない。まるでそうされるのが当然というような表情だ。

(うーむ……なんとも可愛い……。これまでの人生では、なぜか動物には懐かれんかったからのう)

 これまでの人生で動物がそばにいることは何度かあったが、吠えられたり威嚇されたりするのがいつものことだった。これほどまでに懐かれたことはいままでにない。

「連れて帰っちゃダメですか?」

 懇願するように言うシアンに合わせ、グリーンウォンバットも切なげに鳴く。その愛らしさにアズールは胸を押さえて小さく唸るが、すぐに気を取り直して顔を上げた。

「父様の判断を仰ぐ必要があるけど、ここまで懐かれちゃ置いて帰るのも忍びないね。一旦、連れ帰って、許可が下りなかったら返しに来よう」

「はい!」

 このグリーンウォンバットの成長具合は中程度と思われる。人間で言うと、子どもではないが大人でもない、といった具合である。子どものように好奇心だけで懐いたわけではなく、彼らが無害であると判断するだけの知能はあるはずだ。

 ポケットラットの爪とギミックバットの牙も数が揃い、これ以上の滞在は必要ないため真っ直ぐ帰路に着いた。あのグリーンウォンバットはのそのそと付いて来て、彼らとともに躊躇うことなく迷宮を脱する。迷宮の中で生きていた個体だが、外の世界に怯えている様子はなかった。

 アズールがグリーンウォンバットに浄化の魔法をかける。野生の魔獣は汚れと菌が付着しており、そのまま屋敷に連れ帰るのは危険だ。同じようにシアンにも魔法をかけ、ついでにと自分とスマルトにもかけた。これで屋敷を出たときと同じ状態で帰宅することができるのだ。

 馬車に乗り込むと、グリーンウォンバットは当然のようにシアンの膝に乗った。じゃれついて来るのがくすぐったくて笑っていると、正面に座っていたアズールが、可愛いと可愛いの掛け合わせ、と悶えていた。

「お前は昔から動物に懐かれるな」スマルトが言う。「野良猫が集まって来るから追い払うのが大変だった」

「そんなこともあったな」と、アズール。「シアンの魔力が心地良いのかもしれないね」

「父様のお許しが出るといいのですが……」

「随分と懐いているからね。僕も一緒に頼んであげるよ」

「はい! ありがとうございます」



 父の許可は、もちろん下りた。






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