第20曲 飛躍の始まり
きらりさんはわたしが想像していた通り、いやそれ以上に歌声だけじゃなく人間的にも素敵な人だった。他愛もない会話をしているだけでも楽しくて、あっという間に時間は過ぎ去りスタジオ入りの時が迫る。
「気持ちの準備は大丈夫?緊張してない?」
「はい!程よい緊張感はありますけど、今はそれよりも楽しみっていう気持ちの方が強いですね」
「そのへんの舞台度胸はさすがってところだね」
スタジオに到着し、エレベーターでスタジオのある階に上がる。通路の先に構えられた金属製の両開きドアを開けると、そこにはかつての自分を思い出す懐かしい光景が広がっていた。
規模こそ小さいもののカメラや照明などが配置され、各担当のスタッフさんたちがせわしなく動き回ったり数人で固まって打ち合わせしている様子に子役の頃見慣れた光景が重なる。
「どう?昔を思い出した?」
「そうですね、懐かしい感覚です」
「まぁ本物のテレビ局に比べたらスタジオと言っても小規模なもんだからゆきさんにとっては楽勝どころか物足りないくらいじゃない?」
悪戯っぽい笑顔で覗き込んでくるきらりさん。久しぶりの感覚に高揚感に包まれているわたしは返事の代わりに笑顔で応える。
機材のセッティングと装着をし、この2か月ですっかり慣れた自分のアバターのセッティングを済ませる。
テスト撮影でお互いのアバターが問題なく動くことを確認したらあとは待機。いよいよ本番だ。
待つことしばし。その間表示されていたおまちくださいの画面が切り替わり、わたし達2人の姿がモニターに映し出される。
まずは年長者のきらりさんから挨拶。
「きらきらこんばんわ!彩坂きらりです!めちゃくちゃ話題になってたみたいだけど、今日はみなさんお待ちかね。わたしも超期待してた念願の今日のコラボ。わたしたちのスタジオに、その透き通った歌声で人気急上昇中の超大型新人YUKIさんが来てくれたよ!」
「ただいまご紹介にあずかりました!雪の精霊YUKIが今日もみんなに歌声を届けるよ!今日は憧れのきらりさんとのコラボ!きらりさん、今日はお招きいただきありがとうございます!今ドキドキとワクワクで胸いっぱいです!昨日は興奮であまり眠れなかったので本番中に寝落ちしないように気を付けます」
「眠くなる暇なんてないよー!同時接続数がわたしの方で60万、YUKIさんの方で25万超えてるからね!コメント追うだけでも大変だ!」
「え?25万って。チャンネル登録者数よりも多いんですけど!」
どこから現れた15万!うわぁすごい勢いで登録者数増えてるし。おそるべし大物とのコラボ効果。
「それだけみんな今日を楽しみにしてくれていたんだよ」
「これだけ応援してくれる人がいるというのは本当にありがたいです。みんな見に来てくれてありがとう!今日のコラボはわたし達も楽しみながら面白い内容をお届けしていくので、みんなも目いっぱい楽しんでいってくださいね!」
コメントがすごい勢いで流れている。【ゆきちゃんがんばって】【念願のコラボおめでとう】【よかったね】このへんは元々のわたしのチャンネルのリスナーさんと分かる。それに混じって【YUKIちゃんかわいい】【アバターのクオリティが企業勢並み】【声もかわいくて好き】このあたりは今日新規で来てくれた人たちのものだろうか。
とにかくたくさんのコメントがほぼ滞ることなく凄まじい勢いで流れていく。
きらりさんのモニターを見てもわたしと同じか、それ以上のスピードでコメ欄がすごいことになっている。その認識するだけでも大変な数のコメントの中から反応できそうなものを探して拾い上げる。
「わたしの声かわいいですか?ありがとう!きらりさんと揃ったら無敵ですね。アバターも褒めてくれてありがとう!このアバターの生みの親、キリママもコメントくれてますね。ありがとう!ママの顔に泥を塗らないよう今日もがんばりますよ!」
「え……?ゆきさんこのスピードのコメント追えてるの?」
「さすがに全部に反応はできませんけど、もらったコメントは全部見えてますよ?」
「マジで!?わたしほとんど読み取れないんだけど……。どんな動体視力してんだよ……。これ全部目で追って読み取るとか人類にできるものなの?さすが格闘家ってこと?」
きらりさんに共感するのかコメントの中にも【自分の投稿すら追えんのだが】【動体視力エグイ】【ゆきちゃん人外疑惑】というものが。
それに加えて【男の娘で格闘家っていうとゴツいのが頭に……】【ぶるるあぁぁってやつか】【え、マッチョ?】【筋肉隆々でこの声は怖い】なんてのも流れてる。
「いやいや、なんですかその獣の咆哮は。格闘家って程ちゃんとしたもんじゃないですけど。ただ柔道や合気道なんかをかじってるだけですよ。ほら、きらりさんが格闘家なんて言うからわたしの中の人実はマッチョ?なんてコメントがいっぱい来ちゃったじゃないですか」
「あはは、ごめんごめん。格闘家は大げさかもしれないけど、柔道と合気道はけっこうな達人らしいよ。でもマッチョなんてとんでもない。すんごい細くてびっくりするくらいかわいくて、みんなも見たらきっとたまげるよ」
「かわいいは置いといて、実際男の子として発育不足なのは否定できないんですよねぇ。男なのにヒョロヒョロ。ちゃんとご飯食べてるんですけどね」
「いやいや、細くてスタイルも抜群で文句なしの見た目じゃない。あんまりにもかわいくて初対面の時に口から砂吐いちゃったからね」
「サンドマンですか?砂は吐いてないけどそういえば紅茶をこぼしてましたね」
「自分の目を疑うとはまさにあのことだよ。今まで生きてきて衝撃のあまり固まっちゃったのは初めての経験だよ」
【マジで?】【そんなかわいいの?】【見たい】【きらりさんうらやま】【日向キリ:わたしは知っている。ドヤ】懐疑と羨望のコメントが弾丸の勢いで流れていく。キリママ……。
「きらりさんの中の人情報は極秘扱いなので詳しいことはナイショですけど、とってもキレイでわたしは大好きですよ」
お返しとばかりにきらりさんに向き合って満面の笑顔。
「ぐ……!だからその顔でそういうこと言うのやめなさいってば!本気にしちゃうでしょ!」
【どんな顔なんだろう】【まさか超イケメンだったり?】イケメンだったらよかったんだけどねぇ……。
「まぁゆきさんの中の人はいずれ見られるということなのでゆきさんリスナーのみんなは楽しみにしてなよ!まだチャンネル登録してない人も今からリスナーになっておくと2年もしないうちに国宝を拝めるよー」
「人間国宝になった覚えはないんですけど!?」
【国宝クラスのかわいさ……】【マジ見たい】チャンネル登録の勢いがまた加速していく。
【ただでさえ声と性格のかわいさにHP削られてるのに】【会った人みんなが口を揃えて讃える容姿か】【とどめを刺されるかもしれんな】既存リスナーさんまで期待値高めちゃって。
さすがに中の人の話題をこれ以上広げるわけにもいかないな。そろそろ止めておかないと。
「中の人の話題はここまで!そろそろ歌のほうに行きましょうよ!わたし達それで食ってるんだから、そっちがメインでしょ!」
きらりさんの中の人の話は企業勢としてアウトなので、話題を切り替えて歌の方にシフトチェンジ。
「そうだね。今日はゆきさんの歌をわたしが、わたしの歌をゆきさんが歌うっていうミックスコラボでいくよ!そんでもって最後は2人で愛のデュエットだよ」
きらりさんもちゃんと乗ってきてくれた。愛のデュエットってなんだ。
「そういえば順番は決めてなかったね?どっちから先に歌う?」
「そこは年齢順と言うことできらりさんから!」
「くそー中二め。年齢の差を考えたら自分がおばさんになったような気になるじゃないの」
「中二っていう言い方やめません?なんか患ってそう。でもそういうきらりさんだってまだ十代じゃないですか。ギリギリ!」
「ギリギリゆーなー。くっそーこれ以上年齢の話をしても圧倒的に不利なのでさっそく歌ってやる!まずはわたしだね。最初の曲はゆきさんのデビュー曲『Snow Fairy』からいっちゃうよー!」
うお!いきなりデビュー曲歌われるとかちょっと恥ずかしい!でもきらりさんは意にも介さず選曲。
きらりさんはダンスを踊らない。でもダンスも重要なコンテンツのうちであるわたしのために会社側がわざわざステージを用意してくれていたので彼女もそこに移動。
「ステージで歌うっていうのもライブ感があっていいね」
さすが憧れの人。堂々としたものだ。それに凛とした姿でステージに立つ姿はとてもキレイでかっこいい。
やがてイントロが始まり、わたしの慣れ親しんだ曲をきらりさんの声が歌い上げていく。やっぱり良い歌声だ。
わたしより低い声が出るのも羨ましいんだよね。高音域はわたしの方が広いみたいだけど、そんなことは特段意味もない。
お腹の底から響く低音の旋律から高音への遷移は自然かつ巧妙で聞く者の意識を無理やり歌の中に引きずり込むほどの迫力があり、音域の差なんて吹き飛ばしてしまうほどの歌唱力にわたしはすっかり聞きほれてしまう。
だけどこんなにうまい歌を聞かされてしまうと、わたしの中の負けず嫌いが頭をもたげてくる。この歌声を超えたい。
心をしっかりと揺さぶられてしまった曲も終わり、力いっぱいの拍手でステージから戻るきらりさんを迎える。
「やっぱりきらりさんの歌声好きだなぁ。こんなに近くで聴いたらなおさらそう思っちゃいます。わたしも負けてられませんね」
「お褒めにあずかり光栄の極み。って言いながらしっかり燃え上がっちゃってるじゃん。負けず嫌いのゆきさんもかわいい!」
なぜか超ご機嫌なきらりさんが飛びついてきた。
「ちょ!抱き着いちゃダメ!ほらコメが荒れちゃうから!」
きらりさんをひっぺがして今度はわたしが選曲する番だけど、案の定コメントがうらやましい一色。だから言ったのに。まぁいいか。わたしも歌う曲選ばないと。
「ん~どの曲にしようかな……どの曲も捨てがたいんですよね」
「え?ゆきさんは事前に選んでこなかったの?」
「選んでませんよ?きらりさんの曲は全曲覚えてますし」
「えぇ!?わたしゆきさんほどハイペースで出してないけど50曲くらいはあるよ?全部覚えてるとかどれだけわたしのこと好きなの、この子は!」
と言いながらまた抱き着いてこようとしたので今度はおでこを押さえて制止。「けちー」ぶーたれてるけどさっきもコメ欄荒れてたでしょうが。
「やっぱりわたしも最初はきらりさんの代表曲歌うことにします!『Missing Hold』聞いてください」
ステージに移動してヘッドセットマイクを装着。けっこうシックな感じの曲なのでしっかり情感を込めて歌い上げる。ダンスはそれにあわせて少しスローテンポながらも歌詞の通りに情熱的な心情を表現したもの。
さっききらりさんの見事な歌声を聴かされて火がついているので自然と気合が入って声と踊りにも熱が入ってしまう。
やがて余韻を残したまま曲が終わり、ステージから戻るときらりさんが呆けたような顔をしていた。
「はぁ……。動画で聴いてた時も思ってたけど、生で聞くとやっぱり圧倒的だね。なんというか言葉が出てこない」
「褒められてます?」
「その誉め言葉が出てこないくらいよかったの!語彙力が死んでるわ。まだしばらく余韻にひたっていたい」
そう言ってきらりさんは本当にとろけた表情でうっとりしている。さすがにずっと黙ってたら放送事故だよ?
「さて、気をしっかり持って。正気に戻ったところで質問なんだけどダンスは事前に練習してあったの?」
「いえ、イメージは頭にありましたけど、即興ですよ」
「んな!?どれだけわたしの語彙力を殺す気なの……」
【あれが即興!?】【曲のイメージにもすごく合ってたぞ】【まるで持ち歌みたいだったよ】コメ欄でも驚愕の様相。
「あれが即興でできるってどれだけのポテンシャルよ。そりゃみんな心動かされるってもんだ。ほら、コメ欄もすごいことになってるよ」
そう言われて再度コメ欄に目をやると先ほどの驚愕コメの他にも【泣いた】【震えた】【うますぎ】って言葉があふれていた。またキリママ号泣してるし。
きらりさんにも褒められて嬉しさ半分照れ半分で顔が緩んでしまうのを止められない。
「あぁ!そのはにかんだ顔もたまらない!」
今度はわたしも有頂天になって気が緩んでいたので反応が間に合わず、きらりさんにがっちりとホールドされてしまった。またしてもコメ欄阿鼻叫喚。ほんとにこの人は。
その後もトークを間に挟みながら交互に歌を披露していき、予定していた曲数を歌い終え残るはデュエットのみとなった。
「ゆきさんほんとすごすぎる。即興のダンスも全曲完璧だったし、歌だって間違いなくわたしより上手い。すごい以外の言葉がマジで出てこないわ」
「それはさすがに言いすぎですよー」
本当に言いすぎだと思って笑いながら返したけど、きらりさんの表情は真剣なものだった。
「ううん。わたし本気で言ってるのよ。今日生まれて初めて、本物の天才っていうものを見た。わたしもまだまだ負けたくはないけど、相当努力しないと追い抜かれるのも時間の問題だと思うわ。今日はゆきさんとコラボできて本当によかった。わたし自身にとってもいい刺激になったし参考にもなったよ」
「そんな、わたしこそたくさん勉強させてもらいましたよ。またいつかコラボしたいです」
わたしも笑顔を引っ込めて真剣に返す。わたしだってこれは本心だ。
「そう言ってもらえると嬉しいね。わたしもまたゆきさんと歌いたい。それじゃ名残惜しいけどとうとう今日の最後を飾るデュエット曲、よろしくね」
そのままステージに2人並んで立ち、今度はわたしもマイクを構える。今回はダンスは封印だ。
『純情恋歌』という曲はいろんな人が歌っているボカロ曲で聴いたことがない人の方が珍しいくらいの有名曲だけど、聞きなれたその曲もきらりさんと歌うとまるで別物。
きらりさんにリードしてもらい、わたしがそれに合わせて歌うという形。何も打ち合わせをしていないのに自然とそういうスタイルになったんだけど即興にも関わらずぴったりと息が合いハモりも完璧、歌声だけじゃなく心まで通じ合っているかのようにロングトーンやブレスのタイミングまで同じ。
誰かと一緒に歌うのは子役の頃から何度も経験してきたことだけど、こんなに気持ちよく歌えたのは初めてだ。
きらりさんがこの歌をどう表現したくてどんな風に歌いたいかが手に取るようにわかる。きっときらりさんも同じ心境だろう。
いつまでもこうやって歌っていたいと思わせるほどの楽しい時間。
けれどそんな時間ほどあっという間に過ぎ去るもので、4分弱という時間がいつもより短く感じたのはわたしだけではないみたい。きらりさんも物足りなさそうな顔をしていた。
モニターの前に戻ってお互いに感想を述べあう。
「もう一度言うけど今日はゆきさんとコラボできて本当によかった。こんなに楽しくて気持ちのいい時間を過ごせたのは初めてだよ」
よく見るときらりさんが涙ぐんでいる……。そのままゆっくりと抱き着いてきたので今度は拒絶せずにそっと抱きしめて頭を撫でてあげた。
まったくどっちが年上なんだか。なんてね。わたしも感動して泣きそうになってたのはナイショ。
また荒れてるかなと思ってコメ欄を横目に見てみると、今度はさっきとうって変わって【きらりさん涙声】【ワイも感動して涙が止まらん】【尊い】【もっと2人の歌を聞いていたい】という声であふれていた。
キリママと他に何名か【きらりさんそこ代わって】ってコメをしてる人もいたけど。
こうしてわたし史上初のコラボ動画は感動のフィナーレ。きらりさんもわたしも大満足だったしコメ欄も大賑わいだったので成功したと言っていいだろう。
その証拠にこのコラボは神回として前評判よりも大きなニュースとなり、きらりさんの登録者は190万人を突破。
わたしの方はというと驚きの伸び率で、10万人が一気に60万人となり急上昇ランキングも堂々のトップを飾ることになった。




