第18曲 初コラボ決定!
翌日、朝食の席できらりさんとのコラボの打ち合わせで出かけることをみんなに報告した。
ただの打ち合わせなんだけど、昨日きらりさんが言ったデートと言う言葉を思い出してしまい思わずまた赤面してしまったところをめざとくひよりに指摘されてしまった。
「そんなに赤い顔してほんとにただの打ち合わせなの!?なんか怪しい……」
「そんなことないってば。昨日の配信で急遽決まったことだし、きらりさんとは初対面だし」
「ついていく」
「大丈夫だってば、あか姉。ファミレスで待ち合わせして顔合わせするだけだから」
「あらあら2人きりでなんてまるでデートですね」
かの姉ー!
「昨日電話できらりさんにもそんな風にからかわれて少し照れくさくなっただけだから!本当に打ち合わせするだけだし1人で大丈夫だよ」
その後もひよりとあか姉はぶーぶー言っていたけど、まさか打ち合わせの場に家族同伴で行くわけにもいかないのでなんとか説得しておとなしく家で待っていてもらうことができた。おでかけひとつでここまで大騒ぎになるとは思わなかったよ。
少し早めにみんなの分のお昼ご飯を作り置きして、初対面から遅れるわけにもいかないと思いまだ時間には早いけど、もう家を出ることにした。当然のごとく姉妹総出でお見送り。
「こんな早い時間からいそいそと、ほんとにデートみてーじゃねーか」
より姉がニヤニヤしながらそんなことを言うもんだからまたひよりとあか姉がピクリと反応する。
「もう、より姉までそんなこと言って。相手は年上だし時間ギリギリとか失礼なことをしたくないだけだよ。それじゃ、行ってきます」
「おう、お持ち帰りされないようにな」
「されないってば!晩御飯の準備には間に合うように帰ってくるから」
ようやく出発。
ひよりとあか姉は最後まで懐疑的な目をしてたし、かの姉は静かだったけどなんか妙な威圧感があったような気もするけど初対面の相手にそこまで心配しなくても。
わたしも姉妹に対して過保護だと思うけど、逆もまた相当なものだな。それだけ愛されてるってことでもあるんだけど、少しはわたしのことも信用してほしいな。
そんなことを考えながら歩いていると20分ほどで駅に到着。
普段電車にはあまり乗らないのだけど、目的のT駅はここから5駅だ。
切符を購入して改札を抜け、時刻表を確認してみるとお昼の時間帯ということもあって本数が少なく約20分待ち。
やっぱり余裕をもって家を出ていてよかった。都会のほうならもっと本数があってそんなに待ち時間もないだろうけど、この辺は郊外だからこんなことだろうと予想していた。
それでも早く家を出すぎていたのか、目的地に到着したのは約束の時間の30分前。
さすがにきらりさんはまだ来ていないだろうと思ったけど、念のためファミレスの店員さんに「彩坂さんという方と待ち合わせしてるんですけど」と伝えるともうすでに来ていた。早いな!
席まで案内してもらうと、1人の女性が静かに紅茶を飲んでいた。うちの姉妹もたいがい美人ぞろいだけど、それに負けず劣らずの超美人。
それにやっぱり大人気Vtuberの威厳と言うかオーラが全身からあふれている。少し切れ長の、いかにもできる女!という感じの瞳がわたしの方を見た。
「お待たせしてしまってすみません!はじめまして、わたしがYUKIです」
約束の時間にはまだ早いとはいえ待たせてしまったのは事実なのでそう詫びてから自己紹介。……したんだけど反応がない。
あれ?きらりさんだよね?と思ってもう一度声をかけようときらりさんの方を見てみたら手に持ったカップから紅茶がこぼれてる!
「ちょ!お茶こぼれてますよ!」
慌ててハンカチを取り出し、こぼれたお茶をふき取る。幸いテーブルの上だけで下にまでは落ちていないので服は濡れていない。
「きらりさんですよね?どうかしたんですか?」
「は!ごめんなさい、わたしったら!」
正気に戻ったきらりさん(だよね?)がカップを置いて立ち上がる。
「しょっぱなから変なとこ見せてごめんね。わたしが彩坂きらりです。よろしくね」
「はい、一ノ瀬雪です。こちらこそよろしくお願いします!」
二人で頭を下げあい、きらりさんも落ち着いたようなのでまずは席に着く。先に口を開いたのはきらりさんだ。
「いや、思わず魂が抜けそうになったわ。男の娘って聞いてたからさぞかしかわいい子が来るんだろうなと予想はしていたんだけど、まさかここまでキレイな子が来るとは思ってなかったわ。予想の上をいかれたわね。一瞬ゆきさんの周囲が輝いて見えるほどだったよ」
まだ驚愕が冷めやらないといった表情でそこまでべた褒めされるとさすがに照れくさい。
「いやいや、きらりさんもものすごい美人じゃないですか。わたしはこれでも一応男なんでそんな……」
そう返すと呆れたような顔で思いっきりため息をつかれてしまった。わたしそんなおかしなこと言った?
「あなた本当にちゃんと鏡見たことある?わたしも自分の見た目に自信がないわけじゃないけど、しょせんどこにでもいるアイドルレベルよ。それに比べてゆきさんの容姿は空想の世界から抜け出てきた存在かって思えるくらい突き抜けているよ。そんじょそこらのアイドルじゃ束になっても敵わないくらいよ」
「それはいくらなんでも……」
思わず苦笑すると、再度大きなため息をつかれてしまう。
「自己評価はちゃんと正しく持っておいた方がいいよ。周囲をよく見てみなさいな、みんなゆきさんを見てるよ」
そう言われて周りをさっと見渡すとほぼすべての人の視線がこちらに向いている。
「まぁわたしも視線はよく感じますけど、さすがにこの状況はきらりさんと2人でいるからでは?」
「甘いわね。わたしが1人でいる時にも視線は感じていたけど、どれもナンパ男どもの視線ばかりだった。ゆきさんが入ってきた瞬間から全ての視線があなたに集中してるのよ。ほら、お店の厨房からも見学に出てきてる」
調理服に身を包んだ男性が何か作業をするふりをしてこちらをちらちら見ている。さすがにここまで注目されてることを意識してしまうと途端に恥ずかしくなって顔が熱くなってきた。
「視線には慣れてるだろうに結構初心なのね。ゆきさんのその美しさは世間では十分武器になるのに」
そんなこと言われてもわたし男の子だし……。
「う~」
「照れてるところもかわいい。っとその前にひとつ確認しておきたいことがあるんだけど、ゆきさん昔子役でテレビに出てたよね」
やっぱりバレてたか。
「名前でわかっちゃいました?当時は芸名より役名で人気が出たのでそう簡単にはバレないと思ってたんですけど」
「昔からめちゃくちゃかわいくてわたしも大ファンだったからね。芸名くらいチェックしてたよ。やっぱりピーノちゃんのイメージが強くてすぐには思い浮かんでこなかったけど。で、どうして素性を隠してVtuberなの?ゆきさんの経歴とその容姿、歌唱力ならそのまま芸能界復帰も十分に可能でしょ」
芸能界から遠ざかった人たちはそんなに復帰を望むものなんだろうか。
売れっ子子役から一時期人気がなくなって再度人気が出たなんていう話もたまに聞いたりするけど、残念ながらわたしには芸能界に対する未練なんて微塵もない。
「芸能界はいろいろと嫌な思い出が多すぎてどうしても敬遠してしまうんです。あと、素性を隠してるのは昔の一ノ瀬雪と言うフィルターを通して見るんじゃなくて純粋に今のわたしの実力がどこまで通用するか試したかったのがひとつ。もうひとつは身バレして家族に危険や迷惑がおよぶのを避けたいからですね」
誤魔化すようなことでもないので、自分の考えを素直に打ち明けた。きらりさんは感心した様子でそんな考えを肯定してくれた。
「そのチャレンジ精神はすごいね。一度成功体験があるのにその過去を捨ててゼロから始めたいだなんて。容姿だけじゃなくて内面も超一流なのね」
「そんな大層なもんでもないですよ。ただ負けず嫌いなだけです」
苦笑しながらそう答える。
実際一ノ瀬雪という名前を出せばまたある程度の人気を引き継いで活動はできるだろうけど、わたしが嫌悪していた汚い大人たちの作り上げたネームバリューに乗っかるのはシャクだったし、またお金のにおいをかぎつけた大人たちが近づいてくるのがイヤだったというのもあるからだ。
「それでもなかなかできることじゃないわよ。でも中学卒業するときにVtuberは引退するのよね?それはどうして?」
「わたし1月生まれなんでまだ13歳なんですけど、今やっている柔道と合気道の段位をもらえるのが14歳以上なんです。黒帯を取得できたら邪な考えでわたしに近づいてこようとする輩への抑止力になるかなと思って。やっぱりダンスも売りにして見せている以上、アバターでは限界のある細かな動きや表情なんかも本当は表現していきたいので抑止力を獲得出来たらアバターは脱ぎ捨てるつもりです」
これまでの経緯を含めて今の心境をここまで赤裸々に話したのは身内以外ではきらりさんが初めてだ。
きらりさんの大人びた雰囲気と決してバカにしたり否定したりせず肯定的に聞いてくれる包容力に好意を持てるからこそ話せたんだと思う。動画で見ていた時の想像通り素敵な人だ。
「そっかぁ。本当に歌とダンスが大好きなんだね。これだけの情熱を持ってるんだからそりゃ中学生にしてあれだけの歌唱力が身につくわけだ。元々ファンだったけどその話を聞いてもっと大ファンになったよ!」
「わたしも実際にお会いしてきらりさんの人柄にとても好意が持てて前より好きになりました」
こんな素敵な人と知り合いになれるのが嬉しくてつい笑顔になってしまう。するときらりさんが両手で顔を覆い隠してしまった。
「そんな素敵な笑顔で好きとか言っちゃらめぇ~」
なんか耳まで赤くしてくねくねしながら身もだえている。
「はぁはぁ……。危ない。これは危険だわ。油断すると沼にはまってしまいそう……」
「沼?」
「いや、なんでもない、大丈夫。わたしは大丈夫」
ブツブツと呪文のように大丈夫と唱えているけど本当に大丈夫なんだろうか?
「疑問も全て解消したし、ゆきさんの人柄もとっても好印象で文句なしだわ。これはいよいよコラボするのが楽しみになってきたわね。で、コラボする場所なんだけど、わたしは企業勢として身バレは絶対に防がないといけないのね。だからセキュリティや設備の点から東京にある会社のスタジオで収録したいんだけど東京まで出てこれる?」
東京か。片道2時間程度だから日帰りでも大丈夫だろうし問題ないかな。
「えぇ。大丈夫ですよ。設備が整ってるのはありがたいですし」
「普段はどこのスタジオを借りてるの?配信を見てる限りすごく広そうなところだけど」
「借りてませんよ。自宅の地下にスタジオを作ってもらってそこで配信しています」
「自宅に地下室!?さ、さすが元国民的子役……。庶民とはスケールが違うね」
「と言っても両親は普通の会社員ですし、子役時代の貯金もその家を買うので使い果たしましたよ」
配信を始めてからの収益がすでにけっこう貯まってきているのだけど、子役時代のお金は本当に全部マイホームにつぎこんだ。
「はぁ、思い切りがいいというかなんというか。ゆきさんはやっぱりいろいろと規格外だ」
「そうですか?そんな自覚はないですけど」と照れ笑い。きらりさんは呆れ顔。
「まぁそこがゆきさんの魅力のひとつでもあるか。じゃぁあとは日程なんだけど、ゆきさんの生配信に合わせて再来週の土曜日21時にしようと思ってるからお泊りセットは持ってきておいてね」
「お泊りですか?てっきり日帰りで済むものとばかり……」
「コラボでも配信時間は極力守った方がいいからね。わたしの配信も普段は19時で似たような時間だし前倒しよりは遅らせる方がリスナーは確保できるのよ。宿泊費は会社が契約してるホテルに泊まるから心配しなくても大丈夫。部屋はわたしと同じ部屋でいいでしょ?」
「同じ部屋!?イヤイヤイヤイヤそれはダメでしょ!だからわたし男の子ですってば!」
「冗談だって。ちゃんと別の部屋を予約しておくから」
ペロッと下を出してる表情はかわいいけど心臓に悪い冗談だ。わたしのまわりにいる女の人ってどうしてわたしの性別を忘れたようなからかい方ばっかりしてくるのかなぁ。
「寝込みを襲っちゃだめだよ」
「きらりさん!」
楽しそうに笑ってるよ。にしてもお泊りかぁ……。
今日の打ち合わせだけでもあの有様だったのに泊りだなんて家族に言ったらどうなることやら。
そういえば子役の頃は地方局での収録なんかで泊まりもあったけど、何も言わなかったな。そのころかの姉とあか姉はいなかったけど。
きらりさんとのコラボは絶対に成功させたいしどうにか納得してもらうしかないか。明日は日曜で両親もいるから一緒に説得してもらおう。




