第160曲 時は満ちた
少しだけ心の扉を開き、みんなへの正直な想いを語ったあの旅行から数か月。
間近に迎えた文化祭の準備に追われ、わたし達生徒会は多忙な毎日を過ごしていた。
夏休みから引き続き行っていたダンスの練習は大詰めを迎え、もういつでも人前に出せるレベルに来たと思う。あとは細かい部分を微調整すれば完成だ。
クラスでもみんな受験勉強の合間を縫って何やら一生懸命に作り上げている模様。当日はお手伝いをするつもりだけど、何が出来上がっているのか心配な面もある。
体育祭といい、毎年イベントのたびに遊ばれているような気もするからなぁ。
そしてある意味きっぱりと拒否を突きつけた姉妹たちについてなんだけど、ハッキリ言って何も変化がない。
相変わらずのゆきちゃんスキーだし、スキンシップもそのまま。油断すると身の危険を感じるのも相変わらず。主にあか姉が危険。
最悪距離が開いてしまう可能性もあるんじゃないかと思っていたから、以前と変わらず接してくれるのはありがたいんだけど、これで本当に大丈夫なのかと心配にもなってしまう。
ひよりには将来を考えてないように見えるって言われたけど、本当は誰よりも将来を考えてるんだよ。姉妹たちがいつまでも健やかに、心穏やかに過ごしていけるように神経を砕いてる。だからこそわたしの存在感が強すぎてはいけないんだけど。
「ゆき~今日の晩御飯なに~? ピーマンは勘弁な~」
「ゆきちゃん、今度はこんな編集方法を編み出したんですけど、確認してもらえます?」
「ゆき、今夜は寝かさない」
「ゆきちゃん! 新しい曲のダンス教えてよ!」
こんな調子で、あいも変わらずわたしを中心に回っている現状。途中でおかしなのが混じってたけど無視。
せっかく意を決して厳しいことを言ったのにこんな調子でいいのかな。あとピーマンはちゃんと食え。
「なんだか馬耳東風って感じだなぁ」
「誰が馬だコノヤロ」
わかってんじゃねーか。
「言いたいことは分かるぞ。でもな、何度も言ってるようにそんな簡単に変わるような気持ちなら、最初から弟を好きになったりしてねーんだよ。人を見る目はあるくせになんで色恋に関しては壊滅的なのかねぇ」
壊滅的って。そこまで?
「だけどみんなには悲しい思いをしてほしくないんだよ」
「ばっか。誰かに恋をするってことはいいことばっかりじゃねーんだよ。時には傷つき、時には泣いて、酸いも甘いも積み重ねての思い出だろうが。人生と同じだよ。山あり谷ありだから踏ん張って生きていこうと足掻けるんだろ。平坦な人生なんてつまらねーよ」
言ってることは分かるんだけど。
「そんな心配ばっかしてると禿げるぞ。おまえは過保護な母ちゃんか」
男の子に禿げるは禁句なんだよ! お父さんのことは知らないけど遺伝するとか言うから、もし父親がスキンヘッドだったらどうすんのさ!
でもある程度の情報を伝えたことによって、いくばくか心の準備は出来ているように感じる。
みんなの気持ちを変えることが出来ない以上、伝え方を考えて少しでも冷静に受け止めてもらえるようにするしかないのかもしれない。
後のフォローは……どうしよう。
どんな反応が返ってくるかも分からないし、その時に考えるしかないのかも。
「細かいことまで先読みして備えるのはいいことだけどよ、過ぎると心労にしかならねーだろ。世の中百点満点の答えなんて存在しねーんだから、なるようになるって思うことも大事だぞ」
そんな無責任な心境でいられたら楽なんだけどね。これだけ愛情を向けられてたら嫌でも考えちゃうよ。
想いを向けられること自体はとっても嬉しいし、心が温かくなるんだけどね。わたしもその……だ、大好きだし。
「何赤くなってんだ?」
「何でもないよ! 勝手に人の顔色見ないで!」
「そりゃいくらなんでも理不尽だろ」
うっさい。慣れてないんだからしょうがないでしょ。
「たとえこの先どんな試練が待ち構えてようとな、ゆきの本心を聞いた今となっちゃ怖い物なんか何もねーよ。
どうしてゆきがそこまで拒むのか、今はまだはっきりとはわかんねーけど、それだって乗り越えられると信じてるからな」
乗り越える、かぁ。それは神様でもないと分からないよ。
わたしだって本当は……。
「そんな顔すんなよ。今までだって何度もピンチを乗り越えてきたのがゆきだろ。最初から諦めてないでもっと明るい未来を思い浮かべてもいいんだよ」
明るい未来。確かにわたしはもう諦めてしまっているのかもしれない。
わたしの脳は医者でも手の打ちようがない以上、ここからはもはや神の領分だ。
神というのは時に無慈悲だ。試練という名の大義名分のもとに人々を絶望の底に突き落とすことがある。
果たして希望を抱いていいものか甚だ疑問だ。
「わたしだって万能じゃないよ。ただ運動神経と記憶力がいいだけのただの人間。わたしが使命を持ってるように、天命には逆らえない」
「じゃあその天命って何なんだよ。神様から直接聞いたのか?」
預言者じゃないんだから。
「あいにく神様と直接交信できるような電波塔は持ってないよ。今わかることから推測してるだけ」
「だったらその推測が間違ってることだってあるだろうが。
ゆきの悪い癖だ。思い込んだら突っ走る。
いい時もあるけど、後ろ向きな考えの時は悪い方にばっかり考えが転んじまう。物事そんなに悲観的にばっかりとらえてたら開ける未来も開けねーぞ」
より姉の言いたいことはよく分かるよ。だから極力ネガティブには考えないようにしてるし、普段は元気に過ごしてる。
だけどね、いざ考えてみると突破口が見当たらないんだよ。
何も返す言葉が見当たらず、俯いてしまったわたし。
それを見て苦笑したより姉はそのまま、わたしを抱きしめてくれた。これで安心してるようじゃダメなんだけどなぁ。
「心配すんな。どうしてもくじけそうになった時はいつでも支えてやる。
荷物が重いなら一緒に背負ってやる。愚痴を言いたい時は言え。泣きたい時は胸を貸してやる。
ただ一つ、全てを自分一人で抱え込もうとしないでくれ」
より姉の本気の言葉が心にしみて、キリキリと痛みを伴って胸を締め付ける。
いつだって男前なより姉。そんなスパダリみたいなことを言われたら、どんどん乙女化が進行してっちゃうよ。
「ありがとうね。
でも今は文化祭を控えていろいろと準備をしないといけないから。
これが終わってわたしの生徒会長としての役目にも終止符が打たれたら……お願いするかもしれない」
少し前までのわたしならこんなことを言うなんて想像もできなかった。
いつの間にかみんなの想いでわたしもほだされてしまっているんだろうか。少し心が軽くなったような気もするし。
だけどこれはあくまでも私事。
生徒会長という学校内での公人として、わたしは最後まで自分の職務を全うする必要がある。
文化祭ではわたしのステージをやることになっている。
ひよりとのデュオや、文香と穂香を交えてのトリオ。
トリオに関してはセンターを次々と入れ替えてより動的に見えるよう構成してある。
残りはわたしのワンマンショーだ。
選曲はわたしの集大成ということでもちろんヒット曲を選んであるが、トリの曲に関しては思うところがあって新曲を披露する予定だ。
わたしの想いがみんなに届けばいいんだけど。
わざと詩的な表現を使って分かりにくくしてあるから、ちょっとやそっとでは解読できないんだけどね。わたしも意地悪だな。
何はともあれ時は満ちた。
残るは文化祭当日。
その後に控える目的もあるけど、文化祭を成功させないことには何も始まらない。
わたしの生きた痕跡を、わたしが関わった全ての人に伝えるためにも。




